要 約
①犯行の罪質、②動機、③態様(殊に殺害の手段方法の執拗性・残虐性)、④結果の重大性(殊に殺害された被害者の数)、⑤遺族の被害感情、⑥社会的影響、⑦犯人の年齢、⑧前科、⑨犯行後の情状等を総合的に考慮し、その罪責が極めて重大であって、罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑がやむを得ないと認められる場合には、特に酌量すべき事情がない限り、死刑を選択するほかない。
主 文
原判決を破棄する。
本件を広島高等裁判所に差し戻す。
理 由
検察官の上告趣意は、判例違反をいう点を含め、実質は量刑不当の主張であって、刑訴法405条※1の上告理由に当たらない。しかしながら、所論にかんがみ職権をもって調査すると、原判決は、下記1以下に述べる理由により破棄を免れない。なお、弁護人安田好弘、同足立修一は、当審弁論及びこれを補充する書面において、原判決が維持した第1審判決が認定する各殺人、強姦致死の事実について、重大な事実誤認がある旨を指摘する。しかし、その指摘は、他の動かし難い証拠との整合性を無視したもので失当であり、本件記録によれば、弁護人らが言及する資料等を踏まえて検討しても、上記各犯罪事実は、各犯行の動機、犯意の生じた時期、態様等も含め、第1、2審判決の認定、説示するとおり揺るぎなく認めることができるのであり、指摘のような事実誤認等の違法は認められない。
1 本件事案の概要及び原判決の要旨
⑴ 本件は、当時18歳の少年であった被告人が、白昼、配水管の検査を装って上がり込んだアパートの一室において、当時23歳の主婦(以下「被害者」という。)を強姦しようとしたが、激しく抵抗されたため、被害者を殺害した上で姦淫し、その後、同所において、激しく泣き続ける当時生後11か月の被害者の長女(以下「被害児」という。)をも殺害し、さらに、その後、同所において、被害者管理の現金等在中の財布1個を窃取した、という殺人、強姦致死、窃盗の事案である。
⑵ 原判決は、被告人に対する量刑について、次のように判示して第1審判決の無期懲役の科刑を維持した。
本件強姦致死及び殺人の各犯行は、その結果が誠に重大であるところ、犯行の動機に酌量の余地は全くない。また、犯行の態様は、冷酷で残虐なものであり、犯行後の情状も良くない。遺族らが被告人に対して極刑を望む心情は、十分理解することができ、本件が社会に与えた影響も大きい。したがって、被告人の刑事責任には極めて重大なものがあり、本件は、被告人を極刑に処することの当否を慎重に検討すべき事案である。
しかしながら、第1審判決が死刑を選択しない事由として説示する以下の点は、検察官が控訴趣意書において論難するが、誤りであるとはいえない。すなわち、本件は、強姦の点についてこそ計画的ではあるが、各被害者の殺害行為は計画的なものではない。また、被告人には、不十分ながらも、被告人なりの反省の情が芽生えるに至っていると評価でき、これに加え、被告人は、犯行当時18歳と30日の少年であり、内面の未熟さが顕著であること、これまで窃盗の前歴のみで、家庭裁判所から保護処分を受けたことがないなど犯罪的傾向が顕著であるとはいえないこと、被告人の実母が中学時代に自殺するなどその家庭環境が不遇で生育環境において同情すべきものがあり、それが本件各犯行を犯すような性格、行動傾向を形成するについて影響した面が否定できないこと、少年審判手続における社会的調査の結果においても、矯正教育による可塑性は否定されていないことなどの被告人自身に関する情状に照らすと、被告人について、矯正教育による改善更生の可能性がないとはいい難い。
そして、本件各犯行の罪質、動機、態様、結果の重大性、遺族の被害感情、社会的影響、被告人の年齢、前科、犯行後の情状等を総合し、近時の死刑求刑事案に関する量刑の動向等を併せて考察すると、本件について、極刑がやむを得ないとまではいえず、被告人を無期懲役に処した第1審判決の量刑を是認することができる。
2 当裁判所の判断
⑴ 死刑は、究極のしゅん厳な刑であり、慎重に適用すべきものであることは疑いがない。しかし、当審判例(最高裁昭和56年(あ)第1505号同58年7月8日第二小法廷判決・刑集37巻6号609頁)が示すように、死刑制度を存置する現行法制の下では、犯行の罪質、動機、態様殊に殺害の手段方法の執よう性・残虐性、結果の重大性殊に殺害された被害者の数、遺族の被害感情、社会的影響、犯人の年齢、前科、犯行後の情状等各般の情状を併せ考察したとき、その罪責が誠に重大であって、罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑がやむを得ないと認められる場合には、死刑の選択をするほかないものといわなければならない。
