最判昭24.12.6 昭和24年(れ)第1967号: 贈賄幇助、贈賄 刑集3巻12号1884頁

judgment 刑法判例
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要 約

供与の申込みをしたが収受されなかった賄賂は、「収受した賄賂」(刑法197条の4(現・197条の5))には当たらないことから、刑法197条の4によって没収することはできないが、刑法197条の4は刑法19条を排斥するものではないから、賄賂申込罪(刑法198条)の組成物件として、刑法19条1項1号により没収することができる。

主 文

原判決を破()する。

被告人C、同D、Aを各懲役5(げつ)に処する。

被告人Aに対し本裁判確定の日から3年間右刑の執行を猶予する。

押収の現金2万円(証第1号)を没収する。

原審の訴訟費用は被告人等3名の連帯負担とする。

理 由

被告人Aのための弁護人戸毛亮蔵、被告人Cのための弁護人竹野竹三郎、被告人Dのための弁護人元林義治の各上告趣意は、末尾に添えた別紙記載の通りである。

⑴ 戸毛弁護人の論旨第1点は、原判決の挙げた証拠によっては本件贈賄幇助の事実は証明できないから、原判決は理由不備だ、というのである、しかし原判決が証拠として挙げたところを(そう)合して判断すれば、被告人Aが被告人BからEを介し警察への寄附金名義で警察署長Fに贈賄するために金2万円を受取りその旨を右署長に伝達した事実を認定するに足るのであって、原判決は証拠によらずして事実を認定したものだというのは、ひっきょう証拠の証明力について独自の見解により異論をさしはさむにほかならず、論旨は理由がない。

⑵ 同論旨第2点は、原判決は、本件贈賄の相手方を単に新庄町警察署長Fと判示するだけで、同人が判示食糧管理法違反被疑事件について()()なる権限を有するのかを明かにしていない、すなわち同人の権限職務の内容を判示していないから、理由不備である、というのである。しかし、判示新庄町警察署長は自治体警察の警察署長であるから、警察法第49条の定めるところにより、警部補以上の警察吏員たると市町村警察署長がこれを兼ねている場合たるとを問はず、警察署長として上司の指揮監督を受けて管轄区域内における警察事務を執行し部下の職員を指揮監督する権限を有するのであって、警察事務は、警察法第1条により、犯罪の捜査と被疑者の逮捕とを含むことが明かであるのみならず、同法附則第19条は「他の法令中警察官に関する規定は、当該警察官及び警察吏員に関する規定とする」としているので、旧刑事訴訟法第248条の適用上判示警察署長が犯罪捜査の権限をもつことは、むしろ当然である。それゆえ、原判決が単に新庄町警察署長としただけでその職務権限の内容を具体的に説き示していなくとも、被告人Aに対する贈賄幇助の事実の判示として何等欠けるところがなく、所論のように理由不備の違法があるとは言えない。

⑶ 同論旨第3点は、原判決は被告人Aが賄賂を提供したと判示したが被告人のどういう行為を(もっ)て提供と判断したかを明示していないから、理由不備である、というのである。なるほど刑法第198条には「賄賂ヲ供与シ又ハ其申込若クハ約束ヲ為シと」あって、「提供」という言葉が用いられていないが、この規定は昭和16年法律第61号で改正されたもので、改正前の法文には「賄賂ヲ交付、提供又ハ約束」とあったのである。そしてこの「提供」というのは利益を現実に収受し得べき状態に置く場合に限らず、口頭を以て相手方に対し賄賂の収受をうながす意思を表示する場合を含む、と解釈されていたのであって、その意味で現行法文の「申込」は口頭提供に(あた)り、原判決が「提供」と言ったのは被告人が賄賂の申込をしたのを指すこと明白であり、理由不備の論旨は理由がない。

⑷ 同論旨第4点は、原審が刑法第197条ノ4を適用して「押収の現金2万円を没収する」と判決したのは違法である、と非難するのであるが、この論旨は正当である。刑法第197条ノ4は「収受シタル賄賂ハ之ヲ没収ス」というのであるが、本件における問題の2万円は相手方によって収受を拒否されたのであって、すなわち「収受シタル賄」ではないのであるから、同条によって没収し得べきものではないのである。すなわち原判決はこの点において違法であって、破棄をまぬかれない。

⑸ 同論旨第5点は、本件公訴事実は被告人Aが金2万円を収受したというのであるのに、原判決が被告人は金2万円につき贈賄の幇助をしたと判決したのは、審判の請求を受けなかった事件につき審判した違法の判決である、と非難する、しかしながら、所論の公訴事実と原判決の認定事実とは範囲を異にせず、すなわち被告人B両人が警察署長に贈賄せんとしたその橋渡しが被告人Aだったという事実は全然同一なのであるが、Aが公安委員であるため、これを警察がわなる贈賄の相手方と見ての起訴だったところ、取調の結果Aが贈賄者がわの幇助者であることが判明した次第であって、原判決に公訴の範囲に属しない事実を認定した違法があるとは言い得ず、論旨は理由がない。

