侮辱罪

insults 刑法各論
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侮辱罪(刑法231条)は、新聞・雑誌・テレビ・webサイト・SNS等のメディアなどでよく聞かれる言葉ですが、具体的にどのような犯罪なのか、その成立要件等について明確に説明することができる人はそう多くはないのではないでしょうか。そこで、侮辱罪の意義・成立要件・具体例等について解説します。

まずは、条文を確認します。

刑法231条(侮辱)

事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、1年以下の懲役若しくは禁錮若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。

1 意 義

侮辱罪を規定している刑法231条を見ると、侮辱罪とは、「具体的に事実を摘示することなく、公然と人に対して軽蔑の表示をする行為(大塚仁・河上和雄・中山善房・古田佑紀編『大コンメンタール刑法』第三版(第12巻)、青林書院、2019年、p.66)を処罰する犯罪をいうことが分かります。

2 保護法益

刑法に規定されている各犯罪は、一定の利益を守るために存在しています。したがって、刑法各論を学ぶ際には、まず最初に、各犯罪が何を守るために犯罪として刑法に規定されているのか、つまり保護法益を明らかにしておくことが大切です。なぜならば、各犯罪の保護法益をどのように捉えるかによって、各条文の文言の意味合い、つまり解釈が異なってくるからです。

では、侮辱罪の保護法益は何なのかというと、外部的名誉で、外部的名誉とは、人に対する社会的評価(評判・世評・名声)をいいます。(判例・通説)。

侮辱罪の保護法益を名誉感情(=自己が自己に対して持っている価値意識・感情)とする説もあります。

侮辱罪の保護法益は、外部的名誉

3 主 体

侮辱罪は、事実を摘示せずに、人に対する社会的評価を低下させる行為を処罰する犯罪です。

そして、人に対する社会的評価を保護するためには、これを低下させる行為を行う者に制限を設ける理由は特にありません

したがって、事実を摘示せずに、人に対する社会的評価を低下させる行為を行った場合には、誰にでも侮辱罪が成立し得ます。

ただし、人に対する社会的評価を低下させる行為を行う者は、自然人である個人である必要があり、法人の代表者が法人の名義を用いて人に対する社会的評価を低下させる行為を行った場合は、法人ではなく、現実に行為した代表者が処罰されます(大判昭5.6.25参照)。

これは、法人は観念的な存在で、実際に法人として活動しているのは、法人自体ではなく、自然的・物理的な存在である代表者だからです。

例えば、A株式会社の代表取締役甲が、ライバル会社のB株式会社の評判を落とそうとして、「B社は反社会的企業である。」といった虚偽の内容の電子メールをA株式会社名義で作成し、これをメールリストにある多数の人に宛てて送信した場合、その行為は、A株式会社の行為として行われたものではありますが、現実に行動しているのは代表取締役である甲なので、侮辱罪で処罰されるのは、A株式会社ではなく、甲になります。

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侮辱罪の主体は、自然人である個人

4 客 体

侮辱罪は、人に対する社会的評価を低下させる行為を行った者を処罰することによって外部的名誉を保護しようとする犯罪なので、侮辱罪の客体は、人の名誉ということになります。

⑴ 人とは

侮辱罪の実行行為である人に対する社会的評価を低下させる行為を行う者は、自然人でなければなりませんが、侮辱罪の客体である人の名誉にいう「人」というのは、行為者の場合と同じく、自然人でなければならないとうわけではありません。

つまり、侮辱罪の客体である人の名誉にいう「人」には、(行為者以外の)自然人だけでなく、法人最決昭58.11.1やその他の団体も含まれます。これは、法人等にも評判や世評といった社会的評価は存在するからです。

