要 約
追徴額の算定基準は、没収対象であった物の授受・取得後に価額が増減したとしても、それは物の授受・取得とは別個の原因に基づいて生じたものなので、物の授受・取得当時の価額となる。
主 文
原判決を破棄する。
被告人を懲役2年に処する。
但しこの裁判が確定した日から3年間右刑の執行を猶予する。
被告人から金96万7,510円を追徴する。
第1審における訴訟費用は国選弁護人永田喜与志に支給した分を除き被告人の負担とする。
理 由
弁護人大津廣吉の上告趣意第1点について
論旨は、原判決の憲法31条※1違反をいうが、その実質は単なる訴訟法違反の主張に帰し、適法な上告理由にあたらない。
同弁護人の上告趣意第2点について
原判決が、没収すべきものが没収することができなくなってその価額を追徴すべき場合には、没収刑を定めた法意に照らし、収賄時をもって基準とすべきではなく、没収不能となった時点の価額を追徴すべきものと解する旨判示したうえ、被告人に対し、本件加重収賄の収受物件である宅地が第三者に贈与されたため没収することができなくなった昭和38年3月22日当時のその宅地の価額138万9,150円と、本件における他の収賄金額10万円との合計148万9,150円を追徴すべきものとしたことは、所論のとおりであり、また論旨引用の大審院昭和4年(れ)第824号同年11月8日判決(刑集8巻601頁)が、賄賂の価額を追徴すべき場合にはその価額は賄賂の授受があった当時の価額によるものと解する旨判示していることも所論のとおりである。しかして収賄者は賄賂たる物を収受することによってその物のその当時の価額に相当する利益を得たものであり、その後の日時の経過等によるその物の価額の増減の如きは右収受とは別個の原因に基づくものにすぎないのであるから、没収に代えて追徴すべき金額はその物の授受当時の価額によるべきものと解するのが相当である。それゆえ、当裁判所は、右大審院の判例はなおこれを維持すべきものとする(なお検察官の引用する大審院昭和19年(れ)第464号同年9月29日判決、刑集23巻199頁は、賄賂として現金が授受された事案に関するものであり、一旦収受した右賄賂と同額の金銭を返還した場合に収賄者または贈賄者のいずれから追徴をなすべきかについて判示したものであるから、本件に適切でない。)。しからば、原判決は右大審院判例と相反する判断をした違法があり、論旨は理由がある。原判決は刑訴法405条3号※2、410条1項本文※3により破棄を免れない。
よって、同法413条但書※4により、被告事件につきさらに次のように判決する。
原判決の確定した事実(その引用する第1審判決別紙一覧表の記載事実をも含む。)に法律を適用すると、原判決判示第1の所為中加重収賄の点は刑法197条の3第1項※5、197条1項前段※6に、各有印虚偽公文書作成の点はいずれも同法156条※7、155条1項※8、60条※9に、各有印虚偽公文書行使の点はいずれも同法158条1項※10、156条、155条1項、60条に、原判決判示第2、第3の各所為はいずれも同法197条1項前段にそれぞれ該当する。しかして右加重収賄と各有印虚偽公文書作成、同行使とは、1個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、右判示第1の各罪については、同法54条1項前段※11、10条※12により最も重い加重収賄の罪の刑により処断すべく、これと判示第2、第3の各収賄罪とは同法45条前段※13の併合罪であるから、同法47条本文※14、10条により最も重い加重収賄の罪の刑に同法14条※15の制限内で法定の加重をした刑期範囲内で被告人を懲役2年に処し、情状により同法25条1項※16を適用してこの裁判が確定した日から3年間右刑の執行を猶予することとする。なお、被告人が原判決判示第1のとおり賄賂として収受した宅地は、昭和38年3月22日被告人から情を知らないAに贈与され没収不能となったこと、被告人が右宅地を収受した当時におけるその価額は86万7,510円であったことはいずれも原判決の認定するところであるから、これとその余の収賄金額10万円との合計96万7,510円を同法197条の5※17により被告人から追徴することとし、第1審における訴訟費用(但し国選弁護人永田喜与志に支給した分は第1審における相被告人Bに関するものであるからこれを除く。)につき刑訴法181条1項本文※18を適用して、主文のとおり判決する。
この判決は、裁判官田中二郎、同大隅健一郎の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。
裁判官田中二郎の反対意見
裁判官田中二郎の反対意見は、次のとおりである。
