1 意 義
信用毀損罪(刑法233条前段)とは、虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて、人の信用を害する行為を処罰する犯罪です。
2 保護法益
信用毀損罪の保護法益は信用で、信用とは、「経済的な側面における人の社会的な評価」(最判平15.3.11)をいい、単なる人の支払意思・能力に対する社会的な信頼だけではなく、例えば、販売・納入する商品・製品の品質、アフターサービスの良否、経営姿勢等に対する社会的な信頼も含まれます(大塚仁・河上和雄・中山善房・古田佑紀編『大コンメンタール刑法』第3版(第12巻)、青林書院、2019年、p.83参照)。
なお、名誉毀損罪の保護法益は人に対する社会的評価で、信用毀損罪とは「経済的な側面における」という部分があるかないかに違いがあります。
つまり、人に対する社会的評価には、
- 人格的側面
例えば、「あの人は高潔な人だ」など - 能力的側面
例えば、「あの人は頭のいい人だ」など - 家系的側面
例えば、「あの人は家柄のいい人だ」など - 経済的側面
例えば、「あの人はお金持ちだ」など
など、様々な側面がありますが、信用毀損罪は、その中でも特に経済的な側面に着目して、これを保護するために規定された犯罪です。
信用毀損罪の保護法益は、信用
3 主 体
信用毀損罪は、虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて経済的な側面における人の社会的な評価を低下させる行為を処罰する犯罪で、経済的側面における人の社会的な評価を保護するためには、これを低下させる行為を行う者に制限を設ける理由は特にありません。
したがって、虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて経済的な側面における人の社会的な評価を低下させる行為を行った場合には、誰にでも信用毀損罪が成立し得ます。
ただし、経済的な側面における人の社会的な評価を低下させる行為を行う者は、自然人である個人であることが必要で、法人の代表者が、法人の名義を用いて経済的な側面における人の社会的な評価を低下させる行為を行った場合は、法人ではなく、現実に行為した代表者が処罰されることになります(大判昭5.6.25参照)。これは、法人は観念的な存在で、実際に法人として活動しているのは、法人自体ではなく、自然的・物理的な存在である代表者だからです。
例えば、A株式会社の代表取締役甲が、ライバル会社のB株式会社の信用を落とそうとして、「B株式会社は、取引先に対する買掛金の支払が滞っている。」といった虚偽の内容の電子メールをA株式会社名義で作成し、これをメールリストにある多数の人に宛てて送信した場合、その行為は、A株式会社の行為として行われたものではありますが、現実に行動しているのは代表取締役である甲なので、信用毀損罪で処罰されるのは、A株式会社ではなく、甲になります。
信用毀損罪の主体は、自然人である個人
4 客 体
信用毀損罪は、経済的な側面における人の社会的な評価を低下させる行為を行った者を処罰することによって信用を保護しようとする犯罪なので、信用毀損罪の客体は、人の信用です。
そして、信用毀損罪の実行行為である虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて経済的な側面における人に対する社会的な評価を低下させる行為を行う者は、自然人でなければなりませんが、信用毀損罪の客体である人の信用にいう「人」は、自然人でなければならないというわけではありません。
つまり、信用毀損罪の客体である人の信用にいう「人」には、自然人だけでなく、法人(大判大2.1.27、大判昭12.3.17)やその他の団体も含まれます。これは、法人等にも経済的な側面における社会的な評価は存在するからです。もっとも、信用毀損罪で保護される団体というのは、単なる人の集合体では足りず、「実質的にみて1個の独立の組織体として社会的・経済的活動を営み、信用の帰属主体あるいは業務の遂行主体たり得る団体」(前田雅英・松本時夫・池田修・渡邊一弘・河村博・秋吉淳一郎・伊藤雅人・田野尻猛編『条解 刑法』第4版、弘文堂、2020年、p.714)である必要があります。
なお、当然のことですが、支払意思・能力を持ち得ない死者は、信用毀損罪の客体には含まれません。
信用毀損罪の被害者は、自然人のほかに法人等も含む。
5 行 為
