Contents
名誉毀損罪(刑法230条1項)は、公然と事実を摘示して、人の名誉を毀損した(=人に対する社会的評価を低下させた)場合に成立します。
しかし、そのような行為を行えば常に名誉毀損罪が成立するわけではなく、刑法230条の2に規定する一定の要件を充たした場合は、正当な言論行為として名誉毀損罪は成立しません(真実性の証明による免責)。
そこで、刑法230条の2が規定する一定の要件とはどのようなものなのかについて解説します。
まずは、条文を確認します。
1項
前条第1項の行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。
2項
前項の規定の適用については、公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実は、公共の利害に関する事実とみなす。
3項
前条第1項の行為が公務員又は公選による公務員の候補者に関する事実に係る場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。
1 趣 旨
名誉毀損罪は、公然と事実を摘示して、人の名誉を毀損した場合に成立する犯罪ですが、同罪が成立するためには、摘示した事実の有無(=真否)は問いません。
したがって、摘示した事実が真実であったとしても、名誉毀損罪が成立し得ることになります。
しかし、人に対する社会的評価を低下させた以上は、どのような場合であっても名誉毀損罪が成立するとすることは、表現の自由(憲法21条1項)が保障されていることとの関係で問題があります。
集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
例えば、政治家の汚職事件についてジャーナリストが報道した場合、報道の対象となった政治家に対する社会的評価は低下しますが、だからといってそのジャーナリストに名誉毀損罪が成立するとしてしまうと、政治家の汚職を明らかにするという社会的に価値のある行為を抑圧することになるばかりでなく、将来にわたって、不特定多数のジャーナリスト等に対して、処罰されることをおそれて報道を差し控えるようになるという萎縮効果を及ぼすことにもなり、正当な報道・表現行為が抑制されてしまうという不当な結果をもたらしかねません。

そこで、「人格権としての個人の名誉の保護と、憲法21条による正当な言論の保障との調和」(最大判昭44.6.25(夕刊和歌山時事事件))を図るために、刑法230条の2(公共の利害に関する場合の特例)を設けて、一定の要件の下に人に対する社会的評価を低下させる事実の摘示をしたとしても、免責されることとしています。

真実性の証明による免責の趣旨は、名誉の保護と表現の自由の保障の調和
2 要 件
真実性の証明による免責を受けるためには、以下の要件を充たす必要があります。
- 摘示事実が公共の利害に関するものであること(事実の公共性)
- 事実摘示の目的が、専ら公益を図るものであったこと(目的の公益性)
- 摘示事実が真実であることの証明があったこと(真実性の証明)
なお、公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実及び公務員又は公選による公務員の候補者に関する事実については、以下のような特則が定められています。
- 犯罪行為に関する特則(刑法230条の2第2項)
事実の公共性があるものとみなされます。 - 公務員等に関する特則(刑法230条の2第3項)
事実の公共性と目的の公益性があるものとみなされます。
公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実には、捜査開始前のもの、不起訴処分のものを含みます。
したがって、例えば、犯罪が起きた場合に、特定人が犯人として疑わしいとして、報道機関の記者がその者に対するインタビュー映像等を報道したが、結局、報道された人が犯人ではなかったことが判明したとしても、必ずしも報道をした記者に名誉毀損罪が成立するわけではありません。起訴後の裁判に現れた犯罪事実に関するものを摘示することは、裁判公開の原則(憲法82条)から許されますが、これには、法律上起訴することが不可能な犯罪事実(例えば、前科(最判平6.2.8(ノンフィクション「逆転」事件)参照)や公訴時効が成立しているなど)は含まれません(大谷實『刑法講義各論』新版第5版、成文堂、2019年、pp.177-178、山口厚『刑法各論』第2版、有斐閣、2010年、p.141参照)。

また、公選による公務員の候補者に関する事実については、公務員としての資質・能力に全く関係がない事実(例えば、片腕がないなどの身体的特徴)は除かれます(最判昭28.12.15)。
真実性の証明による免責の要件は、①事実の公共性、②目的の公益性、③真実性の証明
⑴ 事実の公共性
真実性の証明による免責を受けるためには、摘示した事実に公共性があることが必要です。

