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要 約
威力業務妨害罪(刑法234条)にいう「威力」とは、犯人の威勢、人数及び四囲の状勢からみて被害者の自由意思を制圧するに足りる勢力をいい、「業務を妨害した」とは、具体的な個々の現実に執行している業務の執行を妨害する行為のみならず、被害者の当該業務における地位に鑑み、その遂行すべき業務の経営を阻害するに足りる一切の行為をいう。
主 文
原判決を破棄する。
本件を名古屋高等裁判所に差戻す。
理 由
弁護人及び検事各提出の上告趣意書並びに検事の上告趣意書に対する弁護人の答弁書(この答弁書には「被告人A外2名」と記載せられているが、弁護人選任届の提出のあるのは被告人Aのみであるから、同被告人1人に関する答弁書と認める)は末尾添附のとおりである。以上各上告趣意に対し当裁判所は次のとおり判断する。
被告人B、同C、同D、同E、同F、同G6名の弁護人森長英三郎、同青柳盛雄、同岡林辰雄、同小沢茂連名の上告趣意第1点第2点について
仮に、所論被告人B等が結成した「H労働組合退職者同盟」が旧労働組合法(昭和20年法律51号)上の労働組合であり、然らずとするも右は憲法28条に定める団体交渉その他の団体行動をする権利を保障されている「団結」に当り、従って右同盟には憲法28条並びに旧労働組合法1条2項の適用を受けるものであるとの論旨が認容され得るものと仮定しても、右憲法28条の勤労者の団結権、団体交渉権その他の団体行動権の保障も決して無制限な行使を許容されているものではなく(昭和23年(れ)1049号同25年11月15日大法廷判決。集4巻11号2257頁以下参照)、又旧労働組合法1条2項の規定は同条1項の目的達成のための正当な行為についてのみ適用があるのであって、勤労者の団体交渉等において刑法所定の犯罪が行われた場合、常に必らず旧労働組合法1条2項により刑法35条の適用があり、従ってかゝる行為が漏れなく正当化せられるというわけのものではないのである(昭和22年(れ)319号、同24年5月18日大法廷判決。集3巻6号772頁以下参照)。
さて原審の認定した被告人等の建造物侵入行為に対し、その動機、手段、方法、情況等仔細に考察するに、右は前記各判例の趣旨に徴しこは正当な団体交渉及び団体行動の範囲を逸脱したものと認むべきであって、従って仮に上示同盟が所論旧労働組合法上の組合又は憲法28条の団結に当るものと仮定するも、到底刑事上の免責が与えられるものとは解せられないのである。
よって、被告人等の行為が正当な団体交渉及び団体行動の範囲内の所為であることを前提とする論旨は到底採用することができない。
同第3点について
原審が被告人等の行為につき自救行為、正当防衛又は緊急避難は、成立しえないと判断した点につき、何等違法の廉あるを見出しえないから、論旨は理由がない。
被告人A、同I、同Jに対する検事の上告趣意第1点、第2点について
所論は結局、原審の裁量に属する証拠の取捨判断を非難し、延いて事実誤認を主張するものである。そしで原審の認定判断が経験則に反するものとは未だ解し難いのである。それ故論旨はすべて採用することができない。
被告人全員に対する同第3点について
⑴ 刑法234条業務妨害罪にいう業務の「妨害」とは現に業務妨害の結果の発生を必要とせず、業務を妨害するに足る行為あるをもって足るものであり、又「業務」とは具体的個々の現実に執行している業務のみに止まらず、広く被害者の当該業務における地位に鑑みその任として遂行すべき業務をも指称するものと解するを相当とするのである。しかるに原審は当時工場長Kが工場事務所の2階専務室内において現実に執務をしていたか否かの点並びにその点に関する被告人等の具体的認識の有無について判断説示をするに止まり、広く工場長たる地位に鑑みその任として遂行すべき業務の範囲並びにその業務の遂行を阻害することについての認識の有無について判断を加えることなく、たやすく業務妨害罪の成立を否定したものであって、従って原判決には刑法234条の業務妨害罪に関する業務の意義に関し法令の解釈を誤ったか、又はこの点に関する審理不尽乃至理由不備の違法があるものといわねばならない。(被告人等が専務室内において生産計画事務に従事中のK工場長の業務の執行を妨害したものであるとの本件公訴事実中には、第1審判決認定のごとく「工場長の生産計画事務その他会社内における執務を妨害した」との事実をも包含するものと解するを相当とすべきであるのみならず、原審における検事の公訴事実の陳述は「第1審判決認定の事実と同一」となっているところである)。されば論旨は理由があり、原判決は既にこの点において破棄を免かれないものである。
