要 約
犯人が他人に対し暴行を加えた後、更に別個の害悪を告知し脅迫行為をした場合、それが暴行行為の直後に同一の場所でなされたものであっても、暴行罪(刑法208条)に吸収されず、別に脅迫罪(刑法222条)が成立し、併合罪(刑法45条前段)となる。
主 文
本件上告を棄却する。
当審における訴訟費用は被告人の負担とする。
理 由
弁護人河野太郎の上告趣意第1点について
所論は、原判決が大審院判例に違反すると主張し、その理由として原審が、第1審判決の判示第3の脅迫罪と、判示第2の⑵の暴行罪との認定を支持し、両者は別個に行われたものであって、前者が後者に吸収されると解するのは当らないと判断したのは違法であると主張する。所論について考えてみるに、所論引用の大審院判例(大正15年6月15日)の判示するように「犯人が他人に対し暴行を加えんことを告知したる上之を殴打したる場合に於ては単に暴行罪を以て論すべきものにして脅迫罪の刑責を負はしむべきものに非ず」と解すべきことは正にそのとおりであるが、さらに所論引用の他の大審院判例(昭和6年12月10日)の判示するように、「告知したる害悪と現実に加えたる害悪と全く相異なる場合に於ては該告知にして脅迫罪の実質を具備する以上は、之を脅迫罪に問擬すべく、実行に依る犯罪中に包括せられたるものと為すことを得ざるものとす」とする見解も今なお正当とすべきであって、右2つの判例はなんら相矛盾するものではない。本件についてみるに、被告人の脅迫は、第1審判決の判示第2の⑵の暴行の際に告知されたことは認められるが、判示暴行事実は「同女に出遇うや同人に対しその頭髪を引張り更にその顔面を数回殴打する等の暴行を加え」というのであり、判示第3の「お前は警察に訴えるつもりだったろう、お前みたいなものはこの辺におくわけにはゆかぬから川に投げ込む」という告知は、生命にも危害を加えるおそれある言辞であって、正に前記大審院判例(後者)にいう、告知した害悪と現実に加えた害悪と全く異なる場合に当り、両者は別個独立の行為と解するを相当とする。従って同趣旨に出でた原判決の見解は正当であって、むしろ大審院判例(後者)の趣旨に副うものであり、また同判例前者の事案は本件に適切ではない。
同第2点について
所論は、事実誤認の主張であって刑訴405条※1の上告理由に当らない。そして第1審判決の挙示する証拠によれば、第1点に説示したように、脅迫罪と暴行罪とが別個に成立することを優に認めることができる。
その他記録を調べても刑訴411条※2を適用すべき事由は認められない。
よって同408条※3、181条※4により裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。
※1 刑訴法405条
高等裁判所がした第1審又は第2審の判決に対しては、左の事由があることを理由として上告の申立をすることができる。
1号
憲法の違反があること又は憲法の解釈に誤があること。
2号
最高裁判所の判例と相反する判断をしたこと。
3号
最高裁判所の判例がない場合に、大審院若しくは上告裁判所たる高等裁判所の判例又はこの法律施行後の控訴裁判所たる高等裁判所の判例と相反する判断をしたこと。
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※2 刑訴法411条
上告裁判所は、第405条各号に規定する事由がない場合であっても、左の事由があって原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めるときは、判決で原判決を破棄することができる。
1号
判決に影響を及ぼすべき法令の違反があること。
2号
刑の量定が甚しく不当であること。
3号
判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があること。
4号
再審の請求をすることができる場合にあたる事由があること。
5号
判決があった後に刑の廃止若しくは変更又は大赦があったこと。
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※3 刑訴法408条
上告裁判所は、上告趣意書その他の書類によって、上告の申立の理由がないことが明らかであると認めるときは、弁論を経ないで、判決で上告を棄却することができる。
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※4 刑訴法181条
1項
刑の言渡をしたときは、被告人に訴訟費用の全部又は一部を負担させなければならない。但し、被告人が貧困のため訴訟費用を納付することのできないことが明らかであるときは、この限りでない。
2項
被告人の責に帰すべき事由によって生じた費用は、刑の言渡をしない場合にも、被告人にこれを負担させることができる。
3項
検察官のみが上訴を申し立てた場合において、上訴が棄却されたとき、又は上訴の取下げがあったときは、上訴に関する訴訟費用は、これを被告人に負担させることができない。ただし、被告人の責めに帰すべき事由によって生じた費用については、この限りでない。
4項
公訴が提起されなかった場合において、被疑者の責めに帰すべき事由により生じた費用があるときは、被疑者にこれを負担させることができる。
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