つまり、「摘示された事実は、一般の多数人の利害に関係することが必要」(山口厚『刑法各論』第2版、有斐閣、2010年、p.140)です。すなわち、公共の利益の増進に役立つ事実であることが必要です。
なお、公共の利益は、「国家又は社会全体(全体社会)の利益であることを必ずしも要せず、一地域ない小範囲の社会(部分社会)の利益」(大谷實『刑法講義各論』新版第5版、成文堂、2019年、p.176)を含みます(大阪地判平4.3.25)。
したがって、原則として、個人のプライバシーに関する私生活上の事実(例えば、身体的・精神的障害、病気、血統、性生活など)については公共性が否定されます。もっとも、その人の社会的活動の性質やそれが社会に対して及ぼす影響力の程度などによっては、その社会的活動に対する批判・評価の資料として、公共性が認められることがあります(最判昭56.4.16(月刊ペン事件))。
なお、摘示された事実に公共性が認められるかどうかは、その事実自体の内容・性質に照らして客観的に判断され、表現方法の不当性や事実調査の程度等に左右されません(最判昭56.4.16(月刊ペン事件))。
⑵ 目的の公益性
真実性の証明による免責を受けるためには、事実を摘示した目的が、「専ら公益を図ることにあった」(刑法230条の2)ことが必要とされています。
条文上は「専ら」と規定されていますが、ここにいう「専ら」とは、文字どおり100%という意味ではなく、主たる動機が公益を図ることにあったことという意味です(東京地判昭58.6.10参照)。
公益を図る目的は、主たるものであればよい。
⑶ 真実性の証明
真実性の証明による免責を受けるためには、摘示事実が「真実であることの証明があった」(刑法230条の2)ことが必要とされています。

では、何をもって「真実であることの証明があった」ということができるのでしょうか。
これは、被告人が、摘示事実の主要・重要な部分について、厳格な証明によって合理的な疑いを容れない程度に真実であることを証明することをいうとされています(東京地判昭49.6.27、最大判昭44.6.25(夕刊和歌山時事事件)、東京高判昭59.7.18。なお、最決昭51.3.23参照)。
ア 厳格な証明とは
厳格な証明とは、証拠能力のある、適法な証拠調べを経た証拠による証明をいいます(最判昭38.10.17)。
証拠能力とは、証拠として犯罪事実の認定に用いることのできる資格をいい、証拠能力がなければ、公判廷で証拠として取り調べることはできません。
例えば、違法に収集された証拠(被疑者の取調べの際に、警察官が被疑者に暴力をふるって強制的に自白を得た場合における、その自白(刑訴法319条1項参照)など)は、犯罪事実の認定の根拠として用いることができない場合があります。
強制、拷問又は脅迫による自白、不当に長く抑留又は拘禁された後の自白その他任意にされたものでない疑のある自白は、これを証拠とすることができない。
また、証拠を取り調べる方法は、証拠の種類に応じて、刑訴法に規定されています。
例えば、証拠物(殺人に用いられた凶器であるナイフなど)は展示する(刑訴法306条1項)などです。
検察官、被告人又は弁護人の請求により、証拠物の取調をするについては、裁判長は、請求をした者をしてこれを示させなければならない。但し、裁判長は、自らこれを示し、又は陪席の裁判官若しくは裁判所書記にこれを示させることができる。
イ 合理的な疑いを容れない程度とは
合理的な疑いを容れない程度とは、「反対事実が存在する疑いを全く残さない場合をいうものではなく、抽象的な可能性としては反対事実が存在するとの疑いをいれる余地があっても、健全な社会常識に照らして、その疑いに合理性がないと一般的に判断される場合には、有罪認定を可能とする趣旨」(最決平19.10.16)です。つまり、裁判所が、「通常人なら誰でも疑を差挾まない程度に真実らしいとの確信を得ること」(最判昭23.8.5)をいいます。
ウ 挙証責任の所在
真実性の証明は被告人がなさなければならない、つまり、真実性の証明の挙証(立証)責任は被告人にあるとされています(東京高判昭28.2.21(インチキブンヤ事件)参照)。
挙証責任とは、ある事実の存否が真偽不明の場合に、不利益な判断を受ける一方当事者の地位をいいます。刑事訴訟においては、「疑わしきは被告人の利益に」の原則の下、刑罰権の存否及び範囲を直接基礎付ける事実については、検察官が挙証責任を負うとされています。
例えば、検察官が、甲が名誉毀損罪を犯したとして起訴したとします。検察官は、公判において、甲が名誉毀損罪を犯したという主張・立証活動を行うことになりますが、それが功を奏せず、結局、裁判所は、甲が名誉毀損罪を犯したかどうか分からないという心証を抱いたまま結審してしまうことがあります。この場合、甲が名誉毀損罪を犯したかどうか分からないのに、甲を名誉毀損罪の犯人として有罪とすることはできないので、甲は無罪ということになります(刑訴法336条)。つまり、甲が名誉毀損罪を犯したことが、合理的な疑い超える程度に確からしいという心証を裁判所に抱かせることができなかった場合は、検察官は、甲が名誉毀損罪を犯したという主張が認められないという不利益な判断を受ける地位にあります。
被告事件が罪とならないとき、又は被告事件について犯罪の証明がないときは、判決で無罪の言渡をしなければならない。
一方で、真実性の証明の挙証責任は、被告人が負うものとされています。これは、摘示事実の真否が不明であった場合は、被告人は、真実性の証明による免責を受けることができず、有罪となるという不利益を受けることを意味します。
真実性の証明の挙証責任は、被告人にある。
エ 証明の対象
人の名誉を毀損する行為が風聞やうわさの形でなされた場合は、「人の名誉が害されるのは、噂の内容たる事実が実在するという印象を与えるため」(大塚仁・河上和雄・中山善房・古田佑紀編『大コンメンタール刑法』第三版(第12巻)、青林書院、2019年、p.54)なので、証明の対象となるのは、「噂や風聞自体の存在ではなく、内容たる事実の存在」(前田雅英・松本時夫・池田修・渡邊一弘・河村博・秋吉淳一郎・伊藤雅人・田野尻猛編『条解 刑法』第4版、弘文堂、2020年、p.704)となります(最決昭43.1.18)。
オ 事実の公共性・目的の公益性との関係
摘示事実の真否を判断することは、事実の公共性と目的の公益性が充たされた後でなければ、たとえ情状の立証に関する場合であっても許されません。
これは、摘示事実が虚偽であったり、真実であるか否かが明らかでない場合よりも、真実であったことが証明された場合の方が、人の名誉ないしプライバシーに与えるダメージが大きいと言えるからです。