これを本件についてみると、被告人は、強姦によってでも性行為をしたいと考え、布テープやひもなどを用意した上、日中若い主婦が留守を守るアパートの居室を物色して被害者方に至り、排水検査の作業員を装って室内に上がり込み、被害者のすきを見て背後から抱き付き、被害者が驚いて悲鳴を上げ、手足をばたつかせるなど激しく抵抗するのに対して、被害者を姦淫するため殺害しようと決意し、その頸部を両手で強く絞め付けて殺害し、万一のそ生に備えて両手首を布テープで緊縛したり、同テープで鼻口部をふさぐなどした上、臆することなく姦淫を遂げた。さらに、被告人は、この間、被害児が被害者にすがりつくようにして激しく泣き続けていたことを意にも介しなかったばかりか、上記犯行後、泣き声から犯行が発覚することを恐れ、殺意をもって、被害児を持ち上げて床にたたき付けるなどした上、なおも泣きながら母親の遺体にはい寄ろうとする被害児の首に所携のひもを巻いて絞め付け、被害児をも殺害したものである。強姦を遂げるため被害者を殺害して姦淫し、更にいたいけな幼児までも殺害した各犯行の罪質は甚だ悪質であり、2名の尊い命を奪った結果も極めて重大である。各犯行の動機及び経緯に酌むべき点はみじんもなく、強姦及び殺人の強固な犯意の下に、何ら落ち度のない被害者らの生命と尊厳を相次いで踏みにじった犯行は、冷酷、残虐にして非人間的な所業であるといわざるを得ない。さらに、被告人は、被害者らを殺害した後、被害児の死体を押し入れの天袋に投げ入れ、被害者の死体を押し入れに隠すなどして犯行の発覚を遅らせようとし、被害者の財布を窃取しているなど、犯行後の情状も良くない。遺族の被害感情はしゅん烈を極め、これに対し、慰謝の措置は全く講じられていない。白昼、ごく普通の家庭の母子が自らには何の責められるべき点もないのに自宅で惨殺された事件として社会に大きな衝撃を与えた点も軽視できない。
以上の諸点を総合すると、被告人の罪責は誠に重大であって、特に酌量すべき事情がない限り、死刑の選択をするほかないものといわざるを得ない。
⑵ そこで、特に酌量すべき事情の有無について検討するに、原判決及びその是認する第1審判決が酌量すべき事情として掲げる事情のうち、被害者らの殺害について計画性がないという点については、確かに、被告人は、強姦については相応の計画を巡らせていたものの、事前に被害者らを殺害することまでは予定しておらず、被害者から激しい抵抗に遭い、また、被害児が激しく泣き叫ぶという事態に対応して殺意を形成したものにとどまることを否定できず、当初から被害者らを殺害することをも計画していた場合と対比すれば、その非難の程度には差異がある。しかしながら、被告人は、強姦という凶悪事犯を計画し、その実行に際し、反抗抑圧の手段ないし犯行発覚防止のために被害者らの殺害を決意して次々と実行し、それぞれ所期の目的も達しているのであり、各殺害が偶発的なものといえないことはもとより、冷徹にこれを利用したものであることが明らかである。してみると、本件において殺害についての計画性がないことは、死刑回避を相当とするような特に有利に酌むべき事情と評価するには足りないものというべきである。
また、原判決及び第1審判決は、被告人が、それなりに反省の情を芽生えさせていると見られることに加え、犯行当時18歳と30日の少年であったこと、犯罪的傾向も顕著であるとはいえないこと、その生育環境において同情すべきものがあり、被告人の性格、行動傾向を形成するについて影響した面が否定できないこと、少年審判手続における社会的調査の結果においても、矯正教育による可塑性が否定されていないこと、そして、これらによれば矯正教育による改善更生の可能性があることなどを指摘し、死刑を回避すべき事情としている。しかしながら、記録によれば、被告人は、捜査のごく初期を除き、基本的に犯罪事実を認めているものの、少年審判段階を含む原判決までの言動、態度等を見る限り、本件の罪の深刻さと向き合って内省を深め得ていると認めることは困難であり、被告人の反省の程度は、原判決も不十分であると評しているところである。