最大判昭30.4.6(帝銀事件) 昭和26年(れ)第2518号:強盗殺人、同未遂、殺人予備、私文書偽造、偽造私文書行使、詐欺、詐欺未遂 刑集9巻4号663頁

judgment 憲法判例
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要 約

現在我が国が採用している方法による絞首刑は、憲法36条にいう「残虐な刑罰」に当たらない。

主 文

本件上告を棄却する。

理 由

弁護人山田義夫、同松本嘉市、同向山義雅、同高橋義一郎の上告趣意第1点について

1 所論が憲法38条1項※1違反を主張する理由は、被告人の自白を内容とする所論検事の聴取書は、検事がA銀行B支店強盗殺人事件(以下C事件という。)捜査のため、その取調中に発覚した私文書偽造行使詐欺同未遂事件(以下単にD事件という。)の不当勾留を利用し、不利益な供述を強要した結果成立したものであって、このように理由を異にする他の事件の勾留を利用し、それと関係のない犯罪について被告人を取り調べることは許されないから、これを証拠とした原判決は前示憲法の条項に違反するという趣旨に帰する。

⑴ よってまずD事件の勾留の当否について記録を調べてみるに、被告人は昭和23年8月21日C事件の容疑に基づき小樽市において逮捕され東京都に護送された後、同年8月25日検事の強制処分請求により勾留されたが、刑訴応急措置法8条5号※2に定める10日の期間内には、右C事件について公訴の提起なく、この期間満了の日である同年9月3日検事は右期間中の取調により発覚したD事件につき公訴を提起し、翌4日勾留状の発布を受け、この勾留期間中C事件の取調を行った結果、同年10月12日さらに右C事件につき公訴を提起し、被告人はこれに基づいてさらに勾留され現在に及んでいることは所論のとおりである。しかし原判決の認定した事実によれば、右D事件は被告人が、昭和22年11月25日E銀行F支店において株式会社G製作所事務員Hが取締役Iの依頼により同銀行支店から払戻を受けようとした金1万円と右I名義の普通預金通帳を(へん)取した詐欺行為及びこれに引きつづいてこの預金通帳を利用して企てたきわめて悪質巧妙な私文書偽造行使詐欺未遂行為であって、所論のように犯情軽い事件とはいえないのみならず、また所論のように物的証拠が存在し被告人が自白していたとしても、諸般の情況からいって被告人に逃走のおそれがないとは認め難く、身柄を拘束しないで起訴するのを相当とするような事件ということはできない。されば、D事件が勾留を必要としない軽微な事件であるという趣旨の見解に立って、D事件による勾留の不当を主張する所論は、全く(あた)らず、従ってまた勾留が不当であることを前提とする違憲の論旨は理由がない。

⑵ また本件においては、検事がはじめからC事件の取調に利用する目的または意図をもってことさらにD事件を起訴しかつ勾留を請求したと確認するに足る事実は認められず、かえって検事は、C事件の取調中たまたまD事件を覚知し、後の事件について公訴を提起する条件が(そな)わったためこれを起訴し、かつ勾留を請求する必要を認めその手続をとったに過ぎないことを認めるに十分であり、またこの勾留に違法も不当も認められないことは前記のとおりである。されば本件において、検事がまずD事件につき起訴勾留の手続をとった後、C事件につきさらに被告人の取調をしたからといって、これを違法違憲と解すべき理由はなく、また所論のように見込捜査、便法捜査と非難するは当らない。なおこのような場合に、D事件で勾留中の被告人をC事件の被疑者として取り調べたからといって、右取調が直ちに自白の強制や不利益な供述を強要したことにならないこというまでもなく両者は(おのずか)ら別個の問題である。

