東京高判昭35.2.11 昭和34年(う)第1529号:強姦未遂被告事件 高刑集13巻1号47頁

judgment 刑事訴訟法判例
この記事は約7分で読めます。
Sponsored Link
Sponsored Link

要 約

電話による告訴は、口頭による告訴として有効とはならない。

主 文

本件控訴を棄却する。

理 由

本件控訴の趣意は、検察官提出の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は弁護人提出の答弁書記載のとおりであるから、これらをここに引用し、これに対して次のとおり判断する。

ところで、所論は要するに原判決は本件公訴事実については適法な告訴があったものとは認め難いとの理由に基き本件公訴を棄却する旨の言渡をしたのであるが、右は訴訟手続の法令に違背し、不法に公訴を棄却したものであって到底破棄を免れないものと思料する旨主張する。

()って所論に基き本件記録を精査し、原判決を()細に検討勘案するに、原判決が本件公訴事実につき適法な告訴があったものと認め難いとの理由に基き本件公訴を棄却したのは(まこと)に相当であって、原判決にはいささかも所論の(ごと)く訴訟手続の法令に違背し、不法に公訴を棄却した違法は存しない。今その理由を詳説する。

本件については検事の特命に基いて検察事務官Aが被害者の供述調書を作成し之を検事に提出報告した事実は認められるけれども、検事自ら所定の告訴調書を作成していないのであるから、本件告訴が適法に受理されていないこと明瞭である。

ところで、本件公訴事実の要旨は、「被告人は、昭和33年9月7日頃東京都大田区ab丁目c番地所在A劇場内婦人便所において□□○○子(昭和24年1月22日生)を、同女か13才未満であることを知りながら、(かん)淫しようと決意し、同女のズロースをはずし陰茎を同女の陰部に強く押しあて姦淫しようとしたが、射精したためその目的を遂げなかったものである」というにあるのであるが、かかる強姦未遂の犯罪たるや、所謂(いわゆる)親告罪であって公訴提起の要件として適法な告訴を必要とするものであること洵に明らかである(刑法第180条第177条第179条)。

ここに告訴とは法律上告訴権を有する者が検察官若しくは司法警察員に対して犯罪事実を申告し、犯人の処罰を求める意思表示であって、その方法は書面若しくは口頭によることを要するのである(刑事訴訟法第230条乃至(ないし)第234条第241条)。

そこで本件につき右の如き告訴がなされたか否かを記録により審究するに、

()ず□□××子の司法警察員に対する昭和33年11月3日付告訴調書によると、右××子が司法警察員に対し口頭で、Bという人から長女の○○子が被害を受けた旨申し述べ、これについて厳重な処罰を求めていることが認められるけれども、()の調書だけでは○○子がいつ、()()で、()()なる被害を受けたか明らかでなく、(ただ)此の調書には同日付の○○子の司法警察員に対する供述調書の内容が引用されておるところから、両者を(そう)合すると、右××子が、Bなる者を加害者、○○子を被害者とする強姦未遂の事実について処罰を求めていることが認められるのである。そして右□□××子の昭和33年11月28日付D検事に対する供述調書中の供述記載によっても、本件につき処罰を求める趣旨の意思表示の存在することが認められるのである。

ところが原審証人□□△△の原審第1回公判調書中の供述記載、東京都大田区長作成の□□△△の戸籍謄本の記載によれば、前記××子は被害者○○子の継母であって親権者ではないことが明らかであって、本件につき告訴権を有しないのである。従って右□□××子の前記意思表示はこれを(もっ)て適法な告訴とは認め難いのである。

よって進んで、本件につき被害者○○子本人若しくは○○子の実父にして親権者たること右戸籍謄本により明らかな□□△△より本件公訴提起前に適法な告訴があったか否かを検討するに、被害者たる□□○○子の司法警察員に対する昭和33年11月3日付供述調書中の供述記載には、本件公訴事実に対応する記載があり(しこう)してその末尾に「今度からこんないやらしいことをしないようにして下さい」との記載があるのであるが、○○子は当時10才未満の少女であって完全な意思能力を有しないものと認められるのみならず、この程度の記載を以ってしては(いま)だ被害者たる○○子より口頭による告訴があったものとは到底認め難く、而して昭和33年12月1日付の電話聴取書によると、その内容欄に「昭和33年11月3日付をもって告訴致しましたBに対する強制わいせつ事件の告訴は取消致しませんから厳重な処分をお願い致します」との記載があり、その発信者欄には「大田区ab丁目d番地C別館内□□」との記載があり、受信者欄には「東京地方検察庁刑事部D検事」との記載があるのであるが、これと同聴取書に引用されている前記××子の告訴調書及び更に同調書に引用されている○○子の供述調書を綜合しても、□□××子より告訴を維持する旨の意思表示のあったものと認めるは格別、その意思表示が□□△△よりなされたものであるとは到底認められないのである。

