最判平23.7.7 平成20年(あ)第1132号:威力業務妨害被告事件 刑集65巻5号619頁

judgment 刑法判例
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要 約

卒業式の開式直前に、式典会場である体育館において、主催者に無断で、保護者らに対して、国歌斉唱のときには着席してほしいなどと大声で呼び掛けを行い、これを制止した教頭らに対して怒号するなどし、その場を喧噪状態に陥れるなどして、卒業式の円滑な遂行に支障を生じさせた行為をもって、威力業務妨害罪(刑法234条)に問うことは、憲法21条1項に違反しない。

主 文

本件上告を棄却する。

理 由

第1 弁護人加藤文也ほかの上告趣意のうち、憲法21条1項違反の主張について

1 原判決及びその是認する第1審判決の認定並びに記録によれば、本件の事実関係は、次のとおりである。

⑴ 東京都立A高等学校の校長は、平成15年10月23日に東京都教育委員会教育長が都立高等学校長等に対して発出した「入学式、卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施について(通達)」と題する通達を受け、平成16年3月11日に実施されることとなっていた同校の卒業式において、国歌斉唱の際、生徒、教職員を始め、来賓や保護者にも起立を求めることとし、同日午前10時に本件卒業式が開式となる旨及び全員が起立して国歌を斉唱する旨等が記載された実施要綱を作成した。

⑵ 同校の元教諭である被告人は、希望がいれられて、本件卒業式に来賓として出席することとなり、当日午前9時30分頃、本件卒業式が実施される体育館に赴いた。そして、本件卒業式の開式前に、体育館の中央付近に配置された保護者席を歩いて回り、ビラを配り始めた。

⑶ その頃、校長及び教頭は、校長室から体育館に移動を始めたところ、被告人がビラを配布している旨の報告を受けたことから、教頭が、校長より先に体育館に向かった。

体育館に到着した教頭は、保護者席内にいた被告人に近づいてビラの配布をやめるよう求めたが、被告人は、これに従わずにビラを配り終え、同席の最前列中央まで進んで保護者らの方を向いて、同日午前9時42分頃、校長らに無断で、大声で、本件卒業式は異常な卒業式であって国歌斉唱のときに立って歌わなければ教職員は処分される、国歌斉唱のときにはできたら着席してほしいなどと保護者らに呼び掛け、その間、教頭から制止されても呼び掛けをやめず、被告人をその場から移動させようとした教頭に対し、怒号するなどした。

遅れて体育館に入場した校長も、被告人の近くに来て退場を求めるなどし、教頭も退場を促したところ、被告人は、怒鳴り声を上げてこれに抵抗したものの、午前9時45分頃、体育館から退場した。

⑷ 校長は、その後も体育館に隣接する格技棟廊下で抗議を続ける被告人に対し、校外に退出するよう求めたところ、被告人はこれに応じる様子がなかったが、入場のために待機していた卒業生の担任教諭が校長及び被告人に対して卒業式の開式を促すなどしたことを契機に、被告人は校外に向かい、その様子を見た校長及び教頭は体育館内に戻った。そして、卒業生が予定より遅れて入場し、本件卒業式は予定より約2分遅れの午前10時2分頃、開式となった。

2 以上の事実関係によれば、被告人が大声や怒号を発するなどして、同校が主催する卒業式の円滑な遂行を妨げたことは明らかであるから、被告人の本件行為は、威力を用いて他人の業務を妨害したものというべきであり、威力業務妨害罪の構成要件に該当する。

所論は、被告人の本件行為は、憲法21条1項※1によって保障される表現行為であるから、これをもって刑法234条※2の罪に問うことは、憲法21条1項に違反する旨主張する。

被告人がした行為の具体的態様は、上記のとおり、卒業式の開式直前という時期に、式典会場である体育館において、主催者に無断で、着席していた保護者らに対して大声で呼び掛けを行い、これを制止した教頭に対して怒号し、被告人に退場を求めた校長に対しても怒鳴り声を上げるなどし、粗野な言動でその場を喧噪状態に陥れるなどしたというものである。表現の自由は、民主主義社会において特に重要な権利として尊重されなければならないが、憲法21条1項も、表現の自由を絶対無制限に保障したものではなく、公共の福祉のため必要かつ合理的な制限を是認するものであって、たとえ意見を外部に発表するための手段であっても、その手段が他人の権利を不当に害するようなものは許されない。被告人の本件行為は、その場の状況にそぐわない不相当な態様で行われ、静穏な雰囲気の中で執り行われるべき卒業式の円滑な遂行に看過し得ない支障を生じさせたものであって、こうした行為が社会通念上許されず、違法性を欠くものでないことは明らかである。したがって、被告人の本件行為をもって刑法234条の罪に問うことは、憲法21条1項に違反するものではない。このように解すべきことは、当裁判所の判例(昭和23年(れ)第1308号同24年5月15日大法廷判決・刑集3巻6号839頁、昭和24年(れ)第2591号同25年9月27日大法廷判決・刑集4巻9号1799頁、昭和42年(あ)第1626号同45年6月17日大法廷判決・刑集24巻6号280頁)の趣旨に徴して明らかである(最高裁昭和59年(あ)第206号同年12月18日第三小法廷判決・刑集38巻12号3026頁参照)。被告人の本件行為について同罪の成立を認めた原判断は正当であり、所論は理由がない。