⑶ また所論は検事が前記のように被告人に対しD事件の勾留を利用し、さらにC事件の被疑者として昭和23年9月4日より10月12日までの約39日間連続約50回にわたり右勾留中の被告人の取調を行い、その間に被告人がC事件につき自白をするに至ったことは、被告人に不利益な供述を強要したことにほかならないと主張するが、この勾留中にC事件を取り調べたこと自体が違法でなく、またこのことが直ちに不利益な供述を強要したことにならないことは前記説明のとおりであるのみならず、刑事事件の捜査において、その取調の期間回数は、事件の内容によってその程度に差異を生ずることは当然であるから、期間回数のみによって直ちに所論のように「強要」の理由とすることはできない。そしてまた本件被告人に対する検事の取調の経過において、被告人に不利益な供述を強要したような事実は認められないから、論旨はいずれも採用することはできない。

2 次に所論の憲法38条2項※3違反を主張する理由は、⑴前記被告人の自白は強制拷問によるものであり、⑵不当に長く拘禁された後のものであり、⑶任意性を欠くものであるというのである。

⑴ まず強制拷問の理由の前提として主張する被告人の特異な性格は、第1審における鑑定人J、同Kの作成にかかる被告人の精神鑑定書によれば、結局において、その程度は自己を弁護する能力に支障を与えるほどのものではないと認められるから、被告人の特異な性格そのものをもって直ちに強制拷問の重要な素因とは認め難く、従ってこの点において強制拷問があったと認めることはできない。次に被告人が昭和23年8月21日小樽市において逮捕され、同年9月3日D事件で起訴翌4日勾留された後C事件の犯人たることの自白をはじめ、所論の摘示する検事の聴取書(昭和23年9月21日ないし23日)が作成されるまで約1(げつ)を経過し、その間論旨摘録の各聴取書に記載されたような検事の取調が行われたことは、認めることができるが、所論引用の聴取書によってその経過を(くわ)しく調べてみても、これをもって強制拷問とはいえないのみならず、また他に特別な強制手段を行ったという形跡も認めることはできない。

⑵ 次に不当に長く抑留又は拘禁(以下単に不当長期拘禁という)された後の自白であるという論旨について調べてみるに、本件において被告人は、前示のように小樽市でC事件により逮捕され東京都に護送された後、起訴前の処分により勾留されたのは昭和23年8月25日(以下年を省略する)であり、その後の取調により発覚したD事件の起訴により勾留されたのは9月4日であるから、D事件による起訴勾留から(かぞ)えても、被告人がC事件で10月12日起訴されるまでに約39日を経過していることは所論のとおりである。しかしその間被告人の供述がC事件の中心に触れはじめたのは9月21日以後であって、原審がC事件の確定的な自白として証拠に挙げているもっともはじめの検事聴取書(第35回ないし第37回第39回)の作成された9月23日ないし25日によって計算すれば、起訴前の処分(8月25日)より約1月、D事件の起訴勾留(9月4日)より約22日であることが認められる。そして記録によって取調の経過をたどってみると、検事の第1回の取調は8月26日にはじまったのであるが、この間D事件に関する取調の第8回9回11回(9月1日2日)を除き、はじめの第1回ないし第7回及び第10回(8月26日ないし同31日及び9月2日)及びD事件の起訴勾留後の取調である第12回ないし第27回(9月6日ないし同21日)までは、被告人の供述は、C事件の中心に触れる事項はこれを否認しながら同時に複雑な虚言を織り交ぜこれが間もなく虚偽であることが判明するような経過をくりかえし、ようやく第28回(9月21日)頃から事件の中心に触れはじめたのであって、その後数次の取調を経て前記第35回ないし39回(9月23日ないし同25日)に至り他の有力な証拠により裏付けられた秩序ある自供がなされ、その後引続き自白は詳細な内容に進んで行ったことが認められる。従ってここに至るまでの取調は、事案の複雑をきわめた内容に加えるに、被告人の著しい特異性格から生ずる虚言癖(精神鑑定書参照)に煩わされ、取調はむしろこれによって日時を要するに至ったことが十分に観取される。そしてまたこの間検事は相当の証人参考人を取り調べたことは記録上明らかである。さればかかる事情の下におけるかかる事案の取調が、起訴前の処分から計算しても約1月約30数回を要したからといって、これをもって不当に長いとは認めることはできず、ましてD事件による起訴勾留後における約22日の期間と約24回ないし28回の取調回数をもって所論のように不当長期拘禁と認めることはできない。なお右に挙げた被告人の供述(第35回ないし第39回検事聴取書)の後、10月9日まで約14日間約23回にわたる取調が行われているが、すべてすでにあった自白に基づき、その手段も被害者も特異で複雑な本件事案につき、自白がさらに具体的に詳細に進展していったのに過ぎないほか、被告人の独特な感想をくりかえしたのであって、この間における被告人の自白は、それまでの勾留の期間取調の回数によって特に生じたものでないこと明らかであるのみならず、この期間回数を合せて考えてみても、これを不当長期拘禁ということはできない。従ってこの点に関する違憲の論旨はその理由がない。

