要 約
裁判所が証人尋問中に被告人を退廷させても、尋問終了後に被告人を入廷させたうえで証言の要旨を告げて証人尋問を促し、かつ、被告人が退廷している間、弁護人が終始尋問に立ち会って補充尋問もした場合は、被告人が証人に対して審問する機会を十分に与えなかったものということはできず、証人審問権を保障した憲法37条2項前段に違反しない。
主 文
本件上告を棄却する。
理 由
弁護人鍛治利一の上告趣意第1点について
本件第1審第1回公判調書を調べてみると、裁判長は、証人Aに対して、「今度の事件について証人として取調べをするが、Bがここにいては言い難いか」と問うたところ、Aが「はい」と答えたので、裁判長は、被告人に命じて同証人の訊問が終了するまで退廷させた上で、同証人に対し逐一訊問したこと所論の通りである。しかし沢田弁護人はこの証人訊問の間終始立会っていたのみならず、裁判長の訊問終了後、右の証人に対して十分補充訊問をしている。そして右補充訊問が終った後、裁判長は被告人を入廷させ、被告人に対し右証言の要旨を告げて意見を訊ねたところ、被告人は、「無理に関係したのではない」旨を答えた。被告人は更らに裁判長から、「証人に聞き度いことがあるか」と問われて、「別にありません、関係後Aと話したのは……。他にAに尋ねたいことも又言い度いこともありません」と述べ ている。
右のように第1審公判においては、裁判所は証人訊問中被告人を退廷させたけれども、訊問終了後被告人に証言の要旨を告げて、証人訊問を促がしたのであり(それにも拘らず、被告人自ら訊問しなかったのである)、且つ弁護人は終始訊問に立会い、自ら補充訊問もしたのであるから、これを以て、憲法37条2項※1に反して、被告人が証人に対して審問する機会を充分に与えなかったものということはできない。
尤も第2審に於ては、被告人及び弁護人から、Aを証人として申請したのに対し、裁判所はこれを却下しながら、第1審第1回公判調書中の同人の供述記載を証拠として採用している。しかし同人の供述については、既に第1審において、訊問する機会を被告人に与えられていること前記の通りであるから、第2審において重ねてその機会を与えることをしないでこれを証拠にとっても、刑訴応急措置法12条1項※2又は憲法37条2項に違反するものではない。
論旨は、憲法37条2項について独自の解釈を下し、証人の供述は、それが供述される際に被告人の反対訊問にさらされたものでなければ、これを証拠に採ることができないという見解を前提として、証人Aの供述には被告人の反対訊問の機会が与えられていないから、これを証拠に採用した原判決は、憲法の右規定に違背すると主張している。しかし憲法の右条項は、所論のような要請を含むものではなく、所論の証言については、第1審第1回公判に於て、反対訊問の機会を被告人に与えられているものと認むべきこと前記の通りである。それ故論旨は採用することができない。
同第2点について
当裁判所の判例(昭和23年(れ)第833号同24年5月18日大法廷判決)によれば、憲法37条2項は、被告人に反対訊問の機会を与えない証人その他の者の供述を録取した書類は、これを証拠とすることを絶対に許されないという意味を含むものではなく、従って刑訴応急措置法12条1項が、証人その他の者の供述を録取した書類又はこれに代わるべき書類は、被告人の請求があるとき、その供述者又は作成者を公判期日において訊問する機会を被告人に与えれば、これを証拠とすることができる旨を規定していることも、憲法の右条項に違反するものではない。所論Cに対する検事聴取書及びD作成の診断書については、被告人側からその供述者又は作成者の訊問を請求しなかったのであるから、原判決がこれを証拠として採用したことには、所論のような憲法違背はない。論旨は理由がない。
同第3点について
しかし強姦行為には必然的に処女膜の裂傷を伴うものではないから、処女を強姦しよって処女膜の裂傷を生ぜしめたときに、これを強姦致傷罪とすることは正当である。従って、原判決が本件に刑法181条※3を適用したことには、所論のような擬律錯誤の違法はなく、論旨は理由がない。
同第4点について
しかし原審第2回公判調書を調べてみると、被告人に最終陳述の機会が与えられていることが明白である。それ故論旨は採用することができない。
以上の理由により旧刑訴446条に従い主文の通り判決する。
この判決は裁判官全員一致の意見によるものである。
※1 憲法37条2項
刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与へられ、又、公費で自己のために強制的手続により証人を求める権利を有する。
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※2 刑訴応急措置法12条1項
証人その他の者(被告人を除く。)の供述を録取した書類又はこれに代わるべき書類は、被告人の請求があるときは、その供述者又は作成者を公判期日において訊問する機会を被告人に与えなければ、これを証拠とすることができない。但し、その機会を与えることができず、又は著しく困難な場合には、裁判所は、これらの書類についての制限及び被告人の憲法上の権利を適当に考慮して、これを証拠とすることができる。
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※3 刑法181条(平成7年改正前)
第176条乃至第179条の罪を犯し因て人を死傷に致したる者は無期又は3年以上の懲役に処す
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