⑵ 次に原審は被告人等の行為は刑法234条業務妨害罪の威力に該当しないと判断したのであるが、同条の「威力」とは犯人の威勢、人数及び四囲の状勢よりみて、被害者の自由意思を制圧するに足る犯人側の勢力と解するを相当とするものであり、且つ右勢力は客観的にみて被害者の自由意思を制圧するに足るものであればよいのであって、現実に被害者が自由意思を制圧されたことを要するものではないと解すベきものである。この点につき原判決は「……以上の供述(工場長K、経理課長L、新聞記者Mの各供述の意)並びに物証(会談中の写真の意)を綜合判断すれば工場長Kは経理課長L、専務秘書Nらと最初の侵入を受けた際極力之を阻止したのであるが、効なきを観念し遂に其の素志に反するけれども事態の成行を察知し会見の腹を定め丸テーブルの前の一脚に腰を落し入室者の一団と対席し彼らの去るまで、其の質問に身をさらして辛抱をする決意をしたことが肯認される。即ち彼のこの意思決定の動因となった事実は第一次入室者の不法侵入行為であるが、彼が着席しいよいよ入室者の全部を迎え取って之を相対した時以後の彼の立場は最早単なる威力をもって身心を圧迫され意思の自由を拘束されて已むを得ず業務を拠棄している状態ではなく、先に述べた彼の決意に因る彼の自由な意思に基礎を置いているのであり対談中団体側が継続的に威迫的な態度や言動でも示す為め動きの取れないようなものでないこと及び団体側の態度は時偶彌次を飛ばすもののいた外は普通の交渉におけるものと殆んど異ならない様子のものであったことは彼自身及びLの前記供述を綜合して之を認めうるのみでなく、前記Mの供述並びに証第3号写真の状況を参考すれば更に強く肯定せられるところである。会見当初の其の場の緊張や危惧の念は不法な侵入行為の余勢の漂う為めであり次第にこれが薄らいだということは団体側が会見中格別の不法な威力を示すことのなかったことを雄弁に物語るものと云わなければならない。」と判示しているのであるが、右判示自体これが上示の威力に該当しないものとはいいえないのであって、即ち業務妨害罪の威力の有無は被害者の主観的条件の如何によって左右されるべきものではないといわなければならないのである。されば右前示判示事実をもって業務妨害罪の要件たる威力に該当しないとした原判決は、この点に関し法令の解釈を誤ったものというの外はなく、論旨に理由があり原判決はこの点においても破棄を免かれないものといわねばならない。
そして被告人全員に対する業務妨害罪は、いずれも建造物侵入罪と牽連犯の関係にあるものとして起訴せられたものであるから(両者を有罪とした第1審判決も右は手段結果の関係に立つものとして刑法54条1項後段、10条を適用している)、業務妨害の点について破棄すべき違法ある以上、原判決の全部について破棄すべきものとする。
よって旧刑訴447条、448条の2に従い、次の裁判官小谷勝重の補足意見のある外は、全裁判官一致の意見によって主文のとおり判決する。
裁判官小谷勝重の補足意見
原判決の全部を破棄する理由につき、裁判官小谷勝重の補足意見は次のとおりである。
本判決理由に説明のとおりの、原判決に刑法234条業務妨害罪に関する法律解釈(及びその他)の違法がある以上は、法律審である当裁判所としてはこの点につき原判決を破棄せざるを得ないわけである(検事上告趣意第3点につき)。その結果建造物侵入の所為と業務妨害の所為とは刑法54条1項後段の牽連犯の関係にある本件については原判決の全部を破棄せざるを得ないわけである。即ち
⑴ 原判決において有罪となった、B外5名の被告人等の建造物侵入の所為については、弁護人の上告趣意はその理由なく、従って同所為を有罪の儘で確定せしめるときは、業務妨害の所為につき、本件差し戻し後の原審において審判の結果もし有罪とせられるときは、重き一罪の刑をもって処断すべき刑法54条1項後段の牽連犯の趣旨に背き、手段結果2つの行為につき2つの各有罪の判決を見ることゝなる虞れがあるから、かゝる結果を除くため原判決の全部を破棄し全事件を原審に差し戻す必要があり(以上の理由により、原判決がこの被告人等に対し「業務妨害罪の点は無罪」の旨主文に判示したのは、誤りであると私は思料する。即ち此罪は牽連犯中の一部の行為であるから、これが無罪は主文に掲げず、判決の理由中に無罪の旨を判示するを正当と解するものである)。
⑵ またA外2名の被告人等の建造物侵入の所為に対する無罪の原判決に対しては、検事の上告趣意(第1点第2点)はその理由なく、従って同所為に対する無罪の原判決をその儘確定せしめるときは、業務妨害の所為につき、もし差し戻し後の原審において有罪と審判せられるときは、之又重き一罪の刑をもって処断すべき牽連犯の趣旨に背き、手段結果の2つの行為が分離独立して一は無罪他は有罪の2個の判決を生ずる不合理の結果が想像せられるから、之又同被告人等に対しても原判決の全部(即ち原判決で無罪となり之に対する検事上告は理由がなく、従って建物侵入の所為は本来無罪と確定せられるものであるにかゝわらず)を破棄し、全事件を原審に差し戻す必要があるわけである。
以上、本判決が原判決の全部を破棄して差し戻ししたのは、以上の理由によるものと私は諒解するものである。