⑶ 次に所論は、被告人の自白が任意性を欠如する理由として、検事が取調に際し、自白をさせるために再び絵筆をとる気はないかといったとか、また肉親に会わせることを条件として自白を約せしめたとかいう事実を挙げているが、記録を調べてみても、検事が所論のように自白をさせるためとか、自白を約せしめたとかいう事実は認められない。また所論は、被告人の自白が誘導(じん)問によってなされたという趣旨を主張するが、所論の指摘する検事聴取書等について、記録を調べてみても所論のような事実を認めることはできない。

同第2点について

所論は、原判決の判示事実第1の1ないし3について、被告人がその頃青酸()()を所持していたという事実は、本件を有罪と判断するに決定的な事実であるにかかわらず、原判決が、被告人の第37回検事聴取書中における自供のほか他に補強すべき証拠なくしてこれを認定したのは、憲法38条3項※4に違反すると主張する。しかし所論の第1の1ないし3の各犯行を実行した犯人が同一人であること、そして最後の3のC事件の犯行に、いわゆる青酸加里が使用されたことについては、被告人の自白のほかにこれを確認するに足る多くの証拠が存在することは、原判決の挙げる証拠と判示説明によってきわめて明らかである。そして自白を補強すべき証拠は、犯罪事実の全部にわたることを必要とせず、自白にかかる犯罪が現実に行われたことが裏書保証され、自白が架空のものでないことが確かめられれば足りるとするのは当裁判所の判例(昭和23年(れ)第77号同24年5月18日大法廷判決)とするところであるとともに、被告人の公判廷外の自白と補強証拠によって犯行事実を認定することができる以上、その犯人は被告人であるとする証拠は自白だけで足りるとすることも当裁判所の判例(昭和23年(れ)第1382号同24年11月2日大法廷判決)とするところであるから、この趣旨からいって所論のように、犯行に使用された青酸加里は当時被告人が所持していたという点についてまで、被告人の自白のほかに補強証拠を必要とするものではない。なおまた被告人が青酸加里を入手するに至った日時、場所、経路のごときは、本件においては罪となるべき事実に当らないのみならず、所論のように有罪と断定するに決定的な事実でもないから、原判決がこの点について特に説示しなかったとしてもなんら違法はない。されば所論違憲の主張はいずれにしても理由がない。

同第3点について

所論は、原判決は判決の結果に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認及び採証の法則を誤った違法があると主張するのであって、刑訴405条※5の適法な上告理由に当らない。

しかし職権をもって記録に基づき所論の各項目につき考究してみるに、

⑴ 所論の犯行に使用した毒物と被告人とを直結する補強証拠を欠くということを前提とする主張の理由のないことは前示第2点に説明したとおりである。

⑵ 所論は、C事件当時被告人が犯行現場に存在し得ないといういわゆるアリバイの主張の根拠として、第1審及び原審の検証の結果による所要時間を挙げているが、記録を調べてみても、所論の事実を確認するに足る証拠を認めることはできないのみならず、かえって原判決の挙げている被告人の自白とその他の多くの証拠によれば、被告人が判示の時刻頃にC事件犯行現場に現われたことを認定するに十分である。かつ所論のように、()りに被告人が当日午後L運営会に立寄ったとしても、記録に存する資料と所論の検証の結果に現われた所要時間(第1審1時間11分余第2審1時間7分余)を照合してみれば、被告人がL運営会を立ち去ったと推認される時刻頃から判示の時刻頃に犯行現場に至ることが不可能であるとは到底認めることはできない。

