要 約
被害者が検察官に対し、「告訴はしません」という語句を使用しても、その陳述全体の趣旨が犯罪事実を申告するとともに犯人の処罰を望むものであるときは、親告罪の告訴として有効である。
主 文
本件上告を棄却する。
理 由
弁護人津田騰三同原田光三郎上告趣意は「一、原審判決ハ法令ニ違反スルヲ以テ破毀スベキモノ也、原審判決理由ニ依レバ被告人ニ対シ刑法第177条前段、並ニ第179条ヲ以テ所罰ヲ為ス旨判示セリ。即チ被告人ニ対シ強姦未遂罪ノ適用ヲ為シ居ルモノ也。然レドモ該刑ノ適用ニ就イテハ被害者ノ身分名誉等ヲ考慮スベキモノナルガ為メ刑法第180条ヲ以テ親告罪ノ適用ヲ為スモノトス。本件強盗強姦罪ノ経過ヲ見ルニ第一審判決ニ於イテハ被告人ニ対シ刑法第240条及第243条ノ適用ヲ為シテ強盗強姦ノ未遂罪ヲ以テ被告人ヲ所断シタルモノ也。然ルニ第二審ト為リテ右ノ内強盗罪ニ就テハ之ヲ無罪トシテ判決内容ヨリ滌除シ前記ノ如ク強姦未遂罪ヲ以テ独立ニ之ヲ所断セリ。本件起訴ノ際ニ於テハ被害者及ビ其ノ法定代理人ノ告訴無カリシモノナルヲ以テ本来ナラバ起訴条件ヲ欠缺セルガ為メ起訴スベキモノニ非ザルモノナルガ本件内容ヲ強盗強姦未遂罪ナリトシテ取扱イ特ニ起訴ヲ為シタルモノナリ。然レドモ第二審ニ於テ之ガ単ナル強姦未遂罪ナリシコトガ判示セラルヽ以上ハ当初起訴ノ際ニ於テ本件ハ単ナル強姦未遂罪ナリシ事トナルハ明白也。而シテ之ガ起訴ヲ為スガ為メニハ被害者又ハ法定代理人ノ告訴ヲ条件トセザルベカラザルハ論ナシ。本件起訴ノ当時ニ於テハ被害者ハ昭和21年8月3日松山警察署司法警察官警部補Aニ対シ私ハ教員ト言フ身分関係ガアルノデ世間ニ拡ガルト非常ニ心配ガ増シマスノデ男ノ行為ヲ真ニ恨ム行為デ如何様ナ処分デモ加エテ貰イタイ様ナ気持デアリマスガ今話シタ立場ヲ考エ告訴ノ意思ハアリマセント述べ告訴セザル意思ヲ明カニセリ被害者ノ父モ同日同警察官ニ対シ私ガコノコトヲ知リマシタノハ昨夜デアリマスガ此ノ事ヲ知ッタ時表現スルコトノ出来ヌ位ノ憤ヲ感ジ対手ノ男ガ判レバト立腹シタ位デアリマス、告訴ハセヌガ相手ノ男ヲ厳罰ニシテ呉レト云フハ其処ニ矛盾モアリマスガ其処ハ被害者ノ親トシテ云ヒ知レヌ苦痛ノアル所デ此ノ点御賢察ヲ願イマスト述べ亦告訴セザル旨ヲ明示セリ。尚亦被害者ハ同年8月13日松山地方裁判所検事ニ対シ相手ノ男ニ対シテハ厳重ニ御処罰願イ度イト思イマスガ告訴ハシマセヌト述べ告訴ノ意ナキコトヲ明示セリ、尚記録ニハ右即時録取シ読ミ聞ケタルニ相違ナキ旨申立署名拇印シタリト附記シテ告訴ノ意ナキ旨申立テシ事ヲ証明セル也(惟フニ被害者ハ法律ニ暗キヲ以テ之ノ際検事ハ告訴ノ利害得失ニ就イテ懇切ニ説明セルモノト考エラル)斯クノ如ク被害者並ニ法定代理人何レモ告訴セザル意ヲ明確ニセル親告罪事件ニアリテハ起訴スベキ理由ナキハ当然ニシテ若シ公訴ノ提起アル場合ニ於テハ公訴棄却ノ判決アルベキ筋合ノモノナリ。