ところが、原審証人D、同□□△△、同Eの原審公判調書中の各供述記載に、□□××子の前記告訴調書及び検察官に対する供述調書の各供述記載を綜合考察すると、原判決も説示する如く、事の経過は、本件捜査担当のD検事は、××子を○○子の実母であると信じて当然告訴権を有するものと速断し、右××子の司法警察員に対する告訴を有効であると考えていたが、××子が同検事に対し、告訴を維持するかどうかは夫と相談してきめたい旨述べていたので、たまたま同年12月1日○○子の父口□△△から被告人の保釈の件について問い合せて来た際、△△に告訴を維持するかどうかを確め、同人から「告訴を取消さないから厳重に処分を願う」旨の答を得て、その旨の電話聴取書を作成したことが認められるのである。従って右電話聴取書の発信欄の「□□」とあるのは実際は××子ではなく、△△であることが認められるのである。

そこで先ず電話による告訴が適法であるか否かを考察する。

ところで、検察官又は司法警察員は、口頭による告訴又は告発を受けたときは調書を作らなければならないのであるが(刑事訴訟法第241条第2項)、右調書の作成の方式について詳細な規定の設けられていないことは所論のとおりである。(しか)し所論の如く刑事訴訟法上口頭とある場合には当然電話による通話を包含するものと解することが同法の趣旨に適合するものと解すべき根拠はこれを発見し難いのであって、(むし)口頭とは本来対話者が直接相対し、その面前において行う応対を指すものとするのが通例であり、同法(あるい)は刑事訴訟規則において、口頭と規定する場合にも右の用例に従っているものと解せられるのであって(刑事訴訟法第65条第2項、刑事訴訟規則第129条第1項第209条第5項第296条第1、2項参照)、口頭による告訴の場合に限り当然に電話による対話を包含するものと解すべき根拠に乏しいものと解せられるのである。しかのみならず、表意者の(べん)別並にその意思表示の内容の明確を期するについて面前における対話と電話による場合とは必らずしもこれを同一に論じ難いことは(もち)論、更に刑事訴訟法が口頭による告訴の場合に調書の作成を必要としているのは、(ひっ)(きょう)表意者を特定し、その意思表示の内容を明確ならしめ、後に疑いを残すことのないよう配慮しているものに(ほか)ならないのであるが、この点についても、前者の場合には調書に表意者の署名押印を求めることにより、その内容の確実性を保障し得るに反し、後者の場合にはかかる保障を期待し難いのである。

従って以上(いず)れの点からしても電話による告訴は口頭形式の一場合として当然許容せられるものとは(にわか)に断じ難いのであって、仮に口頭の一形式として許容せられるとしても、調書により表意者並びにその意思表示の内容が特に明確にせられている場合に限るものと解するのが相当である。而して本件においては前記電話聴取書こそ(まさ)に口頭の告訴に基き作成せられた調書であると認められるのであるが、右電話聴取書の記載たるや前記の如く発信者欄には単に「□□」とあるのみであって、告訴をなした者が何人であるかその記載のみでは判明せず、内容に引用の他の告訴調書等を以ってしても、それを□□××子と認めるは格別、本件起訴前においてはそれが□□△△によってなされたものと認めらるべき資料は全然存在しないのである。

然し親告罪における告訴は起訴についての重要な訴訟条件たるものであるから、少くとも起訴の当時告訴した者が何人であるか、犯罪事実の如何(いかん)等の如き事項は、(もと)より明確であることを要し、仮令(たとい)それがその後の審理においてその不備の点を補充し得るとしても、それには自ら限度の存することは原判決説示のとおりである。然るに本件においては前段説示の如く電話聴取書における表意者の表示に明確を欠くのみならず、原審の審理の経過に徴するも、□□△△は単に告訴を取消さないから、厳重に処分を求める旨の音思を表示したに止り、何()具体的な犯罪事実を明示していないのであって、意思表示の内容からするも、未だ新たな告訴としての要件を備えているものとは認め難いのである。

以上説示の如く本件公訴事実については、本件公訴提起前において適法な告訴がなされたものと認むべき明確な資料は存在しないのであって(それは当審における事実取調の結果に徴するも極めて明らかである)、原判決が、本件電話聴取書の形式、内容の不備、該聴取書作成当時の捜査機関たるD検事及び□□△△の真意に対する解釈上の疑問の故に、本件につき適法な告訴がないとして本件公訴を棄却したのは洵に当然であって、所論は()べて採用し難い。論旨はその理由がない。

仍って刑事訴訟法第396条に(のっと)り主文のとおり判決する。

タイトルとURLをコピーしました