要 約
信用毀損罪(刑法233条前段)の保護法益である信用は、経済的側面における人の社会的評価をいい、これには、人の支払意思又は能力のほか、販売される商品の品質に対する社会的な信頼も含まれる。
主 文
本件上告を棄却する。
理 由
弁護人奥村徹の事件受理申立て理由、同弁護人の刑法233条にいう「信用」の意義に関する上告趣意について
所論は、原判決の刑法233条にいう「信用」の意義に関する判断が、同条の解釈を誤り、所論引用の大審院の各判例に違反するというのである。
しかし、上記所論は、次のとおり、理由がない。
1 原判決の是認する第1審判決の認定によると、被告人は、コンビニエンスストアで買った紙パック入りオレンジジュースに次亜塩素酸イオン等を成分とする家庭用洗剤を注入した上、警察官に対して、上記コンビニエンスストアで買った紙パック入りオレンジジュースに異物が混入していた旨虚偽の申告をし、警察職員からその旨の発表を受けた報道機関をして、上記コンビニエンスストアで異物の混入されたオレンジジュースが陳列、販売されていたことを報道させたというのである。
そうすると、被告人は、粗悪な商品を販売しているという虚偽の風説を流布して、上記コンビニエンスストアが販売する商品の品質に対する社会的な信頼を毀損したというべきところ、原判決は、刑法233条にいう「信用」には、人の支払能力又は支払意思に対する社会的な信頼のほか、販売する商品の品質等に対する社会的な信頼が含まれるとして、被告人の上記行為につき同条が定める信用毀損罪の成立を認めた。
2 所論引用の大審院の判例のうち、大審院大正5年(れ)第2605号同年12月18日判決・刑録22輯1909頁及び大審院昭和8年(れ)第75号同年4月12日判決・刑集12巻5号413頁は、人の支払能力又は支払意思に対する社会的な信頼を毀損しない限り、信用毀損罪は成立しないとしたものであるから、原判決は、上記大審院の各判例と相反する判断をしたものといわなければならない。
しかし、【要旨】刑法233条が定める信用毀損罪は、経済的な側面における人の社会的な評価を保護するものであり、同条にいう「信用」は、人の支払能力又は支払意思に対する社会的な信頼に限定されるべきものではなく、販売される商品の品質に対する社会的な信頼も含むと解するのが相当であるから、これと異なる上記大審院の各判例は、いずれもこれを変更し、原判決を維持すべきである。
所論引用のその余の大審院の判例は、事案を異にして本件に適切でない。
同弁護人のその余の上告趣意について
所論のうち、判例違反をいう点は、所論引用の判例が事案を異にして本件に適切でなく、その余は、事実誤認、単なる法令違反、量刑不当の主張であって、いずれも刑訴法405条※1の上告理由に当たらない。
よって、刑訴法410条2項※2、408条※3により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
※1 刑訴法405条
高等裁判所がした第1審又は第2審の判決に対しては、左の事由があることを理由として上告の申立をすることができる。
1号
憲法の違反があること又は憲法の解釈に誤があること。
2号
最高裁判所の判例と相反する判断をしたこと。
3号
最高裁判所の判例がない場合に、大審院若しくは上告裁判所たる高等裁判所の判例又はこの法律施行後の控訴裁判所たる高等裁判所の判例と相反する判断をしたこと。
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※2 刑訴法410条2項
第405条第2号又は第3号に規定する事由のみがある場合において、上告裁判所がその判例を変更して原判決を維持するのを相当とするときは、前項の規定は、これを適用しない。
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※3 刑訴法408条
上告裁判所は、上告趣意書その他の書類によって、上告の申立の理由がないことが明らかであると認めるときは、弁論を経ないで、判決で上告を棄却することができる。
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