信用毀損罪の行為は、虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて人の信用を毀損することです。
⑴ 虚偽の風説の流布
ア 虚偽とは
虚偽とは、客観的な真実に反することをいいます。
全く根も葉もないことだけでなく、真実に虚偽の事実を付け加えることによって全体として虚偽性を帯びる場合や、一部に虚偽が存在する場合も含みます(高橋則夫『刑法各論』第3版、成文堂、2018年、p.190参照)。
イ 風説とは
風説とは、うわさをいい、行為者自身が創造・創作したものである必要はありません。
なお、必ずしもうわさの形をとっている必要はなく、行為者自身の判断・評価といった形をとっていてもかまいません。
ウ 流布とは
流布とは、不特定又は多数人に伝播させることをいいます(不特定及び多数人の意義については「こちら」を参照してください。)。
「直接には特定の少数人に対して告知したばあいでも、他人の口を通じて順次それが不特定または多数の人に伝播されることを認識して行ない、その結果、不特定または多数の人に伝播されたならば、『流布』した」(団藤重光編『注釈 刑法⑸ 各則⑶』有斐閣、1968年、p.397)ことになります(伝播性の理論、大判昭12.3.17)。
例えば、甲が自宅でA及びBに対して「あの会社は倒産寸前だ。」と言った場合において、甲の発言当時に、A及びBが後で自己の多数の友人・知人に対して対象となった会社が倒産寸前であると言い触らすことが予見されるような状態にあれば、虚偽の風説を流布したと認められ、甲に信用毀損罪が成立し得ます。
なお、既に流布している虚偽の風説を更に広めることも、それによってより一層、人の信用を低下させる可能性があるので、信用毀損罪が成立し得ます(大塚仁・河上和雄・中山善房・古田佑紀編『大コンメンタール刑法』第3版(第12巻)、青林書院、2019年、p.87参照)。
伝播可能性があれば、流布したと認められる。
⑵ 偽 計
偽計とは、「人を欺き、あるいは人の錯誤又は不知を利用すること」(山口厚『刑法各論』第2版、有斐閣、2010年、p.154)をいいます。
⑶ 毀 損
毀損とは、人の信用を低下させるおそれのある状態を作り出すことをいいます。
6 結 果
信用毀損罪を規定している刑法233条前段は、信用を「毀損し……た」と規定していますが、信用を毀損したとは、人の信用を低下させるおそれのある状態を作り出すことなので、信用毀損罪が成立するためには、虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて人の信用を毀損する行為がなされれば足り、現実に人の信用を低下させるといった結果が発生することは必要ではありません。したがって、信用毀損罪は抽象的危険犯です。
信用毀損罪は抽象的危険犯
7 主観的要件
信用毀損罪は故意犯なので、同罪が成立するためには、虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いることの認識及び人の信用を低下させるおそれのある状態を作り出すことの認識・認容といった故意があることが必要となります。
もっとも、人の信用を毀損する目的を持っている必要はありません。
信用毀損罪は目的犯ではない。
8 未遂・既遂
信用毀損罪には、未遂を処罰する規定がないので、未遂は処罰されません(刑法44条)。
未遂を罰する場合は、各本条で定める。
また、信用毀損罪は抽象的危険犯なので、虚偽の風説の流布し、又は偽計を用いて人の信用を低下させるおそれのある状態を作り出す行為を行えば、既遂に達します。
例えば、A株式会社の代表取締役甲が、ライバル会社のB株式会社の信用を落とそうとして、「B株式会社は好決算を続けているが、それは帳簿を不正に操作した結果そのように見えているだけで、実は赤字続きで経営状態は良くなく、倒産に瀕している。」という虚偽の内容の手紙を、B株式会社の取引銀行Cに宛てて郵送した場合、手紙を読んだ取引銀行Cがその内容を信じず、従前と同様の取引をB株式会社と続けた場合であっても、B株式会社には、取引銀行Cから融資の早期返済を求められるなどの経済的な不利益を受けるおそれが生じているので、甲によるB株式会社に対する信用毀損罪は、既遂に達することになります。
信用毀損罪に未遂はない。
9 罪数・他罪との関係
⑴ 信用毀損罪の個数
信用毀損罪の保護法益は人の信用で、信用は人ごとに存在するので、被害者の数を基準として、つまり、被害者の数に応じた信用毀損罪が成立します。