侮辱罪の保護法益を名誉感情とする説によれば、侮辱を感じることができない幼児・高度の精神障害者・法人・その他の団体は含まれないことになります。

ただし、死者に対する社会的評価を低下させる行為については、別に死者の名誉毀損罪(刑法230条2項)があるので、死者は含まれません。

また、被害者は特定していることが必要です。したがって、例えば、「九州人」というような漠然とした不特定の集団は含まれません(大判大15.3.24)。

侮辱罪の被害者は、自然人のほかに法人等も含むが、特定していることが必要

⑵ 名誉とは

侮辱罪の客体である人の名誉にいう「名誉」とは、本来あるべき評価(=規範的名誉)である必要はなく、現実に通用している評価(=事実的名誉)でよく、世評と現実が一致していない仮定的名誉や社会的に不当に高い評価を受けている虚名も含まれます。

しかし、人の経済的な支払能力及び支払意思に対する社会的評価である信用は、別に信用毀損罪(刑法233条前段)で保護されているので、ここにいう名誉には含まれません

また、名誉は積極的な評価である必要があり、悪名などの消極的な評価は含まれません(大谷實『刑法講義各論』新版第5版、成文堂、2019年、p.170、山口厚『刑法各論』第2版、有斐閣、2010年、p.135参照)

なお、名誉には、外部的名誉のほかに、内部的名誉と名誉感情(主観的名誉)とがあり、内部的名誉とは、自己又は他人の評価とは独立した客観的に存在している人の価値(=真価)それ自体をいい、名誉感情とは、本人が自己に対して持っている価値意識・感情をいいます。

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名誉の種類

侮辱罪で保護される名誉は、事実的名誉

5 行 為

侮辱罪は、人に対する社会的評価を低下させる行為をした者を処罰する犯罪ですが、人に対する社会的評価を低下させる行為とは、より具体的には、事実を摘示しないで公然と人を侮辱することです。

「事実を摘示しなくても」(刑法231条)という文言は、名誉毀損罪の「事実を摘示して」(刑法230条1項)という文言を受けたものなので、「事実を摘示しないで」という意味であると解されています。もっとも、侮辱罪の保護法益を名誉感情とする説によれば、「事実を摘示してもしなくても」という意味に解されることになり、事実を摘示して人を侮辱した場合にも、侮辱罪が成立し得ることになります。

侮辱罪の実行行為=①公然性+②侮辱

⑴ 公然性

ア 公然とは

人に対する社会的評価を低下させる行為は、公然と行われなければなりません。公然とは、不特定又は(・・)多数人が認識することができる(・・・)状態をいいます(大判大3.12.13、最判昭36.10.13)。

不特定 多数人 公然性が認められる。
少数人
特 定 多数人
少数人 公然性が認められない。

したがって、特定かつ・・少数人に対して人に対する社会的評価を低下させる行為が行われた場合は、公然性が認められず、侮辱罪は成立しません。ただし、直接的には特定かつ少数人に対して人を侮辱する行為が行われたとしても、それが()して間接に不特定又は多数人が認識することができるようになる場合は、公然性が認められ、侮辱罪が成立し得ます(伝播性の理論)。

例えば、甲が自宅でA及びBに対して「C女は男なら誰でもいい尻軽だ。」と言った場合、甲の発言当時に、A及びBが後で自己の多数の友人・知人に対してC女が尻軽であると言い触らすことが予見されるような状態にあれば、公然性が認められ、甲に侮辱罪が成立し得ます。

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伝播性の理論

また、認識することが「できる」なので、現実に認識されたことは必要ではありません

例えば、新聞や雑誌に人に対する社会的評価を低下させる記事を掲載した場合は、新聞や雑誌を発行して公衆がその記事を読むことができる状態にすれば侮辱罪は成立し得、現実に公衆がその記事を読んだことまでは必要とされません(大判明45.6.27参照)。

イ 不特定・多数人とは

人に対する社会的評価を低下させる行為は、公然と、つまり不特定又は多数人が認識することができるように行われなければなりませんが、ここにいう「不特定」とは、「相手方が限定されていないという意味であり、公開の場所や公道における演説会、新聞や雑誌による事実の摘示」(西田典之著、橋爪隆補訂『刑法各論』第7版、弘文堂、2018年、p.123)をいいます。