⑶ 所論は、M銀行N支店における事件についてもアリバイを主張し、その理由は主として犯行日の一両日後に行われた被告人の長男の結婚式の準備に関することであって、特に祝客が被告人宅を訪問した時間との関係を強調するのであるが、記録を精査しても所論を是認するに足る証拠を見出すことはできない。かえって当日被告人が判示の時刻頃犯行現場に現われたことを証する動かし難い証拠が多数に存在する。原審が前記C事件のアリバイとともに、所論の主張を採用しなかったのは当然であって、なんら採証法則違反も事実誤認も認められない。

⑷ 所論は、犯人と被告人との同一性に関する40余名の証言中、その同一と断ずる僅か数名の証言に()って本件を有罪と断じたことは採証の法則を誤ったものであると主張するが、原判決の挙げる証拠のみによっても、明らかに被告人を犯人であると断定する数名のほか、記憶の程度によってその供述は多様であるが、結局肯定する者著しく多数である点にかんがみるときは、事実審たる原審がこれを積極に断定したことは相当であって、採証法則違反というのは全く当らず従って事実誤認があるとはいえない。(そして記録により原判決の挙示していない右同一性に関する証拠を検討してみても、判示認定と反対の結論となるほどに十分な証拠は認められない。)

⑸ 所論は、M銀行N支店の犯行現場に遺留されたいわゆるO名刺と、被告人がO本人から受取った名刺の同一性を争うのであるが、記録によって所論の点を委しく調べてみても、特に同一性を疑わしめるような適確な証拠は認められない。かえって原判決の挙示する自白と補強証拠によれば、押収にかかるO名刺が、右犯行の際使用された名刺であり、かつ被告人が昭和22年4月頃P連絡船においてO本人から受取った名刺であることを認めるに十分である。従って原判決になんら採証法則の違反も事実の誤認も認められない。

⑹ 所論は、被告人がA銀行B支店より強取した小切手の裏面に記載した架空人の氏名住所の筆跡について、筆跡の鑑定はその確度相当疑うべきものがあるのが経験則であり、かつ本件における鑑定もまた確定的でないのに、これを断罪の証拠としたと非難するのであるが、原判決が証拠として挙げている鑑定を検討してみると、これらすべてを(そう)合すれば、被告人の筆跡と同一であることを認めるに十分であって、記録に存するその他の鑑定をもってしても到底これを覆すことはできない。従って原審の判断は正当であって採証法則の違反はない。

⑺ 所論は、原判決の判示する本件犯行の動機をもって経験則に反する認定であるという非難であるが、被告人の自白のほか、原判決の挙げる多くの証拠によれば、判示の動機を認定するに十分であって、かかる動機から本件犯行を企図するに至ったと判定してもなんら経験則に反するものではない。

以上のとおりであるから、所論の各項目のいずれについても、刑訴411条※6を適用すべき事由は認められない。

同第4点について

刑罰としての死刑は、その執行方法が人道上の見地から特に残虐性を有すると認められないかぎり、死刑そのものをもって直ちに一般に憲法36条※7にいわゆる残虐な刑罰に当るといえないという趣旨は、すでに当裁判所大法廷の判示するところである(昭和22年(れ)第119号同23年3月12日判決)。そして現在各国において採用している死刑執行方法は、絞殺、斬殺、銃殺、電気殺、()()殺等であるが、これらの比較考量において一長一短の批判があるけれども、現在わが国の採用している絞首方法が他の方法に比して特に人道上残虐であるとする理由は認められない。従って絞首刑は憲法36条に違反するとの論旨は理由がない。

被告人の上告趣意について

所論はきわめて複雑詳細にわたっているが、そのうち憲法違反を主張する部分につき法条の順序に従い次のとおり判断する。

⑴ 憲法12条※8、13条※9、21条※10違反を主張する論旨は、検事が取調に際し被告人を欺いて調髪させ、写真撮影を強要したこと、およびQ記者が被告人を訪問した際の質問に対し検事のために自由に答えることができなかったこと等を理由とするものであるが、原判決の判示するところは、所論のような事実はこれを認めるに足る証拠がないか、又は被告人の希望若しくは同意によって行われたというのであって(原判決理由末段被告人の違憲論に対する判断-以下原判決の憲法判断と略称する-14ないし17参照)、また記録を調べてみてもその認定に誤りは認められない。されば所論は主張の前提たる事実を欠くことに帰し、適法な上告理由に当らない。