⑹ 竹野弁護人の論旨第1点は、前段⑸と結局同趣旨であるから、その理由のないことについても、前段の説明を援用する。

⑺ 同論旨第2点は、前掲⑵と結局同趣旨であるから、その理由のないことについても、その部分の説明を援用する。

⑻ 同論旨第3点は、賄賂の提供は犯罪を構成せず、かつ贈賄の意思が相手方たる新庄町警察署長に伝達されていないから、被告人Cは罪にならない、というのである。しかし贈賄の提供が刑法第198条ノ4の「賄賂の申込」を含むことは、前掲⑶に説明した通りであり、そして贈賄の趣旨が被告人Aを経て新庄町警察署長に伝達されたことは、原審が証拠によって認定したところであって、論旨は理由がない。

⑼ 同論旨第4点は、前掲⑷と同趣旨であって、その論旨が理由のあることは、その部分で説明した通りである。なほ論旨は、押収の2万円につき証拠調をしなかったことを違法とするが、それを犯罪認定の資料として証拠に採用する場合でなければ、押収物について公判廷で証拠調をする必要はないのである。また、没収が何人に対して命ぜられたのか判文上知り得ない、と非難するが、問題の2万円が1万円ずつ被告人B兄弟の支出であること、従って没収が右両名に対して命ぜられたものであることは、判文上明白である。(昭和23年(れ)第112号同年7月14日最高裁判所大法廷判決参照)

⑽ 同論旨第5点は、原判決には採証の法則と経験則とに反したるまたは理由不備の違法がある、というのである。しし所論は原判決の採用しない被告人らの供述または供述記載を基礎として原判決の事実の認定を非難するものであって、上告の適法な理由にならず、また原判決が採用した証拠についても、採証法則経験則違背または理由不備の違法があるとは認められない。

⑾ 同論旨第6点は、原判決が証拠に供した被告人Aの供述および被告人Cの供述記載はいずれも判示のごとき趣旨ではない、と言うのであって、これまた採証法則違背、経験則違背および理由不備の主張である。しかし、所論の供述ならびに供述記載はいずれも原判決摘録と同趣旨と解されるのであって、所論のような趣旨とは考えられず、論旨は理由がない。

⑿ 同論旨第7点については、原判決原本の日附が昭和24年5月1日でない場合には撤回する旨の附記があるところ、右の日附は記録によれば、明白に「5月10日」となっているゆえ、論旨は撤回されたものと了解する。

⒀ 元林弁護人の論旨第1点は、結局「提供」という用語についての議論であるが、その点はすでに前掲⑶において説明したところであって、論旨は理由がない。なお提供という用語は公文書平易化の要求に反するという所論が上告の理由にならないことは、言うまでもない。

⒁ 同論旨第2点は、(甲)として、原判決の挙げた証拠によれば本件2万円が警察への寄附金として提供されたことは認められるが警察署長Fへの賄賂として提供されたことは認められ得ない、と言い(乙)として、たとえそれが賄賂として認められ得るとしても、提供者は被告人Cのみであり、被告人Dの提供意思は警察署長に伝達されていなというのである。しかし、本件2万円が寄附金名義で実は賄賂として提供されたものること、およびその提供者がC同Dの両名であることは、原判決が証拠によって認定したところであって、その認定は採証法則あるいは経験則に反するものとは考えられず、論旨は理由がない。

⒂ 以上の各論旨は、⑷および⑼に挙げたものを除いては、すべて理由なきものと認めるのであるが、右両段に述べた通り、原審が刑法第197条ノ4を適用して「押収の現金2万円を没収する」と判決したのは違法であって、論旨は理由があり、この点において原判決は破毀をまぬかれない。しかし刑法第197条ノ4は同法第19条を排斥するものではなく、問題の現金2万円は贈賄の「犯罪行為ヲ組成シタル物」として刑法第19条により没収せられ得べきものであるから、その処置を執るのを適当と認める

よって、旧刑訴法第447条により原判決を破毀する。しかし、原判決の違法は法条の適用に存し、事実の確定に影響を及ぼさないものと認めるから、同法第448条により当裁判所自ら判決することとし、原判決が証拠によって確定した事実を法律に照らすに、被告人C、Dの所為は刑法第198条第60条に、被告人Aの所為は同法第198条第62条に(それ)(ぞれ)該当するところ、所定刑中いずれも懲役刑を選択し、被告人Aについては同法第63条第68条第3号に(のっと)って従犯による減軽をし、各々その所定刑期の範囲内において、各々懲役5月に処し、被告人Aに対しては同法第25条を適用して3年間右刑の執行を猶予し、押収にかかる現金2万円は本件賄賂申込罪の組成物件で、犯人以外の者に属しないから同法第19条第1項第1号第2項本文に従って、これを没収し、原審の訴訟費用は旧刑訴法第237条第238条を適用して被告人等3名をして連帯して、これを負担させるものとする。

よって、主文の(ごと)く判決する。

この判決は裁判官全員一致の意見によるものである。

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