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偽計業務妨害罪(刑法233条後段)や威力業務妨害罪(同法234条)という言葉は、聞いたことがある人は多いと思いますが、それぞれどのような違いがあるのか明確に説明できる人はそう多くはないのではないでしょうか。そこで、偽計業務妨害罪の意義・成立要件・具体例等について解説します。
まずは、条文を確認します。
1 意 義
偽計業務妨害罪を規定している刑法233条後段を見ると、偽計業務妨害罪とは、虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて、人の業務を妨害する行為を処罰する犯罪ということが分かります。
2 保護法益
刑法に規定されている各犯罪は、一定の利益を守るために存在しています。したがって、刑法各論を学ぶ際には、まず最初に、各犯罪が何を守るために犯罪として刑法に規定されているのか、つまり保護法益を明らかにしておくことが大切です。なぜならば、各犯罪の保護法益をどのように捉えるかによって、各条文の文言の意味合い、つまり解釈が異なってくるからです。
では、偽計業務妨害罪の保護法益は何なのかというと、人の社会生活上の地位における社会的活動の自由です(井田良『講義刑法学・各論』第2版、有斐閣、2020年、p.196、大谷實『刑法講義各論』新版第5版、成文堂、2019年、p.150、高橋則夫『刑法各論』第3版、成文堂、2018年、p.191参照)。
偽計業務妨害罪の保護法益は、人の社会的活動の自由
3 主 体
偽計業務妨害罪は、虚偽の風説を流布したり、偽計を用いて、人の社会的活動を妨害する行為を処罰する犯罪です。
そして、人の社会的活動を保護するためには、これを妨害する行為を行う者に制限を設ける理由は特にありません。
したがって、虚偽の風説を流布したり偽計を用いて人の社会的活動を妨害する行為を行った場合には、誰にでも偽計業務妨害罪が成立し得ます。
ただし、虚偽の風説を流布したり偽計を用いて人の社会的活動を妨害する行為を行う者は、自然人である個人である必要があり、法人の代表者が法人の名義を用いて人の社会的活動を妨害する行為を行った場合は、法人ではなく、現実に行為した代表者が処罰されます(大塚仁・河上和雄・中山善房・古田佑紀編『大コンメンタール刑法』第三版(第12巻)、青林書院、2019年、p.81、91参照)。
これは、法人は観念的な存在で、実際に法人として活動しているのは、法人自体ではなく、自然的・物理的な存在である代表者だからです。
例えば、A株式会社の代表取締役甲が、個人的に恨みを持っている知人Bを困らせようとして、Bが経営する飲食店に、実際には利用する意思がないのに、A株式会社の忘年会の予約を入れ、これを無断でキャンセルし、予約した日時にBが経営する飲食店を利用しなかった場合、その行為は、A株式会社の行為として行われたものではありますが、現実に行動しているのは代表取締役である甲なので、偽計業務妨害罪で処罰されるのは、A株式会社ではなく、甲になります。

偽計業務妨害罪の主体は、自然人である個人
4 客 体
偽計業務妨害罪は、虚偽に風説を流布したり偽計を用いて人の社会的活動を妨害する行為を行った者を処罰することによって人の社会的活動の自由を保護しようとする犯罪なので、偽計業務妨害罪の客体は、人の業務です。
⑴ 人とは
偽計業務妨害罪の実行行為である虚偽の風説を流布したり偽計を用いて人の社会的活動を妨害する行為を行う者は、自然人でなければなりませんが、偽計業務妨害罪の客体である人の業務にいう「人」というのは、行為者と同じく、自然人でなければならないとうわけではありません。
つまり、偽計業務妨害罪の客体である人の業務にいう「人」には、(行為者以外の)自然人だけでなく、法人(大判昭7.10.10)やその他の団体も含まれます(大判大15.2.15参照)。
これは、法人等にも社会的活動は存在するからです。ただし、団体というためには、「単なる人の集合体では足りず、特定の共同目的を達成するための業務主体として社会的に認められる程度の組織性と継続性を有すること」(大塚仁・河上和雄・中山善房・古田佑紀編『大コンメンタール刑法』第三版(第12巻)、青林書院、2019年、pp.91-92)が必要です。例えば、政党その他の政治団体、宗教団体、労働組合、各種学会等が、これに当たります。
なお、当然のことですが、偽計業務妨害罪の客体である人の業務にいう「人」には、社会的活動をなし得ない死者は含まれません。
団体が偽計業務妨害罪による保護を受けるためには、その団体に組織性と継続性が必要