例えば、1通の文書で2人の信用を毀損した場合は、2個の信用毀損罪が成立して観念的競合(刑法54条1項前段)となります(大判明45.7.23、大判明44.4.13参照)。
1個の行為が2個以上の罪名に触れ……るときは、その最も重い刑により処断する。
⑵ 名誉毀損罪との関係
名誉毀損罪(刑法230条)における名誉に信用毀損罪における信用は含まれないので、虚偽の風説を流布したことによって、同一人の名誉と信用を同時に害した場合は、名誉毀損罪と信用毀損罪が成立し、観念的競合となります(大判大5.6.26)。
信用毀損罪の個数は、被害者の数を基準とする。
⑶ 偽計業務妨害罪との関係
同一の行為で同一人の信用と業務を同時に害した場合は、刑法233条違反の単純一罪となります(大判昭3.7.14)。
虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて、人の信用を毀損し、又はその業務を妨害した者は、3年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
10 確認問題
⑴ 令和4年度 司法試験 短答式試験 刑法 第4問
- 詳細については「こちら」を参照してください。
⑵ 平成30年度 司法試験 短答式試験 刑法 第18問
- 詳細については「こちら」を参照してください。
⑶ 平成29年度 司法試験 短答式試験 刑法 第10問
信用及び業務に対する罪に関する次の1から5までの各記述を判例の立場に従って検討した場合、正しいものはどれか。
1.威力業務妨害罪における「威力」は、暴行又は脅迫を用いることを要し、騒音喧騒により人の意思を制圧して業務を妨害した場合、同罪は成立しない。
2.偽計業務妨害罪における「偽計」は、直接人に向けられていなくてもよい。
3.信用毀損罪における「信用」は、人の支払能力又は支払意思に対する社会的な信頼に限定されず、経済的側面とは関係のない社会的な信頼を害した場合も、同罪が成立する。
4.業務妨害罪における「業務」は、社会生活上又は個人生活上の地位に基づき反復継続して従事する事務であるから、学生の学習活動を妨害した場合も、同罪が成立する。
5.信用毀損罪は危険犯であるが、業務妨害罪は侵害犯である。
法務省「平成29年司法試験問題」短答式試験(刑法)
ア 解 説
1.について
威力業務妨害罪にいう「威力」とは、犯人の威勢、人数及び四囲の状勢からみて、人の自由意思を制圧するに足りる勢力をいい(最判昭28.1.30)、暴行・脅迫よりも広い概念で、「社会的地位や経済的優越による権勢を利用する場合も含まれ」(大谷實『刑法講義各論』新版第5版、成文堂、2019年、p.155)ます。
したがって、1.は誤りです。
- 詳細については「こちら」を参照してください。
2.について
偽計業務妨害罪にいう「偽計」とは、「人を欺き、あるいは人の錯誤又は不知を利用すること」(山口厚『刑法各論』第2版、有斐閣、2010年、p.163)をいい、必ずしも直接的に人の不知・錯誤を利用する必要はなく、直接的には機械に対する加害行為であっても、偽計に当たる場合があります(西田典之著、橋爪隆補訂『刑法各論』第7版、弘文堂、2018年、pp.140-141参照)。
したがって、2.は正しいです。
- 詳細については「こちら」を参照してください。
3.について
信用毀損罪における「信用」とは、人の経済的な側面における社会的な評価をいい(最判平15.3.11)、それ以外の側面に対する人の社会的な評価を害した場合は、信用毀損罪ではなく名誉毀損罪又は侮辱罪が成立します。
4.について
業務妨害罪にいう「業務」とは、職業その他社会生活上の地位に基づいて継続して行う事務又は事業をいう(大判大5.6.26、大判大10.10.24)ので、学生の学習活動は業務には含まれません。
したがって、4.は誤りです。
5.について
信用毀損罪と業務妨害罪は、いずれも抽象的危険犯です。
したがって、5.は誤りです(6参照)。
イ 解 答
1.~5.は、それぞれ、「誤り」「正しい」「誤り」「誤り」「誤り」
したがって、解答は2ということになります。
⑷ 平成24年度 司法試験 短答式試験 刑事系科目 第8問
信用毀損罪又は名誉毀損罪に関する次の1から5までの各記述を判例の立場に従って検討し、正しいものを2個選びなさい。
