最決平19.10.16 平成19年(あ)第398号:爆発物取締罰則違反、殺人未遂被告事件 刑集61巻7号677頁

judgment 刑事訴訟法判例
この記事は約6分で読めます。
Sponsored Link
Sponsored Link

要 約

有罪認定に必要とされる立証の程度としての「合理的な疑いを差し挟む余地がない」というのは、反対事実が存在する疑いを全く残さない場合をいうものではなく、抽象的な可能性としては反対事実が存在するとの疑いをいれる余地があっても、健全な社会常識に照らしてその疑いに合理性がないと一般的に判断される場合には有罪認定を可能とする趣旨であり、このことは、直接証拠によって事実認定をすべき場合と情況証拠によって事実認定をすべき場合とで異ならない。

主 文

本件上告を棄却する。

理 由

弁護人吉田茂、同桑城秀樹の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、事案を異にする判例を引用するものであって、本件に適切でなく、その()は、憲法違反をいう点を含め、実質は事実誤認の主張であり、被告人本人の上告趣意は、事実誤認の主張であって、いずれも刑訴法405条※1の上告理由に当たらない。

なお、所論にかんがみ、職権で判断する。

1 本件は、離婚訴訟中であった被告人が、妻の実母Aらを殺害する目的で、アセトン等から生成したトリアセトントリパーオキサイド(過酸化アセトン。以下「TATP」という。)相当量に、点火ヒーター、乾電池等を使用した起爆装置を接続して、これをファイルケースに収納し、更に同ケースを定形外郵便封筒内に収納するなどして、同封筒から同ケースを引き出すことにより上記起爆装置が作動して上記TATPが爆発する構造の爆発物1個(以下「本件爆発物」という。)を製造した上、定形外郵便物としてAあてに投かんし、情を知らない郵便配達員をしてこれを高松市内のA方に配達させ、Aをして同封筒から同ケースを引き出させてこれを爆発させ、もって、爆発物を使用するとともに、Aらを殺害しようとしたが、Aを含む3名の者に重軽傷を負わせたにとどまり、Aらを殺害するに至らなかったとして、爆発物取締罰則違反、殺人未遂に問われた事案である。

2 第1審判決は、

⑴ 被告人は、本件爆発物の爆発事件(以下「本件爆発事件」という。)が発生する8日ほど前までに、自宅のパソコンからインターネットを利用して、TATPを含む爆発性物質の生成方法や起爆装置の製造方法等を記載したサイトにアクセスし、閲覧しており、実際にプラスチックケースに入った爆発性物質を取り扱っていた事実も推認できること、

⑵ 被告人は、本件爆発事件発生前に、本件爆発物に使われたとみられる分量のTATPを生成し得るアセトン等を購入していたほか、本件爆発物に使用された起爆装置の起爆薬など多数の構成部品と同種又は類似の物を新たに購入し、あるいは以前から入手しており、被告人方からは、TATPの成分が付着した金属粉末も発見されていること、

⑶ 本件爆発物を収納した封筒にちょう付されていた24枚の切手中9枚は、本件爆発事件発生の前日、長尾郵便局(香川県さぬき市所在)に設置された自動販売機から発行・発売されたものであるところ、被告人方から発見押収された切手3枚は、上記切手9枚の発行・発売の2分後に、同じ自動販売機から発行・発売されたものであること、

⑷ 同封筒にちょう付されていた差出人を示す紙片は、クレジットカード会社のホームページの高松支店の地図付き案内ページを利用し、これをカラープリンターでラベルシートに印刷して作成されたものであるところ、被告人は、本件爆発事件発生の6日前に上記ホームページを閲覧していた上、被告人方からは上記印刷が可能なカラープリンター及び同種ラベルシートが発見されていること、

⑸ 同封筒は、本件爆発事件発生の前日の一定の時間帯に高松南郵便局管内の投入口が比較的大きい郵便ポストに投かんされたものとみられるが、被告人は、上記の時間帯に、同郵便局管内の同封筒が投かん可能な郵便ポストの設置されている場所へ行っていること

などを総合すれば、被告人が本件爆発物を製造し、Aあてに郵送したと認められるとした上で、本件爆発物の威力に関する被告人の認識や、本件爆発事件の発生当時、被告人には、妻との離婚訴訟をめぐって同女の実母であるAらに対し殺意を抱き得る事情があったことなどに照らせば、被告人には、Aに対する確定的な殺意及び本件爆発事件で負傷したその余の2名の者に対する未必的な殺意が認められるとした。そして、原判決も、第1審判決の上記判断を是認した。

3 所論は、上記⑵の点に関し、被告人が、その購入したアセトン等を他の使途に費消した可能性や、上記⑶の点に関し、上記封筒にちょう付されていたその余の切手中、少なくとも10枚を被告人が購入し得なかった可能性等を指摘して、原判決は、情況証拠による間接事実に基づき事実認定をする際、反対事実の存在の可能性を許さないほどの確実性がないにもかかわらず、被告人の犯人性を認定したなどという。

刑事裁判における有罪の認定に当たっては、合理的な疑いを差し挟む余地のない程度の立証が必要である。ここに合理的な疑いを差し挟む余地がないというのは、反対事実が存在する疑いを全く残さない場合をいうものではなく、抽象的な可能性としては反対事実が存在するとの疑いをいれる余地があっても、健全な社会常識に照らして、その疑いに合理性がないと一般的に判断される場合には、有罪認定を可能とする趣旨である。そして、このことは、直接証拠によって事実認定をすべき場合と、情況証拠によって事実認定をすべき場合とで、何ら異なるところはないというべきである。

刑事裁判における有罪の認定に当たっては、合理的な疑いを差し挟む余地のない程度の立証が必要である。ここに合理的な疑いを差し挟む余地がないというのは、反対事実が存在する疑いを全く残さない場合をいうものではなく、抽象的な可能性としては反対事実が存在するとの疑いをいれる余地があっても、健全な社会常識に照らして、その疑いに合理性がないと一般的に判断される場合には、有罪認定を可能とする趣旨である。そして、このことは、直接証拠によって事実認定をすべき場合と、情況証拠によって事実認定をすべき場合とで、何ら異なるところはないというべきである。

よって、刑訴法414条※2、386条1項3号※3により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。


※1 刑訴法405条
 高等裁判所がした第1審又は第2審の判決に対しては、左の事由があることを理由として上告の(もうし)(たて)をすることができる。
1号
 憲法の違反があること又は憲法の解釈に(あやまり)があること。
2号
 最高裁判所の判例と相反する判断をしたこと。
3号
 最高裁判所の判例がない場合に、大審院若しくは上告裁判所たる高等裁判所の判例又はこの法律施行後の控訴裁判所たる高等裁判所の判例と相反する判断をしたこと。
>>本文に戻る


※2 刑訴法414条
 前章の規定は、この法律に特別の定のある場合を除いては、上告の審判についてこれを準用する。
>>本文に戻る


※3 刑訴法386条1項3号
 左の場合には、控訴裁判所は、決定で控訴を棄却しなければならない。
3号
 控訴趣意書に記載された控訴の申立の理由が、明らかに第377条乃至(ないし)第382条及び第383条に規定する事由に該当しないとき。
>>本文に戻る

タイトルとURLをコピーしました