刑法197条の5は、犯人の収受した賄賂はこれを没収すべきものとし、その全部又は一部を没収することができないときは、「其価額を追徴す」べきものと規定している。本件の問題は、「其価額」は、いつの時点を基準として算定すべきかの点にある。この点について、多数意見は、「収賄者は賄賂たる物を収受することによってその物のその当時の価額に相当する利益を得たものであり、その後の日時の経過等によるその物の価額の増減の如きは右収受とは別個の原因に基づくものにすぎないのであるから、没収に代えて追徴すべき金額はその物の授受当時の価額によるべきものと解するのが相当である」という。しかし、私は、没収及びこれに代わる追徴の性質にかんがみ、右の多数意見には賛成することができない。むしろ、原判決の判示するように、没収すべき物の没収が不能となったために、その価額を追徴すべき場合には、没収不能となった時点におけるその物の価額を追徴すべきもので、この点の原判決の判断は正当であり本件上告は棄却すべきものと考える。その理由は、次のとおりである。
1 没収は、犯罪に関係のある物件の所有権を剥奪して国に帰属させることを目的とした附加刑であり、主刑に附加してこれを科することによって科刑の目的を全うしようとするものである。それが、一面において、制裁的な意味合いをもつことを全く否定し去ることはできないが、特にこれを「附加刑」としているのは、主刑と異なり、多分に保安処分的性質をもつものであるからにほかならない。そして、追徴は、没収を科すべき場合であることを前提とし、本来没収すべきものが法定の事由によって没収することができなくなった場合に、これに代えて補充的・代替的に科せられるべきものであることは、法文上、明らかである。それは、没収されるべき犯罪貨物等の所有者が得た利益を剥奪することによって、犯人をして、犯罪により利得させるようなことがないようにし、又は犯罪貨物等の滅失毀損若しくは第三者への譲渡等によって、犯人をして、不当に没収を免れるようなことがないようにするためである。若し犯罪貨物が滅失したり第三者に譲渡されたりして、没収が不能となった場合に、何らの措置をとり得ないとすれば、没収を科せられるべき犯罪貨物の所有者をして、故意に没収不能の事態を招来させ、結果的には、不当に利益を保有させることになるおそれを免れない。そこで、これにそなえて、没収に代わる追徴を補充的・代替的な一種の保安処分として認める必要が生ずるのである。(なお、右の没収及びこれに代わる追徴の性質については、かつて、関税法による没収及び追徴に関する最高裁判所昭和39年7月1日大法廷判決刑集18巻6号302頁以下に述べた私の少数意見を参照されたい。)
2 没収及び追徴の性質が右述のとおりであるとすれば、犯人が収受した賄賂の全部又は一部を没収することができない場合に、その没収に代えて補充的・代替的に科せられるべき追徴は、正に賄賂の目的物を没収することが不能となった時を基準として、その価額を科すべきものとするのが、収賄者をして賄賂による利益を保持させないことを目的として定められた法文の文理にそう解釈であるのみならず、追徴の補充的・代替的性質にも合する合理的な解釈であるといわなければならない。
収賄者の授受した賄賂の目的物は、日時の経過等によって、その価額の増減を生ずるのが通例であるが、仮りにその価額が増大する場合を考えると、収賄者がその増大した価額でその目的物を処分し、その結果として、その没収が不能となった場合に、目的物の授受時を基準としてその時の価額を追徴したのでは、収賄者に価額の増大した分だけの利益を不当に保有させる結果となり、追徴の叙上の趣旨に照らし、不当といわざるを得ず、また、仮りにその価額が減少する場合を考える(例えばテレビその他消耗品の場合がこれにあたる。)と、その間、収賄者は何らかの利益を受けることになるが、収賄者が目的物をそのまま保有していたとすれば、当然その状態における目的物が没収されることになるのであるから、その没収に代わる追徴が、その目的物の価額、すなわち、本来没収すべくして没収することができなくなった状態におけるその目的物の価額(テレビ等を使用し、そのために減価した価額)についてされることにしても、必ずしも不当とはいえない。むしろ、追徴が没収の補充的・代替的性質のものであることの当然の結果ということができる。
これを本件についてみると、若し被告人が本件賄賂の目的物である宅地をそのまま保有していたならば、当然その状態において没収されるべきであったのであり、被告人がこれを処分したことにより、現実に138万9,150円相当の利益を得たものと認められるから、収賄者にその利益を保持させないことを目的とする追徴制度の趣旨からいって、右価額を追徴するのが相当といわなくてはならない。
右と同趣旨に出た原判決は正当であり、多数意見のような見解をとるときは、追徴制度の趣旨に反し、被告人になお不当に利益を保持させることとならざるを得ないと考える。
裁判官大隅健一郎の反対意見
裁判官大隅健一郎の反対意見は、次のとおりである。