⑵ 憲法18条※11違反を主張する論旨は、被告人が小樽市において逮捕された後警視庁に護送されるまでの間の取扱いをもって苦役的拘禁であるというのであるが、原判決の認定するところは、原判決の憲法判断5のとおりであるのみならず、所論のいう経過のごときは憲法18条に定める事項に当らない。

⑶ 憲法33条※12、34条※13、35条※14違反を主張する論旨は、被告人が小樽市において逮捕された際逮捕状を示さなかったこと、小樽署及び警視庁に抑留された際その理由及び弁護人の選任を告知をしなかったこと、又はその前後における小樽市R方及び東京都中野区被告人住宅の家宅捜索において令状を示さなかったこと等を理由とするのであるが、原判決の判示するところによれば、いずれも適法な手続を()んでいることが認められ(原判決の憲法判断1ないし4参照)、また記録を調べても、原判決の判断に誤りは認められない。

⑷ 憲法36条違反を主張する論旨は、司法警察官又は検事の取調において拷問が行われたと主張するのであるが、原判決は証拠によって所論のような事実を認めることはできないと否定しているのみならず、その他検事の発問の言葉を捉えて拷問をいうけれども、これをもって直ちに拷問と認めることはできないこと原判決判示のとおりである(原判決の憲法判断7、12、13参照)。また記録を調べても所論を是認するに足る事実を認めることはできない。

⑸ 憲法37条※15違反を主張する論旨は、第1審及び原審において、法廷外の証人尋問に被告人を立ち合わせなかったこと、並びに原審において証人S取調の際十分に審問の機会を与えられなかったことを理由とする。しかし本件のように被告人が勾留されている場合、裁判所が弁護人に対し証人尋問の日時場所等を通知して立会の機会を与え、被告人の証人審問権を実質的に害しない措置を講じたときは、(かならず)しも被告人自身を立ち会わせなくても、前示憲法の規定に違反するものでないと解すべきことは、当裁判所大法廷の判例とするところである(昭和24年(れ)第1873号同25年3月15日言渡参照)。また記録によれば、証人S取調の際裁判長は被告人に事件に関連性のない発問を許さなかったことが認められるが、裁判長のこのような訴訟指揮権に基づく処置はなんら被告人の証人審問権を実質的に制限するものでないから、同じく前示憲法の規定に違反するものではない(原判決の憲法判断24、25参照)。

⑹ 憲法38条違反を主張する論旨は、要するに被告人に対する逮捕勾留は違憲不法であって、この間に司法警察官及び検事は被告人がC事件の犯人であるという予断の下に、強制拷問脅迫によって自白を強要し、()つ不当に長く被告人を抑留拘禁したものであり、かくして為された自白は無効であるというに帰する。しかし原判決が所論を是認できないとして判示していることは正当であるのみならず(原判決の憲法判断11、12、13参照)、所論の理由のないことは、弁護人の上告趣意第1点について説明したとおりである。

⑺ 憲法76条3項※16、77条※17、99条※18(なお同31条※19についてもいう)違反を主張する論旨は、すべて前掲各所論において主張する事実を前提とするかまたは原判決の認定に()わない事実に立脚するものであって、その理由のないこと原判決の判示するとおりである(原判決の憲法判断2、5、17ないし21、23参照)。従って原判決は右憲法のいずれの条項にも違反するものではない。

⑻ その他単に憲法違反をいうだけで、具体的に原判決のいかなる点が憲法のいかなる条規に違反するかの主張を明示していない所論または単に憲法の条規を挙げるのみで原判決のいかなる点についてその違反があるかを明示していない所論は、適法な上告理由と認めることはできない。

