要 約
東京都が都道である通路に動く歩道を設置するため、通路上に起居する路上生活者に対して自主的に退去するよう説得して退去させた後、通路上に残された段ボール小屋等を撤去することなどを内容とする環境整備工事は、強制力を行使する権力的公務ではないから、威力業務妨害罪にいう「業務」に当たり、このことは、自主的に退去しなかった路上生活者が警察官によって排除、連行された後、その意思に反して段ボール小屋を撤去した場合であっても、異ならない。
また、同工事が公共目的に基づくものであるのに対し、路上生活者は通路を不法に占拠していた者であり、行政代執行の手続を採ってもその実効性が期し難かったことなど判示の事実関係の下では、威力業務妨害罪としての要保護性を失わせるような法的瑕疵を有しない。
主 文
本件各上告を棄却する。
理 由
被告人両名の弁護人大口昭彦、同向井千景、同森川文人及び同萱野一樹の上告趣意は、違憲をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法405条※1の上告理由に当たらない。
なお、所論にかんがみ、本件における威力業務妨害罪の成否について職権で判断する。
1 原判決の認定によれば、本件に関する事実関係は、以下のとおりである。
⑴ 東京都は、東京都庁の新宿移転に伴い、通勤者等の通行人の増加に対処し、高齢者等のための利便性を高めるという目的から、新宿駅西口から新宿副都心へ通じる都道新宿副都心4号線(以下「本件通路」という。)に水平エスカレーター(以下「動く歩道」という。)を設置することを計画し、平成7年12月8日、その設置計画を発表した。
⑵ 本件通路は、地下道となっていて、寒さや雨、風をしのげることから、段ボールを用いた簡易な小屋(以下「段ボール小屋」という。)等の中で起居する路上生活者が集まるようになり、その数は、平成8年1月13日の時点で約200名に達していた。このような状況に対しては、周辺の商店街の事業者や通行人等から、東京都に対してしばしば苦情が寄せられていた。本件通路上に段ボール小屋を置いて起居していた路上生活者は、本件通路を占用する何らの権原を有するものではなかった。
⑶ 東京都は、動く歩道の設置によって本件通路からの退去を求められる路上生活者等を保護するため、臨時保護施設を開設することとし、同月中旬、港区aに保護人員を約200名とする同施設を設け、食事や衣服を提供し、健康診断を行うとともに、自立支援策として、就労のあっせん等を行うことにした。東京都は、本件工事に着手するに先立ち、平成7年12月15日から平成8年1月13日までの間、3回にわたって周知活動を行い、本件工事を実施する旨の事前通告及び上記臨時保護施設の案内を行うとともに、路上生活者に自主的退去を促した。
⑷ 東京都は、同月24日午前6時から動く歩道の設置に伴う環境整備工事(以下「本件工事」という。)を実施することとした。本件工事は、①路上生活者が自主的に退去した後に残された段ボールやごみ等を撤去する作業、②工事区域内に歩行者が入らないようにするためのバリケードやカラーコーンを設置する作業、③動く歩道を設置するため床のタイル舗装を撤去する作業から成り、それぞれ民間業者に請け負わせるものであった。
⑸ 被告人両名は、本件工事を実力で阻止するため、同日午前2時ころから、多数の路上生活者に指示して、本件通路の都庁側出入口に強化セメント製植木ボックス、ベニヤ板等でバリケードを構築し、その内側で約100名の者とともに座り込むなどして東京都職員らの同工事区域内への進入を阻止した上、同日午前6時30分ころから同日午前8時10分ころまでの間、警備員に補助させて本件工事に従事していた東京都職員らに対し、鶏卵、旗竿、花火等を投げ付け、消火器を噴射し、「帰れ、帰れ」とシュプレヒコールを繰り返し怒号するなどして座込みを続けた。
⑹ 警察官は、再三警告を発していたが、同日午前7時34分ころ、座込みを続ける者らを1人ずつ引き抜く排除行為を始め、排除した者を近隣の公園まで連行するなどして、同日午前8時10分ころ、これを了した。
⑺ 東京都職員は、予定より遅れて、同日午前8時20分ころ、本件工事に着手し、臨時保護施設への入所受付を行うとともに、本件通路において説得活動を行い、残っていた路上生活者数名に自主的に退去するよう促したところ、これらの者は、自ら本件通路から退去した。
⑻ 東京都職員は、同日午前11時半ころまでに、自主的な退去者のもののほか、警察官に排除、連行された者のものを含め、本件通路に放置されていた段ボール小屋を全部撤去し、鍋、釜等の有価物については、返還方法を掲示板に案内する措置を講じた上保管した。
2 【要旨1】以上の事実関係によれば、本件において妨害の対象となった職務は、動く歩道を設置するため、本件通路上に起居する路上生活者に対して自主的に退去するよう説得し、これらの者が自主的に退去した後、本件通路上に残された段ボール小屋等を撤去することなどを内容とする環境整備工事であって、強制力を行使する権力的公務ではないから、刑法234条※2にいう「業務」に当たると解するのが相当であり(最高裁昭和59年(あ)第627号同62年3月12日第一小法廷決定・刑集41巻2号140頁、最高裁平成9年(あ)第324号同12年2月17日第二小法廷決定・刑集54巻2号38頁参照)、このことは、前記1⑻のように、段ボール小屋の中に起居する路上生活者が警察官によって排除、連行された後、その意思に反してその段ボール小屋が撤去された場合であっても異ならないというべきである。
