最大判昭44.6.25(夕刊和歌山時事事件) 昭和41年(あ)第2472号:名誉毀損 刑集23巻7号975頁

judgment 憲法判例
この記事は約6分で読めます。
Sponsored Link
Sponsored Link

要 約

刑法230条の2の規定は、人格権としての個人の名誉の保護と、憲法21条による正当な言論の保障との調和をはかったものであり、両者間の調和と均衡を考慮すると、刑法230条の2第1項にいう事実が真実であることの証明がない場合でも、行為者がその事実を真実であると誤信し、その誤信したことについて、確実な資料・根拠に照らし相当の理由があるときは、犯罪の故意がなく、名誉毀損罪(刑法230条1項)は成立しない。

真実性の証明の方法は、厳格な証明による。

主 文

原判決および第1審判決を破棄する。

本件を和歌山地方裁判所に差し戻す。

理 由

弁護人橋本敦、同細見茂の上告趣意は、憲法21条※1違反をいう点もあるが、実質はすべて単なる法令違反の主張であって、適法な上告理由にあたらない。

しかし、所論にかんがみ職権をもって検討すると、原判決が維持した第1審判示事実の要旨は、

「被告人は、その発行する昭和38年2月18日付『夕刊和歌山時事』に、『吸血鬼Aの罪業』と題し、BことC本人または同人の指示のもとに同人経営のD特だね新聞の記者が和歌山市役所土木部の某課長に向かって『出すものを出せば目をつむってやるんだが、チビリくさるのでやったるんや』と聞こえよがしの捨てせりふを吐いたうえ、今度は上層の某主幹に向かって『しかし魚心あれば水心ということもある、どうだ、お前にも汚職の疑いがあるが、一つ席を変えて一杯やりながら話をつけるか』と凄んだ旨の記事を掲載、頒布し、もって公然事実を摘示して右Cの名誉を毀損した。」

というのであり、第1審判決は、右の認定事実に刑法230条1項※2を適用し、被告人に対し有罪の言渡しをした。

そして、原審弁護人が「被告人は証明可能な程度の資料、根拠をもって事実を真実と確信したから、被告人には名誉毀損の故意が阻却され、犯罪は成立しない。」旨を主張したのに対し、原判決は、「被告人の摘示した事実につき真実であることの証明がない以上、被告人において真実であると誤信していたとしても、故意を阻却せず、名誉毀損罪の刑責を免れることができないことは、すでに最高裁判所の判例(昭和34年5月7日第一小法廷判決、刑集13巻5号641頁)の趣旨とするところである」と判示して、右主張を排斥し、被告人が真実であると誤信したことにつき相当の理由があったとしても名誉段損の罪責を免れえない旨を明らかにしている。

しかし、刑法230条の2※3の規定は、人格権としての個人の名誉の保護と、憲法21条による正当な言論の保障との調和をはかったものというべきであり、これら両者間の調和と均衡を考慮するならば、たとい刑法230条の2第1項にいう事実が真実であることの証明がない場合でも、行為者がその事実を真実であると誤信し、その誤信したことについて、確実な資料、根拠に照らし相当の理由があるときは、犯罪の故意がなく、名誉毀損の罪は成立しないものと解するのが相当である。これと異なり、右のような誤信があったとしても、およそ事実が真実であることの証明がない以上名誉毀損の罪責を免れることがないとした当裁判所の前記判例(昭和33年(あ)第2698号同34年5月7日第1小法廷判決、刑集13巻5号641頁)は、これを変更すべきものと認める。したがって、原判決の前記判断は法令の解釈適用を誤ったものといわなければならない。

ところで、前記認定事実に相応する公訴事実に関し、被告人側の申請にかかる証人Eが同公訴事実の記事内容に関する情報を和歌山市役所の職員から聞きこみこれを被告人に提供した旨を証言したのに対し、これが伝聞証拠であることを理由に検察官から異議の申立があり、第1審はこれを認め、異議のあった部分全部につきこれを排除する旨の決定をし、その結果、被告人は、右公訴事実につき、いまだ右記事の内容が真実であることの証明がなく、また、被告人が真実であると信ずるにつき相当の理由があったと認めることはできないものとして、前記有罪判決を受けるに至っており、原判決も、右の結論を支持していることが明らかである。

しかし、第1審において、弁護人が「本件は、その動機、目的において公益をはかるためにやむなくなされたものであり、刑法230条の2の適用によって、当然無罪たるべきものである。」旨の意見を述べたうえ、前記公訴事実につき証人Eを申請し、第1審が、立証趣旨になんらの制限を加えることなく、同証人を採用している等記録にあらわれた本件の経過からみれば、E証人の立証趣旨は、被告人が本件記事内容を真実であると誤信したことにつき相当の理由があったことをも含むものと解するのが相当である。

してみれば、前記Eの証言中第1審が証拠排除の決定をした前記部分は、本件記事内容が真実であるかどうかの点については伝聞証拠であるが、被告人が本件記事内容を真実であると誤信したことにつき相当の理由があったかどうかの点については伝聞証拠とはいえないから、第1審は、伝聞証拠の意義に関する法令の解釈を誤り、排除してはならない証拠を排除した違法があり、これを是認した原判決には法令の解釈を誤り審理不尽に陥った違法があるものといわなければならない。

されば、本件においては、被告人が本件記事内容を真実であると誤信したことにつき、確実な資料、根拠に照らし相当な理由があったかどうかを慎重に審理検討したうえ刑法230条の2第1項の免責があるかどうかを判断すべきであったので、右に判示した原判決の各違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであり、これを破棄しなければいちじるしく正義に反するものといわなければならない。

よって、刑訴法411条1号※4により原判決および第1審判決を破棄し、さらに審理を尽くさせるため同法413条本文※5により本件を和歌山地方裁判所に差し戻すこととし、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。


※1 憲法21条
1項
 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
2項
 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。
>>本文に戻る


※2 刑法230条1項(平成3年改正前)
 公然事実を摘示し人の名誉を毀損したる者は(その)事実の有無を問わず3年以下の懲役(もし)くは禁錮又は1,000円以下の罰金に処す
>>本文に戻る


※2 刑法230条1項(平成3年改正前)
 公然事実を摘示し人の名誉を毀損したる者は(その)事実の有無を問わず3年以下の懲役(もし)くは禁錮又は1,000円以下の罰金に処す
>>本文に戻る


※3 刑法230条の2(平成7年改正前)
1項
 前条第1項の行為公共の利害に関する事実に係り其目的専ら公益を図るに出でたるものと認むるときは事実の真否を判断し真実なることの証明ありたるときは(これ)を罰せず
2項
 前項の規定の適用に(つい)ては(いま)だ公訴の提起せられざる人の犯罪行為に関する事実は之を公共の利害に関する事実と()()
3項
 前条第1項の行為公務員又は公選に依る公務員の候補者に関する事実に係るときは事実の真否を判断し真実なることの証明ありたるときは之を罰せず
>>本文に戻る


※4 刑訴法411条1号
 上告裁判所は、第405条各号に規定する事由がない場合であっても、左の事由があって原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めるときは、判決で原判決を破棄することができる。
1号
 判決に影響を及ぼすべき法令の違反があること。
>>本文に戻る


※5 刑訴法413条本文
 前条に規定する理由以外の理由によって原判決を破棄するときは、判決で、事件を原裁判所若しくは第1審裁判所に差し戻し、又はこれらと同等の他の裁判所に移送しなければならない。
>>本文に戻る

タイトルとURLをコピーしました