真実性の証明は、事実の公共性・目的の公益性が認められた後になされる。
3 効 果
摘示事実の真実性が証明された場合には、名誉毀損行為は処罰されません。処罰されないというのは、名誉毀損行為の違法性が阻却され、名誉毀損罪が成立しないということを意味します(違法性阻却事由説、通説)。

真実性の証明による免責がなされた場合は、名誉毀損罪の成立自体が否定される。
4 真実性の誤信
摘示事実が真実であると思っていたが、実はそうではなく、摘示事実の真実性を証明することができなかった場合は、刑法230条の2によって免責されることはありませんが、そのような場合であっても、摘示事実が真実であると誤信したことについて、確実な資料・根拠に照らして相当な理由がある場合は、違法性阻却事由の前提事実に関する錯誤として、(責任)故意が阻却されて名誉毀損罪は成立しません(最大判昭44.6.25(夕刊和歌山時事事件))。

キーワードは、確実な資料・根拠と故意の阻却
5 確認問題
真実性の証明による免責については一通り説明したので、試しに問題を解いてみましょう。
⑴ 平成26年度 司法試験 短答式試験 刑事系 第10問
刑法第230条の2に関する次の各【見解】についての後記アからオまでの各【記述】を検討し、正しい場合には1を、誤っている場合には2を選びなさい。
【見 解】
A説:刑法第230条の2の規定は、名誉毀損罪について真実性の証明がなされたことを処罰阻却事由として定めたものである。
B説:刑法第230条の2の規定は、他人の名誉を毀損する表現の内容が証明可能な程度に真実であることを違法性阻却事由として定めたものである。
【記 述】
ア.A説は、刑法第230条の2が真実性の証明に係る立証責任を被告人に負担させていることと整合的であると評価されている。
イ.B説に対しては、他人の名誉を毀損する表現をした者がその表現内容について真実であると信じた場合には、常に故意がないことになり相当でないという批判が向けられている。
ウ.A説に立つことと、相当な資料・根拠に基づく言論活動について刑法第35条による違法性阻却の余地を認めることは両立しない。
エ.B説によれば、他人の名誉を毀損した者が、その表現した事実が証明可能な程度に真実であると誤信し、その誤信したことについて、確実な資料・根拠に照らし相当の理由がある場合には、違法性が阻却されると考えることになる。
オ.A説に対しては、真実の言論について違法性を認める点に疑問があるとの批判が向けられている。
法務省「平成26年司法試験問題」短答式試験(刑事系科目)
⑵ 解 説
アについて
刑法230条の2を処罰阻却事由とする説は、「裁判上の証明の成功・不成功は名誉毀損行為が行われた後の事情であって犯罪の成否とは無関係であ」(前田雅英・松本時夫・池田修・渡邊一弘・河村博・秋吉淳一郎・伊藤雅人・田野尻猛編『条解 刑法』第4版、弘文堂、2020年、p.705)るため、「事実の真否をとわず名誉毀損罪が成立し、真実性の証明によって、単に刑罰を阻却するにすぎないと解する立場のみが、『疑わしきは被告人の利益にしたがう』という刑事訴訟の原則と調和する」(団藤重光編『注釈 刑法⑸ 各則⑶』有斐閣、1968年、p.374)と主張しています。
したがって、アは正しいということになります(2⑶ウ参照)。
イについて
