要 約
印章を偽造し、これを使用して文書を偽造したときは、印章偽造罪は文書偽造罪に吸収されるので、偽造印は印章偽造罪の生成物件として刑法19条1項3号によってではなく、文書偽造罪の供用物件として刑法19条1項2号により没収される。
事 実
第2審は左記の如く事實の認定及法律の適用を爲し被告人を懲役8月に處し原審に於ける未決勾留日數中30日を右本刑に算入す押收の木製認印5個は之を没收する旨の判決を爲したり
被告人は東京市神田區松下町5番地に於て北信堂なる名稱の下に印刷業を営み來りたるものなるところ昭和5年9月頃より営業不振に陥り其の資金に窮し居りたる折柄昭和6年1月10日頃東京朝日新聞紙上に於て同市麹町區丸の内郵船ビルディング内山口事務所山口晋一に於て官廰又は大會社に對する納品代金債権を擔保に金融する旨の廣告を見るや自己が豫て大阪商船株式會社東京支店及横濱支店竝富士電機製造株式會社と些少の取引ありたることを想起し右大阪商船株式會社東京支店及横濱支店竝富士電機製造株式會社川崎工場購買係員名義の文書を僞造行使し右會社に對する虚僞の納品代金債権を擔保と爲し右山口晋一等を欺罔して金員を騙取とせんことを企て
第1 昭和6年4月22日前記自己店舗に於て行使の目的を以て受領書用紙1通に擅に大阪商船株式會社東京支店が北信堂より代金850圓に相當する印刷物を受領したる旨を記載し尚之に僞造に係る「小山(」)と刻したる右會社東京支店購買主任小山龍の印章(昭和7年押第80號の10)を押捺し以て右會社東京支店名義の受領書1通を僞造したる上同日前記山口事務所に於て同事務所事業主任笠原晴夫に對し右受領書を眞正に成立したるものの如く装い之を同人に提出行使し右受領書に記載しある右會社東京支店に對する納品代金債権を擔保に金融せられ度き旨申詐りて同人を欺罔し因て同日同所に於て同人をして手形割引名義の下に右山口晋一所有の金530圓位を自己に交付せしめて之を騙取し
第2 同年同月2(、)23日頃前記自己店舗に於て各行使の目的を以て受領書用紙3通に連續して擅に右會社横濱支店が北信堂より代金合計98圓合計228圓竝合計231圓に各相當する印刷物を受領したる旨を記載し尚之に孰れも僞造に係る「西原」と刻したる右會社横濱支店購買主任西原隆利の印章(前同押號)を押捺し以て右會社横濱支店名義の受領書3通を僞造したる上同年同月24日前記山口事務所に於て右笠原晴夫に對し右受領書3通が孰れも眞正に成立したるものの如く装い之を同人に一括して提出行使し右3通に記載しある右會社横濱支店に對する納品代金債権を擔保に金融せられ度き旨申詐りて同人を欺罔し因て同日同所に於て同人をして手形割引名義の下に右山口晋一所有の金193圓位を自己に交付せしめて之を騙取し
第3 同年同月25(、)6日前記自己店舗に於て各行使の目的を以て受領書用紙6通を使用し連續して擅に内1通には右會社東京支店が北信堂より代金390圓に相當する印刷物を受領したる旨を記載し尚之に前記僞造に係る「小山」なる印章を押捺し内5通には右會社横濱支店が北信堂より代金18圓68圓9圓合計48圓50銭竝18圓40銭に各相當する印刷物を受領したる旨を夫々記載し尚之に孰れも前記僞造に係る「西原」なる印章を押捺し以て右會社東京支店名義の受領書1通及右會社横濱支店名義の受領書5通を僞造したる上同年同月28日前記山口事務所に於て右笠原晴夫に對し右受領書6通が孰れも眞正に成立したるものの如く装い之を同人に一括して提出行使し右6通に記載しある右會社東京支店及横濱支店に對する商品代金債権を擔保に金融せられ度き旨申詐りて同人を欺罔し因て同所に於て同人をして手形割引名義の下に右山口晋一所有の金270圓位を次で同年同月20日右晋一所有の金163圓位を孰れも自己に交付せしめて之を騙取し