⑵ 業務とは
偽計業務妨害罪の客体である人の業務にいう「業務」とは、職業その他社会生活上の地位に基づいて継続して行う事務又は事業をいいます(大判大5.6.26、大判大10.10.24)。株式会社の企業活動のような営利・経済的なものである必要はなく、宗教団体の布教活動のような精神的・文化的なものであってもかまいません。
ただし、活動に継続性があることが必要なので、結婚式のような1回的なものは業務に含まれません(西田典之著、橋爪隆補訂『刑法各論』第7版、弘文堂、2018年、p.138参照)。もっとも、それ自体は1回的・単発的・一時的なものであっても、継続性を有する本来の業務遂行の一環として行われたものは、業務に該当します。例えば、政党の結党大会は、それ自体は1回しか行われないものではありますが、継続性を有する政党の業務遂行活動の一環として行われるものなので、これを虚偽の風説を流布したり偽計を用いて妨害した場合は、偽計業務妨害罪が成立し得ます(東京地判昭36.9.13、大塚仁・河上和雄・中山善房・古田佑紀編『大コンメンタール刑法』第三版(第12巻)、青林書院、2019年、pp.94-95参照)。
業務には、継続性があることが必要
ア 業務上過失致死傷罪における業務との相違
犯罪の成立に業務性が問題となるものとしては、業務妨害罪のほかに業務上過失致死傷罪(刑法211条前段)等があります。
業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金に処する。
いずれも同じ業務という言葉を用いてはいますが、業務妨害罪にいう業務は、業務上過失致死傷罪等における業務と以下のような違いがあります(大塚仁・河上和雄・中山善房・古田佑紀編『大コンメンタール刑法』第三版(第12巻)、青林書院、2019年、p.92、団藤重光編『注釈 刑法⑸ 各則⑶』有斐閣、1968年、pp.399-400参照)。
- 個人的な娯楽や趣味として行う自動車の運転や狩猟は含まれません。
- 人の生命・身体に対する危険を伴ったり、そのような危険を防止するものに限定されません。
- 刑法的保護に値しないもの※は除かれます。
業務妨害罪にいう業務と業務上過失致死傷罪にいう業務とは、イコールではない。
イ 公務と業務
偽計業務妨害罪は、偽計を用いて人の社会的活動を妨害する行為を処罰する犯罪です。そして、公務も人の社会的活動であることに変わりはありません。
もっとも、刑法は、公務を保護するために、別に公務執行妨害罪(刑法95条1項)を規定しています。
公務員が職務を執行するに当たり、これに対して暴行又は脅迫を加えた者は、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する。
そこで、公務を偽計を用いて妨害した場合に、偽計業務妨害罪が成立するのかどうか、つまり、公務が業務に含まれるかが問題となります。
この点については、以下のようになります。
公務が業務に含まれるか | 公務を偽計によって妨害した場合 | |
強制力を行使する権力的公務 | ✕ | 公務執行妨害罪(刑法95条1項)も偽計業務妨害罪も成立しない。 |
上記以外の公務 | ○ | 偽計業務妨害罪が成立する。 |
つまり、公務を偽計によって妨害した場合に、偽計業務妨害罪が成立するか否かは、対象となる公務が強制力を行使する権力的公務か否かによって区別されます(最決平12.2.17)。これは、強制力を行使する権力的公務(例えば、警察官による被疑者の逮捕など)の場合は、これを妨害する行為を自力で排除することができるのに対し、強制力を行使する権力的公務以外の公務(例えば、国会における議事、国公立大学(独立行政法人)における講義、公立病院における事務など)の場合は、これを妨害する行為を自力で排除することができないので、業務妨害罪が成立し得ることとすることによって、そのような公務を保護する必要があるからです。
公務が業務に含まれるかは、公務が強制力を行使する権力的なものかどうかによって決まる。
5 行 為
偽計業務妨害罪の行為は、虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて人の業務を妨害することです。
⑴ 虚偽の風説の流布
ア 虚偽とは
虚偽とは、客観的な真実に反することをいいます。
全く根も葉もないことだけでなく、真実に虚偽の事実を付け加えたものや、一部に虚偽が存在する場合も含みます(大塚仁・河上和雄・中山善房・古田佑紀編『大コンメンタール刑法』第三版(第12巻)、青林書院、2019年、p.84参照)。
イ 風説とは
