大阪高判昭61.12.16 昭和61年(う)第381号:暴力行為等処罰ニ関スル法律違反被告事件 高刑集39巻4号592頁

judgment 刑法判例
この記事は約7分で読めます。
Sponsored Link
Sponsored Link

要 約

脅迫罪(刑法222条)の保護法益は意思決定の自由であるから、法人の代表者・代理人等に対して、法人の法益に危害を加える旨を告知しても、法人に対する脅迫罪は成立せず、法人に対する加害の告知が、ひいて現にその告知を受けた自然人自身の生命、身体、自由、名誉又は財産に対する加害の告知に当たると評価され得る場合にのみ、その自然人に対する同罪の成立が肯定される。

主 文

原判決を破棄する。

本件を大阪地方裁判所に差し戻す。

理 由

本件控訴の趣意は、弁護人仲野旭、同山本健三共同作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官八木廣二作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

論旨に対する判断に先立ち、職権によって調査すると、原判決は以下の理由により破棄を免れない。

すなわち、原判決は、罪となるべき事実として、「被告人は、暴力団A組内B連合会舎弟であるが、大阪市交通局発注の大阪市営地下鉄御堂筋線中百舌鳥(原判決に中舌鳥とあるのは誤記と認める。)検車場建設工事を落札受注したC株式会社D支店他4社が、同工事の施工に伴う残土処理の下請工事をE株式会社に下請けさせる予定にしていたところ、右予定を覆えして株式会社F(代表者G)に下請けなさしめようとして、右C株式会社土木管理部長Hらを脅迫しようと企て、B連合会々長I、暴力団A組舎弟J、Kと共謀のうえ、昭和59年3月5日ころ及び同月6日ころの2回にわたり、大阪市a区b町c丁目d番e号fビルC株式会社D支店の4階の応接室において、応待に出た右H及び同社総務部次長Lに対し、右矢倉において、暴力団員であることを示す名刺を差し出したりしながら、こもごも『お前とこが圧力かけとるからわしらが来とるんじゃい。お前とこは天下のCか知らんけど、うちも天下のAや。』『なんで地元の業者を使わんねや。地元の業者使わへんかったら工事できん様になるぞ。妨害が出ても知らんぞ。』『gで仕事ができん様になるぞ。』『共和一本に仕事させるんやったら、仕事ができん様になるぞ。わしら黙ってへんぞ。毎日ここへ押しかけて来てやる。』『極道の話のわかる奴はおらんのか。』『いったいわしらをどない思とるんや。』『CはA組に弓を引いた。相手にとって不足はない。いつでも受けて立ってやるからそのつもりでおれ。』などと語気鋭く言い、もって暴力団A組の団体の威力を示し、かつ、数人共同して右Hらの生命、身体及び同社の営業等に如何(いか)なる危害を加えるかも知れない旨気勢を示して脅迫したものである。」と判示し、罰条として、暴力行為等処罰に関する法律1条※1(刑法222条1項※2)、罰金等臨時措置法3条1項2号※3、刑法60条※4を掲げ、被告人らの判示行為は、包括して暴力行為等処罰に関する法律1条の集団的脅迫罪にあたるとしている。このように原判決がその罪となるべき事実の判示において、本件脅迫行為の加害の対象として、C株式会社D支店の土木管理部長H及び同総務部次長L(以下、Hらという場合は、この両名を指す。)個人の生命、身体と並んで、「同社の営業等」すなわちC株式会社の営業等をも挙げているのは、それがHら個人の生命、身体と並記されていることや、被告人らの脅迫言辞として列挙される中に、明らかに「同社の営業等」に向けられたものと理解されるものが含まれているばかりでなく、その文言を表現どおりに解する限りそれが脅迫言辞中の大半を占めていることからすれば、単なる事情としてではなく、本件脅迫罪を構成する事実の一部としてであることが明白であるが、それも本件をもっぱらHら個人に対する脅迫罪として、換言すれば、害悪の告知を受けた相手方はHら個人のみであり、ただその告知された害悪の内容にHら自身の生命、身体に対する加害のほか「同社の営業等」に対する加害が含まれるものとして構成しているのではなく、本件をHら個人に対する脅迫行為と右会社に対する脅迫行為との両者、すなわちHらに対し同人らの生命、身体に対する加害を告知した点と右会社に対しHらを通じて「同社の営業等」に対する加害を告知した点の両者を含むものとして構成しているものと解される。