また、「多数人」とは、単に複数であればよいのではなく、社会一般に知れ渡る程度の相当の員数を意味します。人に対する社会的評価を低下させる行為は、多数人に対して同時になされる必要はなく、「文書の郵送・個々面接などのばあいのように、多数人に対して連続的になされても」(団藤重光編『注釈 刑法⑸ 各則⑶』有斐閣、1968年、p.344)かまいません。

キーワードは伝播可能性

⑵ 侮辱とは

侮辱罪は、人に対する社会的評価を低下させること、つまり人を侮辱することによって成立しますが、侮辱とは、他人に対して軽蔑の表示をすることをいいます。例えば、以下のような表現がこれに当たります。

  • ばか
  • あほう
  • 変態
  • 悪徳商人 など

軽蔑の表示の方法に限定はなく、言語に限らず、図画・動作(例えば、不浄な物のように塩をまくなどです。なお、不作為を含みます。)等でもかまいません。

6 結 果

侮辱罪を規定している刑法231条は、人を「侮辱した」と規定しているにすぎないので、同罪が成立するためには、事実を摘示しないで公然と人に対する社会的評価を低下させる行為がなされれば足り、現実に人に対する社会的評価、つまり人の名誉が侵害されるといった結果が発生することは必要ではありません

侮辱罪は抽象的危険犯

7 主観的要件

侮辱罪は故意犯なので、同罪が成立するためには、公然と他人に対して軽蔑の表示をすることの認識・認容といった故意が必要となります。

もっとも、人に対する社会的評価を低下させる目的を持っている必要はありません

侮辱罪は目的犯ではない。

8 違法性

名誉毀損罪の場合は、公然と事実を摘示して人に対する社会的評価を低下させる行為を行ったとしても、刑法230条の2の要件を充たす場合は、違法性が阻却され、同罪は成立しません(真実性の証明による免責)が、侮辱罪の場合は、同罪が事実の摘示を伴わない犯罪なので、刑法230条の2の適用はありません

なお、政治・学問・芸術などに対する公正な評論や被害者の承諾がある場合には、違法性が阻却されて侮辱罪は成立しません。

侮辱罪には、真実性の証明による免責はない。

9 未遂・既遂

侮辱罪には、未遂を処罰する規定がないので、処罰されません(刑法44条)。

刑法44条(未遂罪)

未遂を罰する場合は、各本条で定める。

また、侮辱罪は抽象的危険犯なので、事実を摘示せずに、公然と人に対する社会的評価を低下させるおそれのある状態を作り出す行為を行えば、既遂に達します。

例えば、有名企業を経営しているAは悪徳商人であるという事実無根の記事を掲載した雑誌が書店の店頭に並んだ場合、まだ誰もその記事を読んでおらず、現実にAに対する社会的評価が低下するに至っていなくても、不特定多数の人がその雑誌を販売している書店を訪れてこれを目にすれば、Aに対する社会的評価は低下するおそれがあるので、記事を作成して雑誌として販売した者によるAに対する侮辱罪は、既遂に達することになります。

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侮辱罪に未遂はない。

10 罪数・他罪との関係

⑴ 侮辱罪の個数

侮辱罪の保護法益は人の名誉で、名誉は人ごとに存在するので、被害者の数を基準として、つまり、被害者の数に応じた侮辱罪が成立します。

例えば、1通の文書で2人の社会的評価を低下させた場合は、2個の侮辱罪が成立して観念的競合(刑法54条1項前段)となります(東京高判昭35.8.25参照)。

刑法54条1項前段(1個の行為が2個以上の罪名に触れる場合等の処理)