風説とは、うわさをいいます。うわさは、行為者自身が創造・創作したものである必要はありません。
もっとも、必ずしもうわさの形をとっている必要はなく、行為者自身の判断・評価といった形をとっていてもかまいません。
ウ 流布とは
流布とは、不特定又は多数人に伝播させることをいいます(不特定及び多数人の意義については「こちら」を参照してください。)。
「直接には特定の少数人に対して告知したばあいでも、他人の口を通じて順次それが不特定または多数の人に伝播されることを認識して行ない、その結果、不特定または多数の人に伝播されたならば、『流布』した」(団藤重光編『注釈 刑法⑸ 各則⑶』有斐閣、1968年、p.397)ことになります(大判昭12.3.17。伝播性の理論)。
例えば、甲が自宅でA及びBに対して「あの弁当屋は衛生管理ができていない。」と言った場合において、甲の発言当時に、A及びBが後で自己の多数の友人・知人に対して対象となった弁当屋が衛生管理ができていないと言い触らすことが予見されるような状態にあれば、虚偽の風説を流布したと認められ、甲に偽計業務妨害罪が成立し得ます。

伝播可能性があれば、流布したと認められる。
⑵ 偽 計
偽計とは、「人を欺き、あるいは人の錯誤又は不知を利用すること」(山口厚『刑法各論』第2版、有斐閣、2010年、p.163)をいいます。
必ずしも、直接的に人の不知・錯誤を利用する必要はなく、直接的には機械に対する加害行為であっても、偽計に当たる場合があります(西田典之著、橋爪隆補訂『刑法各論』第7版、弘文堂、2018年、pp.140-141参照)。
判例で偽計に当たるとされたものとしては、以下の事例があります。
直接的に人の不知・錯誤を利用した場合 | ・漁場の海底に障害物を沈めて漁網を破損させる行為(大判大3.12.3) ・他紙と紛らわしい体題号等に変えた新聞を発行する行為(大判大4.2.9) ・虚偽の電話注文をして配達させる行為(大阪高判昭39.10.5) ・一般客を装ってATM機を長時間占拠する行為(最決平19.7.2) |
上記以外の公務 | ・有線放送の送信線をひそかに切断して放送を妨害する行為(大阪高判昭49.2.14) ・電話料の課金装置の作動を不能にする機械を電話機等に設置等する行為(最決昭59.4.27) ・電力量計の作動を遅らせる装置を施す行為(福岡地判昭61.3.3) |
⑶ 妨 害
妨害とは、業務の執行自体の妨害に限らず、広く業務の経営を阻害する一切の行為をいいます(大判昭8.4.12)。
6 結 果
偽計業務妨害罪を規定している刑法233条後段は、業務を「妨害した」と規定しているので、同罪が成立するためには、実際に業務の遂行が妨害された結果が発生しなければならないようにも思われます。
しかし、判例は、業務の執行又は経営を阻害するおそれのある状態を発生させれば足り、現実に妨害の結果が発生することは必要ではないとしています(大判昭11.5.7)。
偽計業務妨害罪は抽象的危険犯
7 主観的要件
偽計業務妨害罪は故意犯なので、同罪が成立するためには、虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いることの認識及びその結果人の業務を妨害するおそれのある状態を作り出すことの認識・認容といった故意があることが必要となります。
もっとも、人の業務を妨害する目的を持っている必要はありません(大阪高判昭39.10.5)。
偽計業務妨害罪は目的犯ではない。
8 未遂・既遂
偽計業務妨害罪には、未遂を処罰する規定がないので、処罰されません(刑法44条)。
未遂を罰する場合は、各本条で定める。
また、偽計業務妨害罪は抽象的危険犯なので、虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて、人の業務を妨害するおそれのある状態を作り出す行為を行えば、既遂に達します。
例えば、甲が、過去に訴訟でAに負けたことから、Aの訴訟代理人を務めた弁護士Bに恨みを抱き、Bを失職させるため、Bを雇っている法律事務所Xの所長のCに宛てて、「Bの依頼人に対する態度は不遜で、そのことはBがそれまで担当してきた依頼人の間でも評判であるから、法律事務所Xの信用を維持するためには、Bを速やかに解雇した方がよい」という虚偽の内容の手紙を郵送した場合、その手紙を読んだCが実際にBを解雇するには至らなかったとしても、Bには、勤務する法律事務所Xから解雇その他の業務上の不利益を受けるおそれが生じているので、甲によるBに対する偽計業務妨害罪は、既遂に達することになります。

9 罪数・他罪との関係
⑴ 偽計業務妨害罪の個数