被告人の生育環境についても、実母が被告人の中学時代に自殺したり、その後実父が年若い外国人女性と再婚して本件の約3か月前には異母弟が生まれるなど、不遇ないし不安定な面があったことは否定することができないが、高校教育も受けることができ、特に劣悪であったとまでは認めることができない。さらに、被告人には、本件以前に前科や見るべき非行歴は認められないが、いともたやすく見ず知らずの主婦をねらった強姦を計画した上、その実行の過程において、格別ちゅうちょした様子もなく被害者らを相次いで殺害し、そのような凶悪な犯行を遂げながら、被害者の財布を窃取した上、各死体を押し入れに隠すなどの犯跡隠ぺい工作をした上で逃走し、さらには、窃取した財布内にあった地域振興券を友人に見せびらかしたり、これでカードゲーム用のカードを購入するなどしていることに徴すれば、その犯罪的傾向には軽視することができないものがあるといわなければならない。
そうすると、結局のところ、本件において、しん酌するに値する事情といえるのは、被告人が犯行当時18歳になって間もない少年であり、その可塑性から、改善更生の可能性が否定されていないということに帰着するものと思われる。そして、少年法51条(平成12年法律第142号による改正前のもの)※2は、犯行時18歳未満の少年の行為については死刑を科さないものとしており、その趣旨に徴すれば、被告人が犯行時18歳になって間もない少年であったことは、死刑を選択するかどうかの判断に当たって相応の考慮を払うべき事情ではあるが、死刑を回避すべき決定的な事情であるとまではいえず、本件犯行の罪質、動機、態様、結果の重大性及び遺族の被害感情等と対比・総合して判断する上で考慮すべき一事情にとどまるというべきである。
以上によれば、原判決及びその是認する第1審判決が酌量すべき事情として述べるところは、これを個々的にみても、また、これらを総合してみても、いまだ被告人につき死刑を選択しない事由として十分な理由に当たると認めることはできないのであり、原判決が判示する理由だけでは、その量刑判断を維持することは困難であるといわざるを得ない。
⑶ そうすると、原判決は、量刑に当たって考慮すべき事実の評価を誤った結果、死刑の選択を回避するに足りる特に酌量すべき事情の存否について審理を尽くすことなく、被告人を無期懲役に処した第1審判決の量刑を是認したものであって、その刑の量定は甚だしく不当であり、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。
3 結 論
よって、刑訴法411条2号※3により原判決を破棄し、本件において死刑の選択を回避するに足りる特に酌量すべき事情があるかどうかにつき更に慎重な審理を尽くさせるため、同法413条本文※4により本件を原裁判所に差し戻すこととし、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
※1 刑訴法405条
高等裁判所がした第1審又は第2審の判決に対しては、左の事由があることを理由として上告の申立をすることができる。
1号
憲法の違反があること又は憲法の解釈に誤があること。
2号
最高裁判所の判例と相反する判断をしたこと。
3号
最高裁判所の判例がない場合に、大審院若しくは上告裁判所たる高等裁判所の判例又はこの法律施行後の控訴裁判所たる高等裁判所の判例と相反する判断をしたこと。
>>本文に戻る
※2 少年法51条(平成12年改正前)
罪を犯すとき18歳に満たない者に対しては、死刑をもって処断すべきときは、無期刑を科し、無期刑をもって処断すべきときは、10年以上15年以下において、懲役又は禁錮を科する。
>>本文に戻る
※3 刑訴法411条2号
上告裁判所は、第405条各号に規定する事由がない場合であっても、左の事由があって原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めるときは、判決で原判決を破棄することができる。
2号
刑の量定が甚しく不当であること。
>>本文に戻る
※4 刑訴法413条本文
前条に規定する理由以外の理由によって原判決を破棄するときは、判決で、事件を原裁判所若しくは第1審裁判所に差し戻し、又はこれらと同等の他の裁判所に移送しなければならない。
>>本文に戻る