要 約
検察事務官が告訴調書を作成しても、それで適法な口頭による告訴があったといえない。
主 文
本件控訴は之を棄却する。
理 由
本件控訴理由は末尾添付の控訴趣意書の通りである。
第1点について
検事は原審裁判所は本件強姦未遂の公訴事実について適法な被害者の告訴がないとの理由で公訴棄却の判決をしたが、本件については被害者に對する検察事務官Aの供述調書があって、右供述調書により被害者の口頭告訴の意思が明示されており、検察事務官は検事の補助者で且つ同事務官は検事の特命に基いて右供述調書を作成し之を検事に提出報告したのであるから、適法な告訴の受理があったものと言わねばならないと主張する。
しかし刑事訴訟法第241条によれば告訴は書面又は口頭で検察官又は司法警察員にこれをしなければならない。検察官又は司法警察員は口頭による告訴を受けたときは調書を作らなければならないと規定されておる。従って本件のように検察庁において口頭による告訴がなされた場合においては、検察官の作成名義の告訴調書が作られない限りは適法な告訴の受理があったとはいえない。もとより検察事務官は検察官を補佐し又はその指揮を受けて捜査を行うところのいわめる補助者であるから、被害者から口頭による告訴があった場合之を聴取し検察官に報告することはその職務ともいうべきである。しかしあくまでも検察事務官としては告訴を受理する権限を与えられていないのであるからたとへば検事の特命があったとしてもそれによって刑事訴訟法又はその他の法律の認めていない権限を行使することは許されない。従って右検察事務官が口頭による告訴をした被害者の供述調書を作成してもそれによって適法な告訴の受理があったことにはならない。
本件については検事の特命に基いて検察事務官Aが被害者の供述調書を作成し之を検事に提出報告した事実は認められるけれども、検事自ら所定の告訴調書を作成していないのであるから、本件告訴が適法に受理されていないこと明瞭である。
検事は司法巡査が告訴状を受取り之を司法警察員に取次いだ時は適法な親告罪の告訴となることは、判例学説の認むるところであって、本件も之と同様に解すべきであると主張し、明治41年11月13日の大審院判決を引用するけれども、所論の判決は誣告罪に属するものであって、誣告の場合においては虚偽の申告をして捜査処分の開始を捉すことによって犯罪行為は成立するのであるから、申告の相手方は捜査権を有する官吏又はその補助機関たる官吏であれば足りまた捜査官吏が之を受理したと否とを問わないものである。(大正2年10月4日大正3年11月3日各大審院判決)従って右引用の判決の結論は妥当と考えられる。しかるに親告罪における告訴の有無はいわゆる起訴条件であるから、それが有るといいうるのは法律の明定している要式を完備して始めていいうることである。所論大審院判決は本件の場合に適切でない。検事は告訴はいわゆる起訴条件で犯罪構成要件に該当する事実でないから公判において当事者間に争がなければ告訴の証明は必要がなくその証拠も告訴調書のみに限る必要がない。本件については告訴の有無について当事者間に争がなかったので検事も立証しなかったのであるから、もし結審後原審裁判所が疑問を抱いたのであれば弁論を再開すべきであったと主張するけれども、親告罪における告訴はいわゆる形式的訴訟条件であって、裁判所はその存否については職権を以って審理すべく、否むしろ当事者主義の強調せられる新刑事訴訟法の下においては、あえて裁判所の職権の発動を待つまでもなく、原告官たる検事は進んで訴訟条件の完備を立証する責任を負担しているものというべきである。当事者間に争がなければ告訴の証明は必要がないとの主張は刑事訴訟と民事訴訟とを混同した主張であり、且つ告訴せんとする意思が明瞭であっても、新刑事訴訟法が要式行為として規定している方式に合致した告訴がなければ訴訟法上は告訴は全くないのである。
本件については検事自身の告訴調書も司法警察員の告訴調書も作成された事實のないことが原審公判の経過により明瞭であるから、原審が本件公訴を棄却したのは正当である。
論旨は全て採用できない。
第2点について
検事は検察事務官Aは検察庁法第36条により大津区検察庁検察官事務取扱を命ぜられているので独立の捜査権を有するから本件告訴の受理は適法であると主張する。
しかし検察庁法第36条によれば、法務総裁は当分の間検察官が足りないため必要と認めるときは、区検察庁の検察事務官にその庁の検察官の事務を取り扱わせることができると規定しているので、大津区検察庁検察事務官Aが大津区検察庁検察事務官の地位において大津区検察庁検察官の事務を取り扱った場合ならば、それは大津区検察官の資格において行動したのであるからAの告訴受理は検察官による告訴の受理となる。従って本件供述調書による告訴の受理は適法と言わねばならない。しかるに同供述調書をみるに冒頭に大津地方検察庁において左の通り陳述したと記載し末尾に大津地方検察庁検察事務官Aと署名捺印されているのである。これによれば本件についてはAは大津地方検察庁の検察事務官として検察庁法第27条第2項の本来の検察事務官の職務を行うたものといわねばならない。すなわち検事の補助者として捜査をしたにすぎないこととなるのである。従って本件供述調書は検察官事務取扱Aの作成せるものでなく、検察事務官Aが作成したものとみるべきである。所論は検察庁法の規定を離れた独自の見解にすぎない。
第3点について
検事は本件は強姦未遂について告訴がなくとも本件公訴事実中には暴行脅迫の事実が含まれているから、之について裁判をしなかった原判決は審判の請求を受けた事件につき判決をしなかった場合に該当すると主張する。
しかし刑事訴訟法第378条第3号に審判の請求を受けた事件というのは、起訴状に記載せられた特定の事件をいうのであって、本件については強姦未遂事件そのものをいうのである。而して本件起訴状によれば公訴事実中所論暴行脅迫の事実は記載されているが罪名は単に強姦未遂と記載され、罰条として刑法第177条第179条のみを示しているにすぎない。しかも記録についてみるつて暴に検察官において訴因を予備的に追加する申立をした形跡もない。
従っ脅迫の点のみについていうならば、検察官は起訴する意思がなかったものと見るのが相当である(昭和25年6月8日最高裁判所第一小法廷決定参照)。原判決には所論の如き違法はない。
第4点について
検事は原審の科刑は軽きに失すると主張するけれども、所論を考慮に入れて記録に現われた諸般の情状を考察してみても原審の科刑は相当であって不当な量刑ではない。
よって刑事訴訟法第396条を適用して主文の通判決する。