最判昭26.7.24 昭和25年(れ)第981号:脅迫 刑集5巻8号1609頁

judgment 刑法判例
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要 約

脅迫罪(刑法222条)における害悪の告知は、被害者に対して直接になす必要はなく、被告人おいて脅迫の意思で害悪を加えることを知らしめる手段を施し、被害者が害悪を被ることを知った事実があれば足りる。

主 文

本件上告を棄却する。

理 由

弁護人伏見礼次郎上告趣意第1点について

旧刑訴第360条に「有罪ノ(いい)(わたし)()スニハ罪トナルベキ事実(および)証拠ニ()(これ)ヲ認メタル理由ヲ説明シ法令ノ適用ヲ示スベシ」とあるのは犯罪事実に対する証拠を示して()の証拠と犯罪事実の関係を明らかにすることをいうのである従ってその関係が明らかにされている以上証拠説明の方法については何()制限するところはなく、証拠と犯罪事実との間の連絡を明らかにする程度に説明すれば足り必ずしも証拠の内容を一々(けん)別してあらわさなければならないものでないことは当裁判所の判例(昭和23年(れ)第1253号同年12月14日第三小法廷判決参照)とするところである、そして右判例の趣旨は併合罪の関係にある各個の犯罪を構成すべき事実についても(ことな)るところはなく認定事実の個々について各別に其の証拠を摘示してその関係を一々明ちかにする必要はないそして原判決判示事実と挙示の証拠とを対照すれば()()なる証拠により如何なる事実を認定したか明らかであるから論旨は理由がない。(昭和24年(れ)第2359号同25年1月26日第一小法廷判決参照)

同第2点について

裁判書は判決言渡期日の公判調書の一部を為すものではないし、又裁判書に丁数が記されていないとしてもその()めその裁判書が違法であるとはいい得ない、論旨は理由がない。

同第3点について

所論公訴事実と原判決が認定した事実は(いず)れも被告人が昭和23年3月25日頃より同28日頃までの間に、京都府中郡A小学校において同村青年団が「懐しのブルース」と題する映画を上映しようとしたことに関し、被告人が右青年団員のC等を脅迫した行為が中心となっていることは記録上明らかである。所論のように公判請求書記載の事実と原判決の認定した事実との間には多少異なっている点は認め得るがその基本たる事実関係には差異が無く右公訴事実と原判決認定の事実は同一性を失わないものと認められるから、所論の(ごと)き違法はなく、論旨は理由がない。

同第4点について

所論の如く被告人は本件映画上映について利害関係がある為めB青年団の団員等に対し所論抗議を(もうし)入れることができるものであるとしても(原審では被告人が抗議を申入れる権利があることを認定していない)その抗議の方法手段はあくまで合法的でなければならないことはいうをまたない従ってその方法手段が刑罰法規にふれても違法を阻却するとか、責任を阻却するという根拠とはなり得ない。そして被告人の判示行為は原判決挙示の証拠により認めることができ且つその行為は判示犯罪に該当すること明らかである。従って原判決には所論の如き違法はなく、論旨は理由がない。

同第5点について

所論は原審において被告人の判示第1の所為は1個の行為にして数個の罪名にふれるものとして刑法第54条1項前段を適用したのに対し、被告人の所為は数個の行為であるから数個の行為につき(それ)(ぞれ)法律を適用しなければならないというのであって被告人に不利益な主張であるから採用できない。

弁護人小西喜雄上告趣意第1点について

原判決理由中第1事実摘示の末尾に「多数人の腕力を(もっ)て如何なる事態を(ひき)(おこ)すかも知れないことを暗示し」と記載されている事は所論の通りである。しかし右は被告人が中地区警察署に対し電話を以てB青年団がいくら言っても上映しようとするから今晩若い者30名程連れてA小学校にフィルムを没収に行く旨通知した行為(ならび)に被告人がD等を小学校につかわし同人からC等に対しフィルムを被告人において没収する旨伝えさせたこと等原判決第1事実摘示事実の結語であって所論のようにDが多数人の腕力を以て如何なる事態を引起すかも知れない事を暗示したと説明しているのではない。論旨は原判決を正解しない結果原判決の違法を主張するものであるから採用できない。

同第2点について

原審においては被告人の行為を緊急避難と認めなかったことは判文上明らかでありしかもその判断については何等法則に反するところはない、論旨は結局原審の事実誤認を非難することに帰し採用できない。

同第3点について

刑訴応急措置法第13条2項が憲法第14条に反するものではないことは当裁判所判例の示す通りである、従って論旨は採用できない。(昭和23年(れ)第1221号同24年3月23日大法廷判決)

弁護人大塚喜一郎同設楽敏男の上告趣意第1点について

1 原判決は「青年団員を怖れさせ」又「同人を怖れさせ」等怖れさせという文字を使用していることは所論の如くであるが、右怖れさせとあるは、脅迫しの意味に解し得るばかりでなく、原判決挙示の証拠により被告人は所論青年団員等を怖れさせたことを()知するに十分である、従って所論の如き違法は認められない。

2 原判決判示第1事実中「C等」とあるは所論C(ほか)3名を指すものではなく、CとE両名を指すものであることは挙示の証拠に徴し明らかであって右両名を表わすのにC等という文字を使用したにすぎない、従ってD等がA小学校に来てフィルムを没収する旨を伝えた際その場所に所論E、F両名が居(あわ)せた証拠がないからとて所論のような違法はない。