収賄罪において犯人の収受した賄賂は没収すべきであるが、その全部または一部を没収することができないときは、その価額を追徴すべきものとされている(刑法197条の5)。没収は、犯罪に関係ある物件の所有権を剥奪して国庫に帰属せしめる附加刑であって、主刑に附加してこれを科することにより科刑の目的を全うしようとするものであるが、その実質においては、刑罰であるよりは、多分に保安処分的色彩を有するものと解せられる。そして追徴は、本来没収を科すべき場合に没収すべきものが没収できなくなった場合、これに代えて補充的に科せられる換刑処分であって、犯人をして犯罪による利得を保持させないようにする没収の趣旨を貫徹する目的に出たものである。
ところで、刑法197条の5は、犯人の収受した賄賂の全部または一部を没収することができないときは、「その価額」を追徴すべきものとしているが、いわゆるその価額とは、右に見た追徴制度の目的にかんがみれば、裁判言渡の時における賄賂の目的物の価額を意味するものと解するのが、最も理論的であると考えられる。けだし、収賄者が賄賂の目的物の保持を継続し、没収の言渡を受けたとすれば失ったであろう利得相当額を追徴するのが、前述した追徴制度の趣旨にそうゆえんであると認められるからである。ドイツの学説がこれと同じ見解をとっているのは、理由のないことではないと思う。ただ、この見解によると、裁判言渡時の価額を裁判中に予測して決定することを要し、また、1審が無罪で2審で破棄自判または破棄差戻をする場合に、どの裁判言渡時を標準としてその価額を定むべきかの問題を生ずるなど、若干の技術的難点があるのを免れない。その点を考慮すれば、賄賂の目的物につき没収不能の事由を生じた時を標準として右の価額を定むべきものと解するのが、実際上は適当であるといえるであろう。いずれにしても、賄賂の授受があった時を標準として右の価額を定むべきものとする多数意見の見解には、にわかに賛成することができない。
多数意見は、収賄者は賄賂たる物を収受することによってその物のその当時の価額に相当する利益を得たものであり、その後の日時の経過等によるその物の価額の増減の如きは右収受とは別個の原因に基づくにすぎないのであるから、没収に代えて追徴すべき金額はその物の授受当時の価額によるべきものと解するのが相当であるとする。賄賂が授受された後にその目的物の価額が減少した場合に、没収に当たり減少した価額に相当する金額が別に追徴されるのであれば、右の見解が正当であるといわなければならないであろうが、没収は賄賂の目的物の価額が後に減少した場合(ことに収賄者がその物を使用して利益を享受したことにより価額が減少した場合)にも、その状態における物についてなされるのみである。してみれば、没収に代えて追徴すべき金額がその物の授受当時の価額によるべきであるとする合理的理由は見出しがたく、かえって、没収に代えて追徴すべき金額は没収すべくして没収することができなくなった状態における物の価額によるべきものと解するのが相当であるといわざるをえない。その理は、本件におけるように賄賂の目的物の価額が後になって増大した場合においても、異なるところはない。
以上の理由により、原判決が、没収すべきものが没収することができなくなってその価額を追徴すべき場合には、没収刑を定めた法意に照らし、収賄時をもって基準とすべきではなく、没収不能となった時点の価額を追徴すべきである旨判示しているのは正当であって、本件上告は棄却すべきものと考える。
※1 憲法31条
何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。
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※2 刑訴法405条3号
高等裁判所がした第1審又は第2審の判決に対しては、左の事由があることを理由として上告の申立をすることができる。
3号
最高裁判所の判例がない場合に、大審院若しくは上告裁判所たる高等裁判所の判例又はこの法律施行後の控訴裁判所たる高等裁判所の判例と相反する判断をしたこと。
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※3 刑訴法410条1項本文
上告裁判所は、第405条各号に規定する事由があるときは、判決で原判決を破棄しなければならない。
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※4 刑訴法413条ただし書
但し、上告裁判所は、訴訟記録並びに原裁判所及び第1審裁判所において取り調べた証拠によって、直ちに判決をすることができるものと認めるときは、被告事件について更に判決をすることができる。
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※5 刑法197条の3第1項(平成7年改正前)