第4 同年5月23日頃前記自己店舗に於て各行使の目的を以て受領書用紙3通に連續して擅に右會社横濱支店が北信堂より代金合計86圓合計296圓竝に31圓に各相當する印刷物を受領したる旨を記載し尚之に孰れも前記僞造に係る「西原」なる印章を押捺し以て右會社横濱支店名義の受領書3通を僞造したる上同年同月5日前記山口事務所に於て右笠原晴夫に對し右受領書3通が眞正に成立したるものの如く装い之を同人に一括して提出行使し右3通に帰しある右會社横濱支店に對する納品代金債権を擔保に金融せられ度き旨申詐りて同人を欺罔し因て同日同所に於て同人をして手形割引名義の下に右山口晋一所有の金338圓位を自己に交付せしめて之を騙取し
第5 同年同月13(、)4日頃前記自宅店舗に於て各行使の目的を以て受領書用紙2通に連續して擅に右會社横濱支店が北信堂より代金合計91圓竝合計112圓に各相當する印刷物を受領したる旨を記載し尚之に孰れも前記僞造に係る「西原」なる印章を押捺し以て右會社横濱支店名義の受領書2通を僞造したる上同年同月16日前記山口事務所に於て右笠原晴夫に對し右受領書2通が眞正に成立したるものの如く装い之を同人に一括して提出行使し右2通に記載しある右會社横濱支店に對する納品代金債権を擔保に金融せられ度き旨申詐りて同人を欺罔し因て同日同所に於て同人をして手形割引名義の下に右山口晋一所有の金193圓位を自己に交付せしめて之を騙取し
第6 同年同月21(、)2日頃前記自己店舗に於て各行使の目的を以て受領書用紙3通に連續して擅に右會社横濱支店が北信堂より代金42圓36圓竝合計231圓に相當する印刷物を受領したる旨を記載し尚之に孰れも前記僞造に係る「西原」なる印章を押捺し以て右會社横濱支店名義の受領書3通を僞造したる上同年同月23日前記山口事務所に於て右笠原晴夫に對し右受領書3通が眞正に成立したるものの如く装い之を同人に一括して提出行使し右3通に記載しある右會社横濱支店に對する納品代金債権を擔保に金融せられ度き旨申詐りて同人を欺罔し因て同日同所に於て同人をして手形割引名義の下に右山口晋一所有の金292圓位を自己に交付せしめて之を騙取し
第7 同年同月22(、)3日頃前記自己店舗に於て行使の目的を以て富士電機製造株式會社川崎工場の納品檢收票用紙1通に擅に右會社川崎工場が被告人より同年同月20日代金1360圓に相當する印刷物の納入を受け之を檢收したる旨を記載し之に僞造に係る「富士電機購買係之印」と刻したる印章(前同押號)を押捺し尚僞造に係る「大泉」及「齋藤」と刻した印章(前同押號)を押捺し以て富士電機製造株式會社購買係員名義の納品檢收票用紙1通を僞造したる上同年同月25日前記山口事務所に於て右笠原晴夫に對し右1通が眞正に成立したるものの如く装い之を同人に提出行使し右1通に記載しある右會社に對する納品代金債権を擔保に金融せられ度き旨申詐り同人を欺罔し因て同日同所に於て同人をして手形割引名義の下に右山口晋一所有の金890圓位を自己に交付せしめて之を騙取し
第8 同年同月27(、)8日頃前記自己店舗に於て各行使の目的を以て受領書用紙6通に連續して擅に大阪商船株式會社東京支店が北信堂より代金合計86圓合計213圓35圓77圓合計146圓竝165圓に各相當する印刷物を受領したる旨を記載し尚之に孰れも前記僞造に係る「小山」なる印章を押捺し以て右會社東京支店名義の受領書6通を僞造したる上同年同月29日前記山口事務所に於て右笠原晴夫に對し右受領書6通が眞正に成立したるものの如く装い之を同人に一括して提出行使し右6通に記載しある右會社東京支店に對する納品代金債権を擔保に金融せられ度き旨申詐りて同人を欺罔し因て同日同所に於て同人をして手形割引名義の下に右山口晋一所有の金575圓位を自己に交付せしめて之を騙取し
たるものにして上敍被告人の私文書僞造僞造私文書行使竝詐欺の各行爲は孰れも犯意繼續に係るものとす