1.甲は、スーパーマーケットVに嫌がらせをする目的で、誰でも閲覧できるインターネット上の掲示板に「Vで買ったオレンジジュースに異物が混入していた。」旨の嘘の書き込みをした。甲には信用毀損罪は成立しない。
2.教授甲は、数百人が出席している講演会で、日頃意見の対立するV教授がX県出身であったことから、誰のことを言っているかは分からないようにしつつ、「X県人は頭が悪い。」と述べた。甲には名誉毀損罪が成立する。
3.甲は、以前交際していたV女が別の男性と婚約したことを知り、腹いせに、V女の両親に宛てて、「V女には他にも数人男がいる。V女の好色は目に余る。」などと嘘の事実を記載した手紙を匿名で郵送した。甲には名誉毀損罪は成立しない。
4.甲は、インターネット上の書き込みを信じ、特段の調査をすることなく、誰でも閲覧できるインターネット上の掲示板に「ラーメン店Vの経営母体は暴力団Xである。」旨の真実に反する書き込みをした。甲には名誉毀損罪は成立しない。
5.甲は、かつて甲をいじめたVが破産したことを知り、仕返しをするため、「Vは破産者である。」と書かれたビラを多数人に配布した。甲には信用毀損罪は成立しない。
法務省「平成24年司法試験問題」短答式試験(刑事系科目)
ア 解 説
1.について
信用毀損罪は、虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて、人の信用を害する行為を行った場合に成立する犯罪です(抽象的危険犯)。
ここにいう「流布」とは、不特定又は多数人に伝播することをいい、「人」には、自然人だけでなく法人その他の団体が含まれます。また、「信用」とは、経済的な側面における人の社会的な評価をいい(最判平15.3.11)、単なる人の支払意思・能力に対する社会的な信頼だけではなく、販売・納入する商品・製品の品質、アフターサービスの良否、経営姿勢等に対する社会的な信頼も含まれます。
甲は、スーパーマーケットVが販売している商品の品質に問題があるという虚偽の言説を、不特定又は多数人が閲覧することのできるインターネット上の掲示板に書き込んでいることから、甲の行為は、虚偽の風説を流布して、スーパーマーケットVの信用を害するおそれを生じさせたものといえ、甲には、スーパーマーケットVに対する信用毀損罪が成立します。
2.について
名誉毀損罪が成立するためには、事実を摘示することが必要です。
したがって、2.は誤りです。
- 詳細については「こちら」を参照してください。
3.について
名誉毀損罪が成立するためには、人に対する社会的評価を低下させる事実を公然と(=不特定又は多数人が認識することができるように)摘示する必要があります。
甲は、「V女には他にも数人男がいる。」というV女に対する社会的評価を低下させる事実を摘示していますが、その相手方はV女の両親という特定少数人にすぎないし、また、摘示された事実の内容からして、V女の両親が他の不特定又は多数人に甲から摘示された事実を伝播することもあり得ないといえるので、甲の行為に公然性は認められず、甲に名誉毀損罪は成立しません。
したがって、3.は正しいです。
- 詳細については「こちら」を参照してください。
4.について
名誉毀損罪が成立するためには、人(自然人だけでなく法人その他の団体を含みます。)に対する社会的評価を低下させる事実を公然と(=不特定又は多数人が認識することができるように)摘示する必要があります。
甲は、「ラーメン店Vの経営母体は暴力団Xである。」という事実をインターネット上の掲示板に書き込むという不特定又は多数人が閲覧(=認識)することができる方法で摘示しています。そして、この事実は、ラーメン店Vが反社会的勢力である暴力団と関係があるということを示すものなので、ラーメン店Vに対する社会的評価を低下させるものといえ、甲の行為は名誉毀損罪の構成要件に該当します。
もっとも、刑法230条の2の要件(①事実の公共性、②目的の公益性、③真実性の証明)を充たす場合(なお、最決平22.3.15参照)は、違法性が阻却され、名誉毀損罪は成立しません(真実性の証明による免責)が、甲が摘示した事実は虚偽なので、①及び②の要件を充たしていたとしても、③の要件を充たさず、真実性の証明による免責は認められません。
また、甲は、摘示した事実が真実であると信じていますが、甲は特段の調査もしていないので、甲が誤信したことについて、確実な資料根拠に照らして相当な理由があるとはいえず、(責任)故意が阻却されることもありません(最大判昭44.6.25(夕刊和歌山時事事件)参照)。