1個の行為が2個以上の罪名に触れ……るときは、その最も重い刑により処断する。

侮辱罪の個数は、被害者の数を基準とする。

⑵ 名誉毀損罪との関係

侮辱罪と類似した犯罪として名誉毀損罪があり、これらは、どちらも人の名誉を保護法益としているという点で共通しています。

そこで、これらをどのように区別するのかが問題となります。

まず、名誉毀損罪と侮辱罪の条文を比較してみます。

刑法230条1項(名誉毀損)

公然と事実を摘示し、人の名誉を()損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する。

刑法231条(侮辱)

事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、1年以下の懲役若しくは禁錮若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。

両者には、名誉毀損罪の場合は「事実を摘示し」と規定されているのに対して、侮辱罪の場合には「事実を摘示しなくても」と規定されているという違いがあります。

したがって、両罪は、事実の摘示の有無によって区別されることになります。つまり、人に対する社会的評価を低下させる言辞を行った場合、それが具体的な事実の摘示を伴うものであれば名誉毀損罪、具体的な事実の摘示を伴わない単なる価値判断・評価のみを表現したものであれば侮辱罪の成否が問題となります(=名誉毀損罪が成立するときは、侮辱罪は成立しません。)。

例えば、公衆の面前で「Aは大学で2回留年したから頭が悪い。」と言った場合は名誉毀損罪の成否が問題となりますが、「Aは頭が悪い。」と言った場合は侮辱罪の成否が問題となります。

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名誉毀損罪と侮辱罪とは、事実の摘示の有無によって区別される。

例えば、侮蔑的言辞を用いて人の名誉を毀損する事実を摘示した場合のように、1個の行為で同時に侮辱と名誉毀損がなされたときは、法条競合として名誉毀損罪のみが成立します。また、刑法230条の2によって名誉毀損罪が成立しないときは、侮辱罪も成立しません

侮辱罪の保護法益を名誉感情とする説によれば、いずれの場合も侮辱罪が成立し得ます。

名誉毀損罪と侮辱罪は、事実の摘示の有無によって区別される。

⑶ 暴行罪との関係

軽蔑を表示する動作が暴行である場合は、侮辱罪と暴行罪(刑法208条)が成立し、観念的競合となります(団藤重光編『注釈 刑法⑸ 各則⑶』有斐閣、1968年、p.388参照)

11 親告罪

侮辱罪は、訴追することによってかえって被害者の名誉を侵害するおそれがあるので、告訴がなければ公訴を提起することができないものとされています(刑法232条1項)。

刑法232条1項(親告罪)

この章の罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。

このように、告訴がなければ公訴提起することができない犯罪を、親告罪といいます。

告訴権者は、以下のとおりです。

原 則

被害者(刑訴法230条)
被害者の法定代理人(=親権者及び後見人)(刑訴法231条1項)
なお、被害者の法定代理人が、
・被疑者であるとき
・被疑者の配偶者であるとき
・被疑者の4親等内の血族であるとき
・被疑者の3親等内の姻族であるとき
は、被害者の親族は、独立して告訴をすることができます(刑訴法232条)。
被害者が告訴せずに死亡した場合 被害者の配偶者、直系の親族、兄弟姉妹(刑訴法231条2項本文)
ただし、被害者が明示した意思に反することはできません(同項ただし書)。
告訴をすることができる者が、天皇、皇后、太皇太后、皇太后又は皇嗣であるとき 内閣総理大臣が、代わって告訴を行います(刑法232条2項前段)。
告訴をすることができる者が、外国の君主又は大統領であるとき その国の代表者が、代わって告訴を行います(刑法232条2項後段)。
告訴をすることができる者がない場合
検察官は、利害関係人の申立てにより、告訴をすることができる者を指定することができます(刑訴法234条)。

侮辱罪は親告罪

12 確認問題

⑴ 令和2年度 司法試験 令和2年度 司法試験 短答式試験 刑法 第16問

⑵ 平成27年度 司法試験予備試験 短答式試験 刑法・刑事訴訟法 第2問

名誉毀損罪(刑法第230条)と侮辱罪(刑法第231条)の保護法益に関する次の各【見解】についての後記アからオまでの各【記述】を検討した場合、正しいものの組合せは、後記1から5までのうちどれか。

