要 約
現金自動預払機利用客のカードの暗証番号等を盗撮する目的で現金自動預払機が設置された銀行支店出張所に営業中に立ち入った場合、その立入りは同所の管理権者の意思に反するものであるから、立入りの外観が一般の現金自動預払機利用客と異なるものでなくても、建造物侵入罪が成立する。
現金自動預払機利用客を、同人のカードの暗証番号等を盗撮するためのビデオカメラを設置した現金自動預払機に誘導する意図を秘して、その隣にある現金自動預払機を、あたかも入出金や振込等を行う一般の利用客のように装って適当な操作を繰り返しながら1時間30分間以上にわたって占拠し続けた行為は、偽計業務妨害罪に当たる。
主 文
本件上告を棄却する。
当審における未決勾留日数中90日を本刑に算入する。
理 由
弁護人安川幸雄の上告趣意は、違憲をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認、量刑不当の主張であって、刑訴法405条※1の上告理由に当たらない。
所論にかんがみ、職権で判断する。
1 原判決及びその是認する第1審判決の認定並びに記録によれば、本件の事実関係は、次のとおりである。
⑴ 被告人は、共犯者らと、本件銀行の現金自動預払機を利用する客のカードの暗証番号、名義人氏名、口座番号等を盗撮するため、現金自動預払機が複数台設置されており、行員が常駐しない同銀行支店出張所(看守者は支店長)に営業中に立ち入り、うち1台の現金自動預払機を相当時間にわたって占拠し続けることを共謀した。
⑵ 共謀の内容は、次のようなものであった。
ア 同銀行の現金自動預払機には、正面に広告用カードを入れておくための紙箱(以下「広告用カードホルダー」という。)が設置されていたところ、これに入れる広告用カードの束に似せたビデオカメラで現金自動預払機利用客のカードの暗証番号等を盗撮する。盗撮された映像は、受信機に無線で送られ、それが更に受像機に送られて記録される。
イ 被告人らは、盗撮用ビデオカメラと受信機及び受像機の入った紙袋を持って、目標の出張所に立ち入り、1台の現金自動預払機の前に行き、広告用カードホルダーに入っている広告用カードを取り出し、同ホルダーに盗撮用ビデオカメラを設置する。そして、その隣の現金自動預払機の前の床に受信機等の入った紙袋を置く。盗撮用ビデオカメラを設置した現金自動預払機の前からは離れ、隣の受信機等の入った紙袋を置いた現金自動預払機の前に、交替で立ち続けて、これを占拠し続ける。このように隣の現金自動預払機を占拠し続けるのは、受信機等の入った紙袋が置いてあるのを不審に思われないようにするためと、盗撮用ビデオカメラを設置した現金自動預払機に客を誘導するためである。その間、被告人らは、入出金や振込等を行う一般の利用客のように装い、受信機等の入った紙袋を置いた現金自動預払機で適当な操作を繰り返すなどする。
ウ 相当時間経過後、被告人らは、再び盗撮用ビデオカメラを設置した現金自動預払機の前に行き、盗撮用ビデオカメラを回収し、受信機等の入った紙袋も持って、出張所を出る。
⑶ 被告人らは、前記共謀に基づき、前記盗撮目的で、平成17年9月5日午後0時9分ころ、現金自動預払機が6台設置されており、行員が常駐しない同銀行支店出張所に営業中に立ち入り、1台の現金自動預払機の広告用カードホルダーに盗撮用ビデオカメラを設置し、その隣の現金自動預払機の前の床に受信機等の入った紙袋を置き、そのころから同日午後1時47分ころまでの1時間30分間以上、適宜交替しつつ、同現金自動預払機の前に立ってこれを占拠し続け、その間、入出金や振込等を行う一般の利用客のように装い、同現金自動預払機で適当な操作を繰り返すなどした。また、被告人らは、前記共謀に基づき、翌6日にも、現金自動預払機が2台設置されており、行員が常駐しない同銀行支店の別の出張所で、午後3時57分ころから午後5時47分ころまでの約1時間50分間にわたって、同様の行為に及んだ。なお、被告人らがそれぞれの銀行支店出張所で上記の行為に及んでいた間には、被告人ら以外に他に客がいない時もあった。
2 以上の事実関係によれば、被告人らは、現金自動預払機利用客のカードの暗証番号等を盗撮する目的で、現金自動預払機が設置された銀行支店出張所に営業中に立ち入ったものであり、そのような立入りが同所の管理権者である銀行支店長の意思に反するものであることは明らかであるから、その立入りの外観が一般の現金自動預払機利用客のそれと特に異なるものでなくても、建造物侵入罪が成立するものというべきである。
また、被告人らは、盗撮用ビデオカメラを設置した現金自動預払機の隣に位置する現金自動預払機の前の床にビデオカメラが盗撮した映像を受信する受信機等の入った紙袋が置いてあるのを不審に思われないようにするとともに、盗撮用ビデオカメラを設置した現金自動預払機に客を誘導する意図であるのに、その情を秘し、あたかも入出金や振込等を行う一般の利用客のように装い、適当な操作を繰り返しながら、1時間30分間以上、あるいは約1時間50分間にわたって、受信機等の入った紙袋を置いた現金自動預払機を占拠し続け、他の客が利用できないようにしたものであって、その行為は、偽計を用いて銀行が同現金自動預払機を客の利用に供して入出金や振込等をさせる業務を妨害するものとして、偽計業務妨害罪に当たるというべきである。
以上と同旨の原判断は相当である。
よって、刑訴法414条※2、386条1項3号※3、刑法21条※4により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
※1 刑訴法405条
高等裁判所がした第1審又は第2審の判決に対しては、左の事由があることを理由として上告の申立をすることができる。
1号
憲法の違反があること又は憲法の解釈に誤があること。
2号
最高裁判所の判例と相反する判断をしたこと。
3号
最高裁判所の判例がない場合に、大審院若しくは上告裁判所たる高等裁判所の判例又はこの法律施行後の控訴裁判所たる高等裁判所の判例と相反する判断をしたこと。
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※2 刑訴法414条
前章の規定は、この法律に特別の定のある場合を除いては、上告の審判についてこれを準用する。
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※3 刑訴法386条1項3号
左の場合には、控訴裁判所は、決定で控訴を棄却しなければならない。
3号
控訴趣意書に記載された控訴の申立の理由が、明らかに第377条乃至第382条及び第383条に規定する事由に該当しないとき。
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※4 刑法21条(未決勾留日数の本刑算入)
未決勾留の日数は、その全部又は一部を本刑に算入することができる。
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