3 被告人がC、E両名に対し直接にフィルムを没収する旨を(もうし)向けたこと並に被告人がDをA小学校につかわしC、Eに対しフィルムを没収する旨申向けたことは原判決挙示の証拠により明らかである。そして原判決が判示するような事情のもとに被告人がフィルムを没収する旨を申向けることは脅迫罪の成立に必要な害悪の告知に該当すると認めるを相当とする、しかのみならず、被告人が中地区警察署に対し若い者30名程つれてA小学校にフィルムを没収に行く旨を通告したことはその前後の関係から観察して警察署からB青年団側に告げられるであろうことは被告人が十分認識していたものであることを推測するに十分である、そして被告人が警察署に告知した右ことがらは警察側から青年団員C等に告知されていることは挙示の証拠により明らかである。なお脅迫罪における害悪の告知は被害者に対し直接になす必要なく被告人において脅迫の意思を以て害悪を加うべきことを知らしめる手段を施し被害者が害悪を被むるべきことを知った事実があれば足るのであるから、被告人の害悪告知がC等に対し直接になされないとしても脅迫罪の成立をさまたげるものではない従って、被告人の所為は脅迫罪を構成すること疑いなく論旨は理由がない。

同第2点について

(しか)し判示の如き事情のもとにおいて被告人がフィルムを没収すべきことを告知したことは脅迫罪を構成すべき害悪の告知と認め得る又「同人からフィルム没収にトラックで若い者20名位来て(もら)うよう今電話したところだ」ということは、G及びFに通告しただけでC、Eに通告した事実はないとしても本罪の成立をさまたげるものではない。そしてDをA小学校につかわしてC等に対しフィルムを没収する旨伝えさせたと説示している点はC及びEに伝えさせたというにすぎないものであって所論C外三名に伝えさせた旨を説示しているものではないから所論の如き違法はない。なおDをA小学校につかわしフィルムを没収する旨伝えさせたことは原判決挙示の各証拠に照らし認め得る、そしてその行為は脅迫罪を構成すべき害悪の告知と認め得るものである、しかのみならず原判決挙示の証拠により所論C、Eが害悪の告知を受けた事実を認め得るから論旨は採用できない、次に所論害悪の告知はB青年団員に対するものであることは判文上明らかであるのみならずHが映画上映関係者であることは原判決挙示の証拠により明らかであるから所論の如き違法はない。

同第3点について

原審においては被告人の行為は正当防衛又は緊急避難に該当するとは判断していない、そして原審の事実認定は何等法則に違反するところはない、所論は(ひっ)(きょう)原審の事実認定を非難することに帰着する、そして被告人が本件脅迫行為を為すにいたったことは映画上映の企てが被告人の利害に関係がある為めだとしてもその為めに被告人の本件所為が脅迫罪を成立するさまたげとなるものではない。従って論旨は採用できない。

同第4点について

刑訴規則施行規則第3条3号により旧刑訴第353条所定の公判手続を更新する必要を認めないときは更新しなくとも違法ではない、そして右規則の右条項は憲法に違反しないことは当裁判所の(しばしば)判例とするところである、論旨は理由がない。

弁護人杉崎安夫上告趣意第1点について

記録を精査して見るに原審における被告人の供述は犯行を否認していることを認め得るが被告人の行為は正当防衛であるとか、又は犯罪の成立を阻却するものである旨を主張したものとは認めがたい従って原審において所論の点に対し特段の判断を示さないからとて何等違法はなく、論旨は理由がない。

第2点について

所論3月28日被告人がDをA小学校につかわしC等に対しフィルムを被告人において(ぼっ)収する旨伝えさせ被告人の言に従わないときは多数人の腕力を以て如何なる事態を引起すかも知れないことを暗示したことは原判決挙示の証拠によって認め得る論旨はCは同夜害悪の告知を受けて居ないと独断して原判決の違法を非難するのであるから採用できない。

第3点について

所論HはI地方事務所の事務員であり所論映画は同事務所の(あっ)旋によるものであることは原判文上明らかである従って同事務所員たるHは本件映画上映の関係者たることもまた明らかである、されば所論害悪の告知は映画上映の関係者であるHに対しなされたものと解されるのであるから所論の如き違法ない、論旨は理由がない。

第4点について

原審においては被告人の行為を正当防衛であるとは判断していない、そしてその判断は何等法則に反するところはないから論旨は理由がない。

第5点について

刑訴規則施行規則第3条3号が憲法に違反しないことは当裁判所数次の判例の示すところであるから論旨は採用しがたい、なお論旨は右規則は訴訟を遅延せしめるものであるから憲法第37条1項に違反すると主張する、しかし右規則は訴訟促進の為めの規定であって、これあるが為めに訴訟が遅延するはずがない、従って論旨は(その)前提を欠き理由がない。

被告人Jの上申書と題する上告趣意について

論旨は本件(てん)末をのべ併せて犯罪事実を否認するもので、結局原審の事実認定を非難することに帰着し適法の上告理由とならないものである。

よって旧刑訴446条により主文の通り判決する。

以上は裁判官全員一致の意見である。

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