然ルニ昭和22年6月21日、控訴審ノ公判ニ於テ被害者ハ控訴裁判所ノ検事ニ対シ左ノ応答ヲ為セリ、問(検事)警察、検事ニ対シ右ノ様ニ述ベタノハ厳重ニ処罰シテ貰イ度イト言フ丈ケノ趣旨デアッタトハッキリ裁判所ニ申シ上ゲルノカ、答(被害者)左様デアリマスト述べテ被告人ノ所罰ヲ要求スル旨ヲ説述シタリ、然レドモ控訴審ニ於テ所罰ヲ求ムルコトヲ説述スルモ当初ニ於テ告訴セズト明示セル言葉ヲ告訴スル意味ナリト解スルヲ得ズ。告訴ヲ為スベキ対手ノ検事ハ第一審ノ検事ニシテ第二審ノ検事ニ非ザルコトハ学者ノ論ズル所也。告訴ハ起訴ノ条件ナルヲ以テ第二審ノ検事ニ告訴スルコトハ効力無シ。更ニ又告訴ハ追完スルコトヲ得ザルモノナルコトモ学者ノ定説ナリ。告訴モ広義ノ訴訟行為ナルヲ以テ追完セザルヲ原則トス。且又前述ノ如ク告訴ハ起訴ノ条件ナルガ故ニ追訴スルモ告訴トシテ効力無シ。不完全ナル告訴ニ対スル追完モ同趣旨ト解セザルベカラズ。況ンヤ告訴ハ親告罪ニ在リテハ6ケ月ヲ期間トス。昭和21年8月2日ノ事案ニ対シテ昭和22年6月21日ノ第二審ノ証人調ノ陳述ガ追完トナルヲ得ザルハ勿論ノ事也。之ノ告訴期間ヲ経過セザルモノナルヲ以テ也。以上ノ理由ニ依リ本件ニ就イテハ、被害者及法定代理人ノ告訴無カリシモノナルコト明カ也。或ル判例ニ依レバ親告罪ニ対スル告訴ハ犯人ヲ処罰セント要求スル意思表示アリタリト認ムベキ以上其ノ形式ノ如何ハ之ヲ審査スルノ要ナシトスル向アルモ、本件ノ場合ハ然ラズ、親告罪ノ制度ヲ認ムル趣旨ハ前記ノ如ク被害者ノ身分、地位、名誉ヲ重ンジ該犯罪事実ガ公表セラルヽガ為メニ被害者ノ蒙ルベキ精神上ノ苦痛又ハ社会上ノ不利益ト之ヲ公表シテ被告人ヲ所罰スルコトニ依ル満足感トヲ比較考量シ其ノ選択ヲ被害者側ニ決セシメントスルモノ也。故ニ被害者トシテハ被告人ノ厳罰ヲ求ムル感情ヲ惹起スルハ当然ナルモ之ノ感情アルコトヲ以テ、直チニ告訴セリト為スベキニ非ザルモノ也。本件ノ如ク当初ニ於テハ被害者ハ教員ト云フ身分関係ガアルノデ之ノ風評ノ世間ニ拡ガルコトヲ非常ニ心配スル旨ノ供述アリ。之ガ為メニ残念ナガラ告訴ヲ為サズト決意セルモノ也。被害者ノ父ニ於テモ同様ニシテ告訴セヌガ被告人ヲ処罰ヲ求ムル矛盾ニ逢着シ居ルコトヲ卒直ニ供述シ結局告訴セズトノ意思決定ヲ為セルモノ也。即チ被告人ヲ強盗罪トシテノミ処断ヲ求メ強姦未遂罪ニ就イテハ不問ニ附シ敢テ公表ヲ希望セザルモノナルコトヲ認ムベキ也。之レ本件起訴前ノ被害者側ノ真意ナリシ也。斯ル真意ヲ後日ニ於テ曲解シテ告訴セズトハ告訴ヲ為スノ意ナルヲ妨ゲズトスル事ハ到底不可能ノ事ニ属ス。故ニ本件ハ当初ニ於テ告訴ノ意志ナカリシモノナル事明白ナリ。