法律に照すに被告人の判示所爲中私文書偽造の點は各同法第161條第1項※1第159條第1項※2に詐欺の點は同法第246條第1項※3第55條※4に夫々該當するところ判示第2乃至第6及第8の僞造受領書行使の各所爲は孰れも1個の行爲にして數個の罪名に觸るるものなるを以て同法第54條第1項前段※5第10條※6を適用し判示第2に付ては犯情最も重き代金合計231圓に相當する印刷物を受領したる旨の僞造受領書行使罪の刑に判示第3に付ては犯情最も重き代金390圓に相當する印刷物を受領したる旨の僞造受領書行使罪の刑に判示第4に付ては犯情最も重き代金合計296圓に相當する印刷物を受領したる旨の僞造受領書行使罪の刑に判示第5に付ては犯情最も重き代金合計112圓に相當する印刷物を受領したる旨の僞造受領書行使罪の刑に判示第6に付ては犯情最も重き代金合計231圓に相當する印刷物を受領したる旨の僞造受領書行使罪の刑に判示第8に付ては犯情最も重き代金合計213圓に相當する印刷物を受領したる旨の僞造受領書行使罪の刑に夫々依るべく右僞造私文書行使各行為は連續犯なるを以て同法第55條に則り1罪とし右私文書僞造僞造私文書行使竝詐欺の間には順次手段結果の關係あるを以て同法第54條第1項後段※7第10條に則り最も重き詐欺罪の刑に従い其の刑期範圍内に於て被告人を懲役8月に處し尚同法第21條に則り原審に於ける未決勾留日數中30日を右本刑に算入し押收物件中「小山」と刻したる印章(昭和7年押第80號の10)は判示第1の私文書僞造の行爲に「西原」と刻したる印章(前同押號)は判示第2の私文書僞造の行爲に「大泉」「齋藤」及「富士電機購買係之印」と刻したる印章(前同押號)は判示第7の私文書僞造の行爲に夫々供したるものにして且孰れも犯人以外の者に属せざるを以て同法第19條第1項第2號第2項※8に則り全部之を没收すべきものとす
主 文
本件上告は之を棄却す
理 由
辯護人横田眞一上告趣意書第3點原判決は擬律錯誤の違法あり即ち「被告人の判示所爲中私文書僞造の點は刑法第159條第1項第55條に僞造私文書行使の點は各同法161條第1項第159條第1項に詐欺の點は同法246條第1項第55條に夫々該當する所」と判示したれども私文書を僞造し之を行使したるときは刑法159條の罪と刑法161條の罪が成立するに非ずして刑法第159條の罪は刑法第161條の罪に吸收せられ同條の罪のみ成立するものなることは御院判例の示す所にして若し原判決の如く両法條を適用するものなりとせんが更に刑法第167條※9の印章僞造罪をも併科するに非ざれば理論上不當なる結果を來すべし且僞造私文書行使の罪に對し刑法第161條第1項同法第159條第1項を適用問擬したれども行使罪は第161條第1項の定むる所なれば單に同條のみを適用すれば足りるものなるに敢て第159條第1項をも適用したる原判決は不法なる判決なりと謂わざるべからずと云うに在り
仍て案ずるに舊刑法に在りては詔書(第202條)を除く其の他の文書に付ては之が僞造を僞造として獨立に處罰することなく其の行使に至るを待ちて行使と併せ之を處罰する旨規定しありたるを以て同法條の解釋としては僞造罪は行使罪に吸收せられて別罪を構成するものに非ずと觀たること當然にして此の趣旨に出でたる判例の存すること寔に所論の如しと雖現行法に在りては舊刑法に於けると異り一切の文書に付僞造罪は之を行使罪と區別して各獨立に處罰すべき旨規定し在るが故に自ら其の解釋を異にするものと謂わざるべからず今之を私文書に付て見るに其の僞造は第159條に其の行使は第161條に規定し在りて各其の法條を異にするのみならず第161條の罪は第159條所定の事實を其の構成要件と爲さざるを以て私文書を僞造して行使したる者ありたるときは行使罪の外僞造罪を以ても其の罪責を問わざるべからざるべく而して右2罪は通常手段結果の關係に在るものなるが故に刑法第54條第1項後段を以て論ずべきものたるや言を俟たず然らば所論の如く私文書を僞造して行使したる場合に於て行使罪1罪を以て問擬すべしと爲す論旨前段は理由なく又刑法第159條第1項所定の文書僞造罪は印章僞造をも其の犯罪構成要件と爲せるが故に印章僞造を別個獨立に問わざるべからずとなす所論攻撃は當らざるものと謂うべく論旨後段も亦理由なし