ところで、刑法222条の脅迫罪は、刑法体系上、生命、身体に対する殺人の罪、傷害の罪に引き続き、人身の自由に対する罪として、逮捕・監禁の罪及び略取・誘拐の罪と並んでそれら両者の間に置かれ、人の意思活動の平穏ないし意思決定の自由をその保護法益とするものであることにかんがみ、さらに同条各項の文言自体をも参照すると、同条1項の脅迫罪は、自然人に対しその生命、身体、自由、名誉又は財産に危害を加えることを告知する場合に限って、その成立が認められ、法人に対しその法益に危害を加えることを告知しても、それによって法人に対するものとしての同罪が成立するものではなく、ただ、それら法人の法益に対する加害の告知が、ひいてその代表者、代理人等として現にその告知を受けた自然人自身の生命、身体、自由、名誉又は財産に対する加害の告知に当たると評価され得る場合にのみ、その自然人に対する同罪の成立が肯定されるものと解される。そして、この解釈は、同条1項を構成要件の内容として引用している暴力行為等処罰に関する法律1条の集団的脅迫罪についても、そのまま当てはまるといわなければならない。翻って原判文をみるに、原判決が、上記のごとく、加害の対象として「同社の営業等」を掲げ、Hら個人に対する脅迫行為と上記C株式会社に対する脅迫行為とを並記し、右会社の営業等に対する加害の告知が、ひいて現にその告知を受けたHら自身の法益に対する加害の告知に当たると評価され得ることを示すような事情を全く摘示していないことからすれば、原判決は、Hらに対する脅迫罪を構成する事実と右会社自体に対する脅迫罪を構成するものとする事実とを認定、判示し、この両者に対し暴力行為等処罰に関する法律1条(刑法222条1項)を適用したものと解される。そうしてみると、原判決は、上記説示から明らかなように、罪とならない事実を犯罪事実として認定、判示して、これに刑罰法令を適用したことになり、それは法令の解釈、適用を誤ったもので、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである。

なお、かりに、原判決はもっぱらHら個人に対する脅迫罪を認定しているのであり、従って原判決が加害の対象として「同社の営業等」を挙げているのは、Hら個人に対して告知された害悪の内容としてこれを摘示したものと解し得るとしても、刑法222条1項を構成要件の内容として引用する暴力行為等処罰に関する法律1条の集団的脅迫罪において、加害の対象となる法益は害悪の告知を受ける自然人自身の法益に限られ、第三者である法人の法益に対して危害を加えることを告知しても、それがひいてその自然人自身の浅益に対する加害の告知に当たると評価され得る場合でない限り同罪の成立しないことは、上記説示によって明らかであるところ、原判決は、上記のように、「同社の営業等」に対する加害の告知(それは原判示脅迫言辞の大半を占めている。)がHら自身の法益に対する加害の告知に当たると評価され得ることを示すような事実を全く示していないのであるから、原判決が罪とならない事実を犯罪事実として認定、判示して、これに刑罰法令を適用しているのは前同様であって、原判決には法令の解釈、適用の誤りがあり、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるといわなければならない。

よって、論旨について判断するまでもなく、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の解釈、適用の誤りがあるので、刑事訴訟法397条1項※5、380条※6により原判決を破棄し、更に審理をさせるため(原判示脅迫言動のうち、いずれが上記会社の営業等に対する加害の告知であり、いずれがHら個人の法益に対する加害の告知であるとみるべきか、また右会社の営業等に対する加害の告知がひいてHら自身の法益に対する加害の告知にあたると評価され得るような事情が存在するか否か、などの点について更に審理を尽くす必要があるので、当裁判所による自判は相当でない。)、同法400条本文※7により本件をD地方裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり判決する。


※1 暴力行為等処罰法1条
 団体(もしく)は多衆の威力を示し、団体若は多衆を仮装して威力を示し又は(きょう)器を示し若は数人共同して刑法(明治40年法律第45号)第208条、第222条又は第261条の罪を犯したる者は3年以下の懲役又は30万円以下の罰金に処す
>>本文に戻る


※2 刑法222条1項(平成3年改正前)
 生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加ふ()きことを(もっ)て人を脅迫したる者は2年以下の懲役又は500円以下の罰金に処す
>>本文に戻る


※3 罰金等臨時措置法3条1項2号
 左に掲げる罪につき定めた罰金については、それぞれその多額の50倍に相当する額をもってその多額とする。
2号
 暴力行為等処罰に関する法律(大正15年法律第60号)の罪
>>本文に戻る


※4 刑法60条(平成7年改正前)
 2人以上共同して犯罪を実行したる者は皆正犯とす
>>本文に戻る


※5 刑訴法397条1項
 第377条乃至(ないし)第382条及び第383条に規定する事由があるときは、判決で原判決を破棄しなければならない。
>>本文に戻る


※6 刑訴法380条
 法令の適用に(あやまり)があってその誤が判決に影響を及ぼすことが明らかであることを理由として控訴の(もうし)(たて)をした場合には、控訴趣意書に、その誤及びその誤が明らかに判決に影響を及ぼすべきことを示さなければならない。
>>本文に戻る


※7 刑訴法400条本文
 前2条に規定する理由以外の理由によって原判決を破棄するときは、判決で、事件を原裁判所に差し戻し、又は原裁判所と同等の他の裁判所に移送しなければならない。
>>本文に戻る

タイトルとURLをコピーしました