惟フニ被告Bハ原審判決判示ノ如ク被害者ノ姿ヲ認メ、俄カニ劣情ヲ催シ二回ニ亘リ暴行ヲ遂ゲシトシタルモ、被害者ノ抵抗アリシ為メ遂ニ其ノ目的ヲ遂ゲズシテ立チ去リタルモノニシテ其ノ行為ハ誠ニ申訳無キモノナルガ是レ全ク咄嵯ノ盲目的ナル衝動ニ支配サレタルモノナル事ハ察知セラルベク深ク計量シタルモノニ非ズ。幸ヒ被害者ニ対シ生理上ノ迷惑ヲ及ボスニ至ラズ。被告人ニ於テモ深ク前非ヲ悔悟シ其ノ宅ヲ訪ネテ陳謝ヲ為シタルコト記録ニ見ユル所也。斯カカル事態ニシテ被害者ハ告訴ハセヌガ処罰ヲ乞フ旨ノ趣旨ニ違ハズ被告人ハ永ク拘禁セラレ且又警察ニ在リテハ相当ノ痛苦ヲ感ジタル旨モ記録ニ見ユル所也。
カク被害者ノ要求スル所謂処罰ハ充分身ニ受ケタルモノナルヲ以テ、被害者トシテハ之ヲ以テ一応ノ要求ハ達セラレタリト見ルヲ得ベク、被害者ガ敢テ告訴セズトノ当初ノ意考ナレバ被告人ハ其ノ儘ニ隠密裏ニ釈放セラレテ事済ミトセラルベキ性質ノモノナリシト思料セラル。然ルニ当初ニ於テ強盗強姦罪ヲ以テ擬律シタルガ為メニ被害者ニ対シテモ、度々ノ証拠調ニ依リ予期セザル迷惑ヲ掛ケ其ノ感情ヲ極度ニ刺戟シタルモノト考エラル。之ガ為メ後日ニ於テ、被告人ノ所罰ヲ求ムル旨補充シタルモノト思料セラルヽモ、是レ事件ノ進行ガ偶々常道ヲ逸脱シテ発展セントシタルガ為メニシテ、之ガ為メニ当初ヨリ告訴ノ意思アリシコトヲ推知スル証拠ト為スヲ得ズ叙上何レノ点ヨリ見ルモ本件ハ告訴ヲ欠ク親告罪ナルヲ以テ刑事訴訟法第364条第1号所示ノ如ク被告人ニ対シテ、裁判権ヲ有セザルトキニ該当シ公訴棄却ノ判決ヲ相当トスルモノナルニ拘ラズ、原審ハ之ニ有罪ノ判決ヲ下シタルハ違法ト云ハザルベカラズ」というにある。
因て案ずるに告訴は検事又は司法警察官に対し犯罪事実を申告し犯人の処罰を求める意思を表示すれば足るものである。然るに、昭和21年8月13日附検事の被害者Cに対する聴取書に依れば同女は検事に対し論旨摘録の如く、相手の男に対して厳重に御処罰を願い度いと思いますが告訴はしませんなる陳述をしたことが明らかであって、これに依れば被害者が検事に対し犯人の処罰を求める意思を表示したものと解し得られるのみならず原審第二回公判調書に依れば同女は証人として告訴と云ふ意味が処罰を望むと云ふ丈のことであれば私が警察や検事に対し述べた意味は告訴の趣旨であり、只私としては法律の事がよく判らなかった為の告訴と云ふ意味が何か特別の訴のように思い私の立場上処罰は望むが告訴しないと述べたに過ぎない旨の供述をしたことが明である。従って原審が本件予審請求の日である昭和21年8月14日の前日たる同年同月13日被害者は検事に対し本件につき告訴を為したものと認め、本案について有罪の言渡をしたのは相当であって、原判決には所論のような違法はない。従って論旨は理由がない。
よって刑事訴訟法第446条に則り主文の如く判決する。
この判決は裁判官全員の一致した意見によるものである。