第2 その余の主張について

弁護人加藤文也ほかの上告趣意のうち、最高裁昭和43年(あ)第1614号同51年5月21日大法廷判決・刑集30巻5号615頁を引用して判例違反をいう点は、原判決は、保護者については国歌斉唱時の起立に協力を求める関係にある旨判示するのみで、保護者にも起立を強制できるとしたものでないことが明らかであるから、所論は前提を欠き、その余は、憲法31条※3、35条※4違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法405条※5の上告理由に当たらない。

よって、同法408条※6により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。なお、裁判官宮川光治の補足意見がある。

裁判官宮川光治の補足意見

裁判官宮川光治の補足意見は、次のとおりである。

私は、前記東京都教育委員会教育長の通達(以下「本件通達」という。)及びこれに基づく校長の教職員に対する職務命令等は、教職員の思想及び良心の核心に反する行為を行うことを強制することになり、憲法19条※7(思想及び良心の自由)に違反する可能性があると考えるが(最高裁平成22年(オ)第951号同23年6月6日第一小法廷判決・裁判所時報1533号3頁における私の反対意見参照)、被告人の本件行為が威力業務妨害罪の構成要件を充足し違法であることは疑いがなく、検察官の求刑懲役(げつ)罰金20万円にとどめて有罪とした1審判決を維持した原判決は是認できると考える。

被告人が、本件卒業式には違憲違法な本件通達に基づく「君が代斉唱時の起立斉唱」の強制が組み込まれていると考え、その事実を、ビラを配布したりして本件卒業式に参加する保護者等に知ってもらうとともに、国歌斉唱時に着席したままでいることに協力してもらいたいと呼び掛けをすることは、それがいわゆるパブリック・フォーラム(最高裁昭和59年(あ)第206号同年12月18日第三小法廷判決・刑集38巻12号3026頁における伊藤正己裁判官の補足意見参照)たる性質を有する場所、例えば校門前の道路等で行われるのであれば、原則として、憲法21条1項により表現の自由として保障される。また、本件卒業式が実施される体育館に赴いて、本件卒業式の開始前に、保護者席を歩いて回り、ビラを配布した行為は、威力を用いて卒業式式典の遂行業務を妨害したとは評価できない。しかし、続く被告人の行為が、本件卒業式の行われる体育館という場で、かつ、式の開始の直前(約18分前)に、大声を上げて呼び掛けをするという態様のものであれば、静穏かつ厳粛に本件卒業式を円滑に執り行うという業務を妨害するおそれがあるものとなるといえる。しかも、本件では、被告人は、保護者席の前方中央に立ち、保護者に対し大声で呼び掛けを行い、これに対し教頭や校長が制止したり退場を求めたりしたことは必要かつ合理的な行為であるというべきところ、これに従わず両名に対し怒号を浴びせ、その結果、会場内を一時喧噪状態に陥れ、本件卒業式の開式も遅れたという事実が認定できるのであるから、こうした一連の行為について、威力業務妨害罪の成立を認めても、憲法21条1項に違反するものではない。

また、本件は、場所、時を選ばずなされた行為の態様が問題なのであるから、正当行為及び正当防衛の主張に理由がないことは明らかである。


※1 憲法21条1項
 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
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※2 刑法234条(威力業務妨害)
 威力を用いて人の業務を妨害した者も、前条の例による。
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※3 憲法31条
 何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。
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※4 憲法35条
1項
 何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、第33条の場合を除いては、正当な理由に(もとづ)いて発せられ、()つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。
2項
 捜索又は押収は、権限を有する司法官憲が発する各別の令状により、これを行ふ。
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※5 刑訴法405条
 高等裁判所がした第1審又は第2審の判決に対しては、左の事由があることを理由として上告の(もうし)(たて)をすることができる。
1号
 憲法の違反があること又は憲法の解釈に(あやまり)があること。
2号
 最高裁判所の判例と相反する判断をしたこと。
3号
 最高裁判所の判例がない場合に、大審院若しくは上告裁判所たる高等裁判所の判例又はこの法律施行後の控訴裁判所たる高等裁判所の判例と相反する判断をしたこと。
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※6 刑訴法408条
 上告裁判所は、上告趣意書その他の書類によって、上告の申立の理由がないことが明らかであると認めるときは、弁論を経ないで、判決で上告を棄却することができる。
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※7 憲法19条
 思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。
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