第5點原判決は本件僞造文書に押捺したる僞造印は私文書僞造の行爲に夫々供したるものにして且何れも犯人以外の者に属せざるを以て同法第19條第1項第2號第2項に則り之を没收すべきものなる旨を判示したれども文書僞造の用に供したる僞造印は犯罪行爲より生じたるものにして法第19條第1項第3號※10に依り没收すべきものなること御院判例の示す所にして原判決の如く法第19條第1項第2號に依り之を没收したるは法律の適用を誤りたるの違法ある判決なりと云うに在れども所論僞造印章は文書僞造の用に供したるものなるを以て刑法第19條第1項第2號第2項を適用して之を没收したる原判決は相當にして印章僞造罪のみを理由として僞造印を没收する場合の判例を以て難する所論攻撃は理由なし(其の他の上告論旨及判決理由は之を省略す)
右の理由なるを以て刑事訴訟法第446條に則り主文の如く判決す
※1 刑法161条1項(平成7年改正前)
前2条に記載したる文書又は図画を行使したる者は其文書又は図画を偽造若くは変造し又は虚偽の記載を為したる者と同一の刑に処す
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※2 刑法159条1項(平成7年改正前)
行使の目的を以て他人の印章若くは署名を使用して権利、義務又は事実証明に関する文書若くは図画を偽造し又は偽造したる他人の印章若くは署名を使用して権利、義務又は事実証明に関する文書若くは図画を偽造したる者は3月以上5年以下の懲役に処す
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※3 刑法246条1項(平成7年改正前)
人を欺罔して財物を騙取したる者は10年以下の懲役に処す
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※4 刑法55条(昭和22年改正前)
連続したる数個の行為にして同一の罪名に触るるときは1罪として之を処断す
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※5 刑法54条1項前段(平成7年改正前)
1個の行為にして数個の罪名に触れ……るときは其最も重き刑を以て処断す
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※6 刑法10条(平成7年改正前)
1項
主刑の軽重は前条記載の順序に依る但無期禁錮と有期懲役とは禁錮を以て重しとし有期禁錮の長期有期懲役の長期の2倍を超ゆるときは禁錮を以て重しとす
2項
同種の刑は長期の長きもの又は多額の多きものを以て重しとし長期又は多額の同じきものは其短期の長きもの又は寡額の多きものを以て重しとす
3項
2個以上の死刑又は長期若くは多額及び短期若くは寡額の同じき同種の刑は犯情に依り其軽重を定む
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※7 刑法54条1項後段(平成7年改正前)
犯罪の手段若くは結果たる行為にして他の罪名に触るるときは其最も重き刑を以て処断す
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※8 刑法19条(昭和16年改正前)
1項
左に記載したる物は之を没収することを得
2号
犯罪行為に供し又は供せんとしたる物
2項
没収は其物犯人以外の者に属せざるときに限る
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※9 刑法167条(平成7年改正前)
1項
行使の目的を以て他人の印章若くは署名を偽造したる者は3年以下の懲役に処す
2項
他人の印章若くは署名を不正に使用し又は偽造したる印章若くは署名を使用したる者亦同じ
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※10 刑法19条(昭和16年改正前)
1項
左に記載したる物は之を没収することを得
3号
犯罪行為より生じ又は之に因り得たる物
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