要 約
駐在所付近で、「売国奴の番犬、A巡査をたたき出せ」と題し、「来るべき人民裁判によって明らかに裁かれ処断されるであろう」等と記載したビラを付近の住民等に頒布して、住民を通じて同巡査に入手させた場合、その言説内容と公知の客観的姿勢とが相まって、一の具体的・客観的害悪の告知であるといえ、また、普通一般人の誰もが畏怖するものと認められるので、刑法所定の脅迫に当たる。
主 文
本件各上告を棄却する。
当審における訴訟費用は被告人両名の負担とする。
理 由
各被告本人並に弁護人岸永博の上告趣意は末尾添附別紙のとおりである。
被告人両名の上告趣意各点、弁護人岸永博の上告趣意について
所論は、原判決は結局憲法21条※1に違反するというに帰する。しかし憲法21条に定める言論の自由の保障といえども無制限なものではなく、公共の福祉に反する限度においては制約を受けるものであることは、従来当裁判所の判例とするところである(昭和23年(れ)第1308号同24年5月18日大法廷判決、集3巻6号839頁参照)。
本件においては、1審判決挙示の証拠により認め得られるように、昭和26年4月当時判示のような言説を佐賀県下、山間僻地所在の駐在所に勤務する一地方警察吏に対し、判示の如き手段で告知することはその言説内容と、公知の客観的状勢と相侯って一の具体的、客観的害悪の告知であると解すべく、そしてこのことは普通一般人の誰れもが畏怖を感ずるものと認め得られるのであるから、かような言説の告知は刑法所定の脅迫たるを免れない。してみれば所論の理由のないことは前示判例の趣旨に徴して明らかである。
また記録を調べても本件につき刑訴411条※2を適用すべき事由も見当らない。
よって同408条※3181条※4により全裁判官一致の意見で主文のとおり判決する。
※1 憲法21条
1項
集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
2項
検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。
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※2 刑訴法411条
上告裁判所は、第405条各号に規定する事由がない場合であっても、左の事由があって原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めるときは、判決で原判決を破棄することができる。
1号
判決に影響を及ぼすべき法令の違反があること。
2号
刑の量定が甚しく不当であること。
3号
判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があること。
4号
再審の請求をすることができる場合にあたる事由があること。
5号
判決があった後に刑の廃止若しくは変更又は大赦があったこと。
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※3 刑訴法408条
上告裁判所は、上告趣意書その他の書類によって、上告の申立の理由がないことが明らかであると認めるときは、弁論を経ないで、判決で上告を棄却することができる。
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※4 刑訴法181条
1項
刑の言渡をしたときは、被告人に訴訟費用の全部又は一部を負担させなければならない。但し、被告人が貧困のため訴訟費用を納付することのできないことが明らかであるときは、この限りでない。
2項
被告人の責に帰すべき事由によって生じた費用は、刑の言渡をしない場合にも、被告人にこれを負担させることができる。
3項
検察官のみが上訴を申し立てた場合において、上訴が棄却されたとき、又は上訴の取下げがあったときは、上訴に関する訴訟費用は、これを被告人に負担させることができない。ただし、被告人の責めに帰すべき事由によって生じた費用については、この限りでない。
4項
公訴が提起されなかった場合において、被疑者の責めに帰すべき事由により生じた費用があるときは、被疑者にこれを負担させることができる。
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