偽計業務妨害罪の保護法益は人の社会的活動なので、対象となる業務の数を基準として、つまり、被害を受けた業務の数に応じた偽計業務妨害罪が成立します。
例えば、1個の行為で2人の業務を妨害した場合は、2個の偽計業務妨害罪が成立して観念的競合(刑法54条1項前段)となります(大判昭9.5.12)。
1個の行為が2個以上の罪名に触れ……るときは、その最も重い刑により処断する。
偽計業務妨害罪の個数は、業務の数を基準とする。
⑵ 信用毀損罪との関係
同一の行為で同一人の信用と業務を同時に害した場合は、刑法233条違反の単純一罪となります(大判昭3.7.14)。
虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて、人の信用を毀損し、又はその業務を妨害した者は、3年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
⑶ 威力業務妨害罪との関係
偽計と威力を用いて1人の業務を妨害した場合には、刑法233条と234条の両条に当たる単純一罪となります(東京高判昭27.7.3、福岡高判昭33.12.15)。
威力を用いて人の業務を妨害した者も、前条の例による。
⑷ 名誉毀損罪との関係
業務妨害の行為が同時に人の名誉を毀損するものである場合は、業務妨害罪と名誉毀損罪(刑法230条1項)が成立し、観念的競合となります(大判大5.6.26、大判大10.10.24)。
公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する。
⑸ 恐喝罪との関係
業務妨害の行為が恐喝の手段として行われた場合は、業務妨害罪と恐喝罪(刑法249条)が成立し、牽連犯(刑法54条1項後段)となります(大判大2.11.5)。
1項
人を恐喝して財物を交付させた者は、10年以下の懲役に処する。
2項
前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。
犯罪の手段若しくは結果である行為が他の罪名に触れるときは、その最も重い刑により処断する。
⑹ 文書偽造罪との関係
業務妨害の手段として文書を偽造・行使した場合は、文書偽造罪・同行使罪と業務妨害罪は牽連犯となります(大判昭7.7.14)。
10 確認問題
偽計業務妨害罪については一通り説明したので、試しに問題を解いてみましょう。
⑴ 平成27年度 司法試験 短答式試験 刑法 第2問
業務妨害罪に関する次の1から5までの各記述を判例の立場に従って検討し、誤っているものを2個選びなさい。
1.業務妨害罪における「業務」とは、職業その他社会生活上の地位に基づいて継続して行う事務又は事業をいい、営利を目的とするものでなくても「業務」に含まれる。
2.業務妨害罪における「業務」は、業務自体が適法なものであることを要するから、行政取締法規に違反した営業行為は「業務」には当たらない。
3.強制力を行使しない非権力的公務は、公務執行妨害罪における「公務」に当たるとともに業務妨害罪における「業務」にも当たる。
4.威力業務妨害罪における威力を「用いて」といえるためには、威力が直接現に業務に従事している他人に対してなされることを要する。
5.業務妨害罪における「妨害」とは、現に業務妨害の結果が発生したことを必要とせず、業務を妨害するに足りる行為があることをもって足りる。
法務省「平成27年司法試験問題」短答式試験(刑法)
⑵ 解 説
1について
業務妨害罪における業務とは、職業その他社会生活上の地位に基づいて継続して行う事務又は事業をいい、営利・経済的なものである必要はなく、精神的・文化的なものであってもかまいません。
したがって、1は正しいということになります(4⑵参照)。
2について
業務妨害罪における業務は、必ずしも適法であることは必要なく、刑法上保護に値するものであれば足ります。
したがって、2は誤りということになります(4⑵ア※参照)。
3について
公務が業務に含まれるかは、公務が強制力を行使する権力的公務かどうかによって区別されます。
つまり、
- 強制力を行使する権力的公務
業務に含まれない。 - 強制力を行使しない非権力的公務
業務に含まれる。
ということになります。
したがって、3は正しいということになります(4⑵イ参照)。
4について
4は誤りです(詳細については、「こちら」を参照してください。)。
5について
業務妨害罪は抽象的危険犯なので、同罪の成立には、実際に業務が妨害されたという結果が発生することは必要ではありません。
したがって、5は正しいということになります(6参照)。
⑶ 解 答
この問題の解答は、2と4ということになります。