したがって、4.は誤りです。
5.について
甲は、Vは破産者であるという内容のビラを多数人に配布しているので、Vの信用を害する行為を行ったということができます。
しかし、信用毀損罪は、虚偽の風説の流布又は偽計を手段として人の信用を害する行為を行った場合に成立する犯罪です。そして、Vが破産者であるということは真実なので、虚偽の風説を流布して人の信用を害する行為を行ったということはできず、甲には、Vに対する信用毀損罪は成立しません。
したがって、5.は正しいです(5⑴参照)。
イ 解 答
1.~5.は、それぞれ、「誤り」「誤り」「正しい」「誤り」「正しい」となります。
したがって、解答は3及び5ということになります。
⑸ 平成18年度 旧司法試験 第二次試験 短答式試験 第47問
学生AないしCは、信用毀損罪の「信用」の意義等に関し会話している。発言中の( )内から適切なものを選び、【 】内に語句群から適切な語句を入れた場合、①から⑫までに入るものの組合せとして正しいものは、後記1から5までのうちどれか。
【発言】
学生A 信用毀損罪は、経済的な側面に対する社会的評価を保護する罪であり、①(a人の経済的な活動・b人に対する社会的評価)を保護する点で②(a業務妨害・b名誉毀損)罪と共通する面はあるが、③(a親告罪である・b親告罪でない)点と、犯罪の成立に虚偽の風説を流布し又は偽計を用いる必要が④(aある・bない)点は、(②)罪と異なる。
学生B 「信用」の意義について、僕は、【⑤】と考える。甲が多数の通行人に内容が虚偽である【⑥】と書かれたビラを配布した事例では、甲に信用毀損罪が成立する。
学生C B君の見解によると、甲が多数の通行人に内容が虚偽である【⑦】と書かれたビラを配布した事例では、Xの「信用」を保護できず、妥当でない。僕は、「信用」とは、【⑧】と考える。
学生A C君の見解によると、甲が多数の通行人に内容が虚偽である【⑨】と書かれたビラを配布した事例では、Xの「信用」を保護できず、妥当でない。僕は、信用毀損罪が経済的な側面に対する社会的評価を保護する罪であることから「信用」とは、【⑩】と考える。
学生B 信用毀損罪を(②)罪の特別類型ととらえて、ある事実の摘示が両罪に当たる場合には⑪(a法条競合により信用毀損罪のみが成立する・b観念的競合となる)と考えると、A君の見解によれば、僕の見解によるときよりも、(②)罪の成立範囲が狭くなるのではないか。
学生A 僕は、その場合には⑫(a法条競合により信用毀損罪のみが成立する・b観念的競合となる)と考えるので、そういう問題は起こらない。
【語句群】
a 経営姿勢を含む経済的な側面に対する社会的評価である
b 財産上の義務の履行能力又は履行意思に対する社会的評価である
c 金銭債務の履行能力又は履行意思に対する社会的評価である
d 「Xが経営する食堂では、腐った料理が提供されるから、そこで食べると食中毒になる。」
e 「住宅販売業者Xは、破産寸前で資金調達もできないから、Xと取引すると大損する。」
f 「不動産開発業者Xは、自然環境保護を愚かなことと考え、野鳥の生息地など保護価値の高い豊かな自然を破壊し、ゴルフ場建設を押し進め、事業拡大を図っている。」
1.①a⑤c⑨f⑫a 2.②b⑦d⑩a⑫b 3.③b⑥e⑩b⑪b
法務省「旧司法試験第二次試験短答式試験問題」平成18年度問題
4.③b⑧c⑨d⑫b 5.④a⑤c⑦f⑪a
ア 解 説
完成文は、以下のようになります。
学生A 信用毀損罪は、経済的な側面に対する社会的評価を保護する罪であり、①(a人の経済的な活動・b人に対する社会的評価)を保護する点で②(a業務妨害・b名誉毀損)罪と共通する面はある※1が、③(a親告罪である・b親告罪でない)点と、犯罪の成立に虚偽の風説を流布し又は偽計を用いる必要が④(aある・bない)点は、(②b名誉毀損)罪と異なる※2。
学生B 「信用」の意義について、僕は、【⑤c 金銭債務の履行能力又は履行意思に対する社会的評価である】※3と考える。甲が多数の通行人に内容が虚偽である【⑥e 「住宅販売業者Xは、破産寸前で資金調達もできないから、Xと取引すると大損する。」】※4と書かれたビラを配布した事例では、甲に信用毀損罪が成立する。
学生C B君の見解によると、甲が多数の通行人に内容が虚偽である【⑦d 「Xが経営する食堂では、腐った料理が提供されるから、そこで食べると食中毒になる。」】※5と書かれたビラを配布した事例では、Xの「信用」を保護できず、妥当でない。僕は、「信用」とは、【⑧b 財産上の義務の履行能力又は履行意思に対する社会的評価である】※3と考える。