B説は、違法性阻却事由の内容を「事実が証明可能な程度に真実であったこと」としているので、摘示された事実が証明可能な程度の資料・根拠をもって真実であると誤信した場合に、違法性阻却事由の前提事実に関する錯誤として故意を阻却するというものです(高橋則夫『刑法各論』第3版、成文堂、2018年、p.184参照)。つまり、確実な資料・根拠もなく軽率に摘示された事実を真実であると誤信した場合は、故意は阻却されないということになります。
しかし、イの記述は、B説は、表現内容について真実であると信じた場合は常に故意が阻却される説であると捉えています。
したがって、イの記述は誤りということになります。
ウについて
確実な資料・根拠に基づいて事実を摘示した場合は、正当な言論活動にほかならないので、正当行為(刑法35条)として違法性を阻却することができます。その結果、刑法230条の2は、相当な根拠に基づかない言論だが、裁判時にたまたま真実性の立証に成功した場合の処罰阻却事由を定めたものと二元的に考えることができます(井田良『講義刑法学・各論』第2版、有斐閣、2020年、p.193、高橋則夫『刑法各論』第3版、成文堂、2018年、pp.184-185、西田典之著、橋爪隆補訂『刑法各論』第7版、弘文堂、2018年、p.130参照)。
法令又は正当な業務による行為は、罰しない。
つまり、刑法230条の2を処罰阻却事由と捉えることと、相当な資料・根拠に基づく言論活動に刑法35条の適用の余地を認めることとは両立します。
したがって、ウの記述は誤りということになります。
エについて
摘示事実が真実であると誤信したことについて、確実な資料・根拠に照らして相当な理由があった場合は、違法性阻却事由の前提事実に関する錯誤として、(責任)故意が阻却されます。
しかし、エの記述は、違法性が阻却されるとしています。
したがって、エの記述は誤りということになります(4参照)。
オについて
A説は、真実性の証明による免責を処罰阻却事由と捉えているので、刑法230条の2は、名誉毀損罪自体は成立するけれども処罰はしないことを定めたものと解していることになります。
この見解によると、真実性の証明による免責を得たとしても、単に処罰を免れるというだけで、違法な行為であるという評価は免れることができないということになります。
このことに対しては、①事実の公共性、②目的の公益性、③真実性の証明が充たされた言論行為は、表現の自由の保障との関係から正当なものとして評価されるべきであるにもかかわらず、これを違法とするのは問題ではないかという批判をすることができます。
したがって、オの記述は正しいということになります(1参照)。
⑶ 解 答
この問題の解答は、1-2-2-2-1ということになります。
6 参考文献
- 井田良『講義刑法学・各論』第2版、有斐閣、2020年
- 宇藤崇・松田岳士・堀江慎司『刑事訴訟法』第2版、有斐閣、2018年
- 大塚仁・河上和雄・中山善房・古田佑紀編『大コンメンタール刑法』第三版(第12巻)、青林書院、2019年
- 大谷實『刑法講義各論』新版第5版、成文堂、2019年
- 高橋則夫『刑法各論』第3版、成文堂、2018年
- 団藤重光編『注釈 刑法⑸ 各則⑶』有斐閣、1968年
- 西田典之著、橋爪隆補訂『刑法各論』第7版、弘文堂、2018年
- 前田雅英・松本時夫・池田修・渡邊一弘・河村博・秋吉淳一郎・伊藤雅人・田野尻猛編『条解 刑法』第4版、弘文堂、2020年
- 安冨清『刑事訴訟法講義』第5版、慶應義塾大学出版会、2021年
- 山口厚『刑法各論』第2版、有斐閣、2010年