公務員又は仲裁人前2条の罪を犯し因て不正の行為を為し又は相当の行為を為さざるときは1年以上の有期懲役に処す
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※6 刑法197条1項前段(昭和55年改正前)
公務員又は仲裁人其職務に関し賄賂を収受し又は之を要求若くは約束したるときは3年以下の懲役に処す
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※7 刑法156条(平成7年改正前)
公務員其職務に関し行使の目的を以て虚偽の文書若くは図画を作り又は文書若くは図画を変造したるときは印章、署名の有無を区別し前2条の例に依る
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※8 刑法155条1項(平成7年改正前)
行使の目的を以て公務所又は公務員の印章若くは署名を使用して公務所又は公務員の作る可き文書若くは図画を偽造し又は偽造したる公務所又は公務員の印章若くは署名を使用して公務所又は公務員の作る可き文書若くは図画を偽造したる者は1年以上10年以下の懲役に処す
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※9 刑法60条(平成7年改正前)
2人以上共同して犯罪を実行したる者は皆正犯とす
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※10 刑法158条1項(昭和62年改正前)
前4条に記載したる文書又は図画を行使したる者は其文書又は図画を偽造若くは変造し又は虚偽の文書若くは図画を作り又は不実の記載を為さしめたる者と同一の刑に処す
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※11 刑法54条1項前段(平成7年改正前)
1個の行為にして数個の罪名に触れ……るときは其最も重き刑を以て処断す
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※12 刑法10条(平成7年改正前)
1項
主刑の軽重は前条記載の順序に依る但無期禁錮と有期懲役とは禁錮を以て重しとし有期禁錮の長期有期懲役の長期の2倍を超ゆるときは禁錮を以て重しとす
2項
同種の刑は長期の長きもの又は多額の多きものを以て重しとし長期又は多額の同じきものは其短期の長きもの又は寡額の多きものを以て重しとす
3項
2個以上の死刑又は長期若くは多額及び短期若くは寡額の同じき同種の刑は犯情に依り其軽重を定む
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※13 刑法45条前段(平成7年改正前)
確定裁判を経ざる数罪を併合罪とす
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※14 刑法47条本文(平成7年改正前)
併合罪中2個以上の有期の懲役又は禁錮に処す可き罪あるときは其最も重き罪に付き定めたる刑の長期に其半数を加えたるものを以て長期とす
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※15 刑法14条(平成7年改正前)
有期の懲役又は禁錮を加重する場合に於ては20年に至ることを得之を減軽する場合に於ては1月以下に降すことを得
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※16 刑法25条1項(平成3年改正前)
左に記載したる者3年以下の懲役若くは禁錮又は5,000円以下の罰金の言渡を受けたるときは情状に因り裁判確定の日より1年以上5年以下の期間内其執行を猶予することを得
1号
前に禁錮以上の刑に処せられたることなき者
2号
前に禁錮以上の刑に処せられたることあるも其執行を終り又は其執行の免除を得たる日より5年以内に禁錮以上の刑に処せられたることなき者
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※17 刑法197条の5(平成7年改正前)
犯人又は情を知りたる第三者の収受したる賄賂は之を没収す其全部又は一部を没収すること能はざるときは其価額を追徴す
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※18 刑訴法181条1項本文
刑の言渡をしたときは、被告人に訴訟費用の全部又は一部を負担させなければならない。
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