【見 解】

A説:名誉毀損罪と侮辱罪の保護法益は、いずれも人の外部的名誉(社会的評価、社会的名誉)であり、名誉毀損罪と侮辱罪の違いは、事実の摘示の有無である。

B説:名誉毀損罪の保護法益は人の外部的名誉(社会的評価,社会的名誉)であり、侮辱罪の保護法益は人の主観的名誉(名誉感情)である。

【記 述】

ア.A説によれば、刑法第231条で侮辱が被害者の面前において行われることを要件としていないのは、公然たる侮辱の言葉はやがて本人に伝わるので面前性は不要だからであると考えられる。

イ.A説に対しては、刑法第231条の「事実を摘示しなくても」との文言は文字どおりに解すべきであって「事実を摘示しないで」という意味にはならないはずであるとの批判がある。

ウ.B説によれば、刑法第231条で公然性が要件とされているのは、侮辱行為が公然となされるかどうかでその当罰性に差異が生ずるからであると考えられる。

エ.B説に対しては、幼児・重度の精神障害者・法人に対する侮辱罪が成立しないのは妥当でないとの批判がある。

オ.B説に対しては、名誉毀損罪と侮辱罪の法定刑の差を説明できないという批判がある。

1.ア イ ウ

2.ア イ エ

3.イ ウ エ

4.イ エ オ

5.ウ エ オ

法務省「平成27年司法試験予備試験問題」短答式試験(刑法・刑事訴訟法)

⑵ 解 説

ア.について

アの記述は、侮辱罪の成立要件として侮辱が本人の面前で行われることを必要としていないのは、公然となされた侮辱の言葉がやがて本人に伝わることになるからとしています。

これは、侮辱の言葉が本人に伝わることを侮辱罪が成立する前提としているものと解することができます。

このような考え方は、侮辱罪の保護法益を名誉感情と捉えていることを示しています。

なぜならば、人に対する社会的評価は、侮辱の言葉が不特定又は多数人に伝われば本人に伝わらなくても低下することがありますが、名誉感情は、被害者本人に伝わらなければ害されることはないからです。

したがって、アの記述は、侮辱罪の保護法益を外部的名誉とするA説ではなく、名誉感情とするB説についての記述であると解することができます。

以上から、アの記述は誤りということになります。

イ.について

侮辱罪を規定する刑法231条は、「事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、拘留又は科料に処する。」と規定していますが、ここにいう「事実を摘示しなくても」とは、通常の日常的な解釈では、「事実を摘示してもしなくても」というように捉えるのが普通であるということができます。

しかし、A説のように、名誉毀損罪と侮辱罪の保護法益をいずれも人の外部的名誉と捉えると、両罪を保護法益の違いによって区別することはできないので、「事実を摘示しなくても」とは、通常の日常的な解釈とは異なり、「事実を摘示しないで」という意味であると捉えることによって、両罪を区別することになります

一方で、B説のように、名誉毀損罪の保護法益を人の外部的名誉、侮辱罪の保護法益を名誉感情というように異なるものとして捉えると、両罪を保護法益の違いによって区別することができるので、「事実を摘示しなくても」とは、通常の日常的な解釈と同様に、「事実を摘示してもしなくても」という意味であると捉えることができます

そこで、B説からは、A説に対して、イの記述のような批判をすることができます。

したがって、イの記述は正しいということになります。

ウ.について

人の外部的名誉は、人に対する社会的評価なので、これが害されるためには、人に対する社会的評価を低下させる行為が、社会一般の不特定又は多数人に知れ渡るように、つまり、公然と行われなければなりません。