以上のほか単に原判決の事実誤認又は法令違反を主張するに過ぎない所論は、刑訴405条の上告理由に当らない。そして弁護人上告趣意第3点において説明したとおり、記録によって調べてみても刑訴411条を適用すべき事由を認めることはできない。

被告人のその他の書面は期間を著しく経過した後に提出したものであるから判断を与えない。

よって刑訴施行法3条の2※20、刑訴408条※21に従い主文のとおり判決する。

右は裁判官全員一致の意見である。


※1 憲法38条1項
 何人も、自己に不利益な供述を強要されない。
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※2 刑訴応急措置法8条5号
 第1号乃至(ないし)前号の場合その他被疑者が逮捕されたすベての場合においては、公訴の提起は、遅滞なくこれをしなければならない。勾留状の請求があった日から10日以内に公訴の提起がなかったときは、直ちに被疑者を釈放しなければならない。
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※3 憲法38条2項
 強制、拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることができない。
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※4 憲法38条3項
 何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない。
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※5 刑訴法405条
 高等裁判所がした第1審又は第2審の判決に対しては、左の事由があることを理由として上告の(もうし)(たて)をすることができる。
1号
 憲法の違反があること又は憲法の解釈に(あやまり)があること。
2号
 最高裁判所の判例と相反する判断をしたこと。
3号
 最高裁判所の判例がない場合に、大審院若しくは上告裁判所たる高等裁判所の判例又はこの法律施行後の控訴裁判所たる高等裁判所の判例と相反する判断をしたこと。
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※6 刑訴法411条
 上告裁判所は、第405条各号に規定する事由がない場合であっても、左の事由があって原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めるときは、判決で原判決を破棄することができる。
1号
 判決に影響を及ぼすべき法令の違反があること。
2号
 刑の量定が(はなはだ)しく不当であること。
3号
 判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があること。
4号
 再審の請求をすることができる場合にあたる事由があること。
5号
 判決があった後に刑の廃止若しくは変更又は大赦があったこと。
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※7 憲法36条
 公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる。
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※8 憲法12条
 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであって、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。
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※9 憲法13条
 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
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※10 憲法21条
1項
 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
2項
 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。
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※11 憲法18条
 何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に()る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。
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※12 憲法33条
 何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となってゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない。
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※13 憲法34条
 何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない。又、何人も、正当な理由がなければ、拘禁されず、要求があれば、その理由は、直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示されなければならない。
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※14 憲法35条
1項
 何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、第33条の場合を除いては、正当な理由に(もとづ)いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。
2項
 捜索又は押収は、権限を有する司法官憲が発する各別の令状により、これを行ふ。
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※15 憲法37条
1項
 すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。
2項
 刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与へられ、又、公費で自己のために強制的手続により証人を求める権利を有する。
3項
 刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる。被告人が自らこれを依頼することができないときは、国でこれを附する。
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※16 憲法76条3項
 すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。
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※17 憲法77条
1項
 最高裁判所は、訴訟に関する手続、弁護士、裁判所の内部規律及び司法事務処理に関する事項について、規則を定める権限を有する。
2項
 検察官は、最高裁判所の定める規則に従はなければならない。
3項
 最高裁判所は、下級裁判所に関する規則を定める権限を、下級裁判所に委任することができる。
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※18 憲法99条
 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。
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※19 憲法31条
 何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。
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※20 刑事訴訟法施行法3条の2
 第2条の事件で最高裁判所が上告裁判所であるもの(応急措置法第17条の規定により最高裁判所が上告裁判所であるものを除く。)の上告については、第2条の規定にかかわらず、新法第368条から第371条まで(上訴費用の補償)、第405条(上告理由)、第406条(上告審としての事件受理)、第408条(書面審理)、第409条(被告人の召喚不要)、第410条及び第411条(破棄の判決)、第415条から第417条まで(訂正の判決)、第418条(判決の確定)並びに第414条において準用する第373条(上訴の提起期間)及び第376条(上訴趣意書)の規定を適用する。
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※21 刑訴法408条
 上告裁判所は、上告趣意書その他の書類によって、上告の申立の理由がないことが明らかであると認めるときは、弁論を経ないで、判決で上告を棄却することができる。
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