学生A C君の見解によると、甲が多数の通行人に内容が虚偽である【⑨f 「不動産開発業者Xは、自然環境保護を愚かなことと考え、野鳥の生息地など保護価値の高い豊かな自然を破壊し、ゴルフ場建設を押し進め、事業拡大を図っている。」】※6と書かれたビラを配布した事例では、Xの「信用」を保護できず、妥当でない。僕は、信用毀損罪が経済的な側面に対する社会的評価を保護する罪であることから「信用」とは、【⑩a 経営姿勢を含む経済的な側面に対する社会的評価である】※3と考える。
学生B 信用毀損罪を(②b名誉毀損)罪の特別類型ととらえて、ある事実の摘示が両罪に当たる場合には⑪(a法条競合により信用毀損罪のみが成立する・b観念的競合となる)と考えると、A君の見解によれば、僕の見解によるときよりも、(②b名誉毀損)罪の成立範囲が狭くなる※7のではないか。
学生A 僕は、その場合には⑫(a法条競合により信用毀損罪のみが成立する・b観念的競合となる)と考えるので、そういう問題は起こらない※8。
- 信用毀損罪(刑法233条前段)の保護法益は経済的側面における人の社会的な評価、業務妨害罪(同法233条後段、234条)の保護法益は人の社会的活動の自由、名誉毀損罪(同法230条1項)の保護法益は外部的名誉=人に対する社会的な評価です。このように、信用毀損罪の保護法益と共通している部分(=人に対する社会的な評価)があるのは名誉毀損罪なので、①にはb、②にはbが入ります。
- 名誉毀損罪は親告罪ですが(同法232条)、信用毀損罪は親告罪ではありません。また、その成立に虚偽の風説の流布又は偽計を用いることが要求されているのは、名誉毀損罪ではなく信用毀損罪です。したがって、③にはb、④にはaが入ります。
- 信用毀損罪における「信用」の意義について、学生Cは学生Bの見解ではXの信用を保護することのできる範囲が狭くなり妥当でないと批判し、また、学生Aは学生Cの見解ではXの信用を保護することのできる範囲が狭くなり妥当でないと批判しています。このことから、信用毀損罪における「信用」の意義について、学生Aが最も広く解し、学生Bが最も狭く解していることが分かります(「信用」の範囲:学生A>学生C>学生B)。したがって、⑤にはc、⑧にはb、⑩にはaが入ります。
- ⑥には語句群のd~fのいずれかが入りますが、このうち金銭債務の履行能力について言及しているのはe(「破産寸前で資金調達もできない」=貸金債務という金銭債務の返済能力がない)のみです。したがって、⑥にはeが入ります。
- ⑦には語句群のd~fのいずれかが入りますが、⑥にeが入る以上、結局、⑦にはd又はfのいずれかが入ることになります。このうち、財産上の義務の履行能力について言及しているのはdです(「食堂では、腐った料理が提供される」=飲食の用に供することのできる料理(=財物)の提供という債務(=義務)の履行を行うことができない)。したがって、⑦にはdが入ります。
- ⑨には語句群のd~fのいずれかが入りますが、⑥にeが入り、⑦にdが入る以上、結局、⑨にはfが入ります。
- 法条競合は1罪の成立のみを認めるものですが、観念的競合(同法54条1項前段)は複数の犯罪の成立を認めたうえで科刑上は1罪とするものなので、前者の方が後者よりも犯罪が成立する範囲が狭いということになります。したがって、⑪にはaが入ります。
- 学生Aは、法条競合とすることによって名誉毀損罪の成立範囲が狭くなるという学生Bからの批判に対し、そのような問題は生じないと反論しています。したがって、⑫にはbが入ります。
イ 解 答
①~⑫には、それぞれ、
①b ②b ③b ④a ⑤c ⑥e ⑦d ⑧b ⑨f ⑩a ⑪a ⑫b
が入ります。
したがって、解答は2ということになります。
11 参考文献
- 大塚仁・河上和雄・中山善房・古田佑紀編『大コンメンタール刑法』第3版(第12巻)、青林書院、2019年
- 大谷實『刑法講義各論』新版第5版、成文堂、2019年
- 高橋則夫『刑法各論』第3版、成文堂、2018年
- 団藤重光編『注釈 刑法⑸ 各則⑶』有斐閣、1968年
- 西田典之著、橋爪隆補訂『刑法各論』第7版、弘文堂、2018年
- 前田雅英・松本時夫・池田修・渡邊一弘・河村博・秋吉淳一郎・伊藤雅人・田野尻猛編『条解 刑法』第4版、弘文堂、2020年
- 山口厚『刑法各論』第2版、有斐閣、2010年