3 さらに、本件工事が威力業務妨害罪における業務として保護されるべきものといえるかどうかについて検討する。
【要旨2】本件工事は、上記のように路上生活者の意思に反して段ボール小屋を撤去するに及んだものであったが、前記1の事実関係にかんがみると、本件工事は、公共目的に基づくものであるのに対し、本件通路上に起居していた路上生活者は、これを不法に占拠していた者であって、これらの者が段ボール小屋の撤去によって被る財産的不利益はごくわずかであり、居住上の不利益についても、行政的に一応の対策が立てられていた上、事前の周知活動により、路上生活者が本件工事の着手によって不意打ちを受けることがないよう配慮されていたということができる。しかも、東京都が道路法32条1項※3又は43条2号※4に違反する物件であるとして、段ボール小屋を撤去するため、同法71条1項※5に基づき除却命令を発した上、行政代執行の手続を採る場合には、除却命令及び代執行の戒告等の相手方や目的物の特定等の点で困難を来し、実効性が期し難かったものと認められる。そうすると、道路管理者である東京都が本件工事により段ボール小屋を撤去したことは、やむを得ない事情に基づくものであって、業務妨害罪としての要保護性を失わせるような法的瑕疵があったとは認められない。
4 以上のとおり、本件工事は、刑法上威力業務妨害罪により保護される業務に当たると解するのが相当であるから、被告人らの行為について同罪の成立を認めた原判断は正当である。
よって、刑訴法414条※6、386条1項3号※7により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
※1 刑訴法405条
高等裁判所がした第1審又は第2審の判決に対しては、左の事由があることを理由として上告の申立をすることができる。
1号
憲法の違反があること又は憲法の解釈に誤があること。
2号
最高裁判所の判例と相反する判断をしたこと。
3号
最高裁判所の判例がない場合に、大審院若しくは上告裁判所たる高等裁判所の判例又はこの法律施行後の控訴裁判所たる高等裁判所の判例と相反する判断をしたこと。
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※2 刑法234条(威力業務妨害)
威力を用いて人の業務を妨害した者も、前条の例による。
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※3 道路法32条1項(道路の占用の許可)
道路に次の各号のいずれかに掲げる工作物、物件又は施設を設け、継続して道路を使用しようとする場合においては、道路管理者の許可を受けなければならない。
1号
電柱、電線、変圧塔、郵便差出箱、公衆電話所、広告塔その他これらに類する工作物
2号
水管、下水道管、ガス管その他これらに類する物件
3号
鉄道、軌道、自動運行補助施設その他これらに類する施設
4号
歩廊、雪よけその他これらに類する施設
5号
地下街、地下室、通路、浄化槽その他これらに類する施設
6号
露店、商品置場その他これらに類する施設
7号
前各号に掲げるもののほか、道路の構造又は交通に支障を及ぼすおそれのある工作物、物件又は施設で政令で定めるもの
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※4 道路法43条2号(道路に関する禁止行為)
みだりに道路に土石、竹木等の物件をたい積し、その他道路の構造又は交通に支障を及ぼす虞のある行為をすること。
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※5 道路法71条1項(道路管理者等の監督処分)
道路管理者は、次の各号のいずれかに該当する者に対して、この法律若しくはこの法律に基づく命令の規定によって与えた許可、承認若しくは認定(以下この条及び第72条の2第1項において「許可等」という。)を取り消し、その効力を停止し、若しくはその条件を変更し、又は行為若しくは工事の中止、道路(連結許可等に係る自動車専用道路と連結する施設を含む。以下この項において同じ。)に存する工作物その他の物件の改築、移転、除却若しくは当該工作物その他の物件により生ずべき損害を予防するために必要な施設をすること若しくは道路を原状に回復することを命ずることができる。
1号
この法律若しくはこの法律に基づく命令の規定又はこれらの規定に基づく処分に違反している者
2号
この法律又はこの法律に基づく命令の規定による許可又は承認に付した条件に違反している者
3号
偽りその他不正な手段によりこの法律又はこの法律に基づく命令の規定による許可等を受けた者
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※6 刑訴法414条
前章の規定は、この法律に特別の定のある場合を除いては、上告の審判についてこれを準用する。
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※7 刑訴法386条1項3号
左の場合には、控訴裁判所は、決定で控訴を棄却しなければならない。
3号
控訴趣意書に記載された控訴の申立の理由が、明らかに第377条乃至第382条及び第383条に規定する事由に該当しないとき。
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