一方で、名誉感情は、社会一般の人がどのような評価をしているのかということとはかかわりなく、個々人が持っている主観的なものなので、これが害されるためには、人を侮辱する行為が侮辱の対象となっている人に伝わるかどうかが重要で、必ずしも社会一般の不特定又は多数人に知れ渡るように、つまり、公然と行われる必要はないということができます。

そうすると、侮辱罪の保護法益を名誉感情とするB説に対しては、保護法益をそのように捉えると、侮辱罪が成立するためには公然性が要件とはならないはずなのに、刑法が公然性を侮辱罪の成立要件としているのはなぜなのかという疑問が生じることになります。

これに対しては、人を侮辱する行為が公然と行われなかった場合よりも公然と行われた場合の方が、名誉感情が害される程度が大きく、そのような程度に至った場合に初めて人を侮辱する行為が処罰に値するものとなると説明することができます。

したがって、ウの記述は正しいということになります。

エ.について

人の外部的名誉は、侮辱の対象となった人がどのような感情を抱いたかにかかわりなく存在するもので、人を侮辱する行為が公然となされれば害されるので、A説のように侮辱罪の保護法益を人の外部的名誉と捉えれば、人を侮辱する行為が公然となされた場合には、それが名誉感情を持ち得ないものに対するものであったとしても、侮辱罪の成立を認めることができます

一方で、名誉感情は、人に対する社会的評価とはかかわりなく個々人が持っている主観的なものなので、B説のように侮辱罪の保護法益を名誉感情と捉えれば、人を侮辱する行為が公然となされたとしても、名誉感情が害されない限りは侮辱罪の成立を認めることはできません

そして、幼児・重度の精神障害者・法人は名誉感情を持ち得ない存在なので、これらのものを侮辱する行為が公然となされた場合、A説からは侮辱罪の成立を認めることができますが、B説からは侮辱罪の成立を認めることができません。

そこで、A説からはB説に対して、エの記述のような批判をすることができることになります。

したがって、エの記述は正しいということになります。

オ.について

人の外部的名誉は、不特定又は多数人による人に対する評価という社会的なものです。

一方、名誉感情は、個々人が持っている主観的なもので、人の外部的名誉よりも曖昧で不明確なものであるということができます。

したがって、名誉感情よりも人の外部的名誉の方が、刑法上保護する必要性が高い利益であるということができます。

そうすると、名誉毀損罪の保護法益を人の外部的名誉、侮辱罪の保護法益を名誉感情とするB説からは、名誉毀損罪の法定刑(=3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金)の方が侮辱罪の法定刑(=1年以下の懲役若しくは禁錮若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料)よりも重くなっているのは、両罪の保護法益の差によるものと説明することができます。

以上から、オの記述は誤りということになります。

イ 解 答

この問題の解答は、ということになります。

⑶ 平成19年度 旧司法試験 第二次試験 短答式試験 第54問

⑷ 平成18年度 新司法試験 短答式試験 刑事系科目 第16問

⑸ 平成16年度 司法試験 第二次試験 短答式試験 第42問

⑹ 平成11年度 司法試験 第二次試験 短答式試験 第49問

13 参考文献

  • 井田良『講義刑法学・各論』第2版、有斐閣、2020年
  • 大塚仁・河上和雄・中山善房・古田佑紀編『大コンメンタール刑法』第三版(第12巻)、青林書院、2019年
  • 大谷實『刑法講義各論』新版第5版、成文堂、2019年
  • 高橋則夫『刑法各論』第3版、成文堂、2018年
  • 団藤重光編『注釈 刑法⑸ 各則⑶』有斐閣、1968年
  • 西田典之著、橋爪隆補訂『刑法各論』第7版、弘文堂、2018年
  • 前田雅英・松本時夫・池田修・渡邊一弘・河村博・秋吉淳一郎・伊藤雅人・田野尻猛編『条解 刑法』第4版、弘文堂、2020年
  • 山口厚『刑法各論』第2版、有斐閣、2010年
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