最大判昭23.5.26 昭和22年(れ)第48号:窃盗 刑集2巻5号511頁

judgment 憲法判例
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要 約

憲法37条1項にいう公平な裁判所の裁判とは、偏()や不公平のおそれのない組織と構成を持った裁判所による裁判を意味し、個々の事件について、その内容実質が具体的に公平妥当な裁判を指すものではない。

主 文

本件上告を棄却する。

理 由

弁護人小林右太郎の上告趣意は「原審は左記の(ごと)く事実の認定(および)法律の適用を()し被告人に対し懲役2年に処した(以下略)被告人は犯意を継続して第一A及当審(あい)被告人であったB、Cと共謀して、一、昭和21年2月中頃夜間広島市a町元広島被服支(しょう)跡第D倉庫で広島県転用課の保管してゐた軍用夏ズボン4(こり)(1個60枚入)を窃取し二、続いて()の頃の夜右同所で同課保管の木綿白布13巻防水茶褐綿布13巻(1(たん)36(メートル))両外(とう)用布切190枚を窃取し第二、右3名及原審相被告人E同Fと共謀して同年4月13日夜右倉庫から同課保管の軍用蚊帳(かや)2梱(1梱15枚入)軍用夏シャツ12梱(1梱150枚入)防寒靴下2梱(1梱240足入)を窃取したものである。法律に照するに右の所為は刑法第60条第235条第55条に該当するのでその所定刑期範囲内で被告人を懲役2年に処した(以下略)(しか)れども原判決は左記の理由に()り憲法第37条第1項に所謂(いわゆる)公平な裁判と言ふことは出来ませぬので破毀せらるべきものと信じます。(およ)そ刑事被告人は憲法第37条に依り、公平な裁判所の裁判を受ける権利を有するのであります(ここ)に所謂公平な裁判とは公正妥当なる裁判であることは(もち)論であって憲法が国民に刑事裁判の公正を保障してゐるのであります(しこう)して裁判の公正は事実の認定法律の適用刑の量定の三者が(そろ)って公正妥当でなければならぬことも論なきところでありますが就中(なかんづく)刑の量定は被告人の利害に直接する極めて重要な関係にあって裁判の心(ずい)をなすと()ふも過言ではありませぬ然るに日本憲法の施行に伴う刑事訴訟法の応急的措置に関する法律第13条第2項に「刑事訴訟法第412条及第414条の規定は適用しない」こととなりたる結果量刑不当及事実誤認の如き単なる理由に(もとづ)いては最早(もは)や上告の理由となすことは出来なくなったのであります然しながら新憲法下に在っては裁判は(すべ)て憲法に適合する様に解釈適用し之に反することは許されぬのであります従って刑の(いい)(わたし)(はなは)だしく苛酷であるとか事実の認定が真違って居る場合には、刑事裁判の公正を保障する憲法の精神を没却するものであり、この理由に基いて(あらた)に上告理由となすことが出来るのであって前示刑事訴訟法の応急的措置に関する規定と矛盾するものではないと信するのであります本件窃盗被告事件に(つい)て之を観るに犯罪事実の認定に関しては(もと)より被告人の自白するところであって別段に異議を申上くる点はありませぬが原審が被告人に対し懲役2年の実刑を科したことは諸般の情状に鑑み刑の言渡が余りに苛酷でありまして、所謂公正妥当なる裁判に反し憲法の精神に(もと)るものと謂はねばなりませぬ。申す(まで)もありませぬが刑の量定は犯人の性行犯罪の情状及犯行後の行動殊に家庭の事情改悛の情の有無等各種情況を()細に検討し最後に公正妥当なる判断を下すべきものであります以下簡単に(これ)()諸般の情状を述べたいと存じます一、被告人の犯罪の情状、()づ被告人の本件犯罪の情状を検討するに被告人は21歳の時現役兵として入隊し25歳の時満期除隊となって家に帰ってから左官業をやって居たのでありますが、除隊後1年余りたった頃より肺浸潤に(かか)り思ふ様に仕事も出来ず、一時ブラブラして居たが別に家に資産もなく生活費小使等に困ってゐる矢先(ちょう)()昨年1月頃(しり)(あい)の相被告人であったB方の前を通りかかると市内a町の被服廠には沢山な被服が(しま)ってあると言ふことだが一緒に盗って売らうではないかと相談を持ちかけられた。その時被告人は病気で働きも出来ず小使銭などに困ってゐる時とて拒はることも出来ず、ツヒウカウカと前後を考へずに渦中に投したのであります、今迄何一つ悪いこともしないで(すご)して来た被告人としては之が一生一代の過ちでありますが、これが元となり一度が二度となり数回罪を重ぬる様になりましたが本件を犯すに至った動機は固より意思の薄弱であった点もありますが、ホンの一時の出来心で俗に言ふ魔がさしたのであります尚被告人の本件犯情に付て一言附加したいのは第1審に()ける相被告人であったEが現場に「ピストル」を提げて行った経緯に付て被告人も少し関係して居るので見方に依っては之が悪い影響を与へ重く認めらるる(おそれ)があるまいか()の点に付ては被告人が昨年4月13日でありますが被告人も度々現場に行って居たので警戒も厳重になりはせぬか元来小心である自己の身が心配となり若し発見せられて捕へられては大変だと考へた結果「ピストル」があれば、之で番人を脅せは容易に逃らるるであらうと言ふ浅墓な考へから唯逃げ()(ばか)りにかねてEが「ピストル」を持ってゐることを知って居たので、同人の居る被告人の叔父に当るG方に行きEに「ピストル」を貸せと頼んだところ事情を聞いたので、(うち)明けると同人は俺が「ピストル」を持って行くマサカの時は俺が(ひき)受けると言ひ「ピストル」を貸さなかったところがこのEが「ピストル」を持って行った許りに後に(おこ)ったことですが重大な不祥事件を(じゃっ)()しましたが、これは全く被告人の予期して居なかった意外の珍事で、此の事あるがために被告人の犯情を重く認むべきものではないと考へるのであります二、被告人の犯行後の行動、被告人は本件の犯行後(すなわ)ち同月15日夜最後の窃盗が失敗に(おわ)りましたが自己の罪を恐るるの余り同月16日の夜行で京都に赴き知人の家に(しば)らく身を隠して居たが(ほん)然改悟し良心に(たち)返り6月1日帰来し同月7日進んで東警察署に出頭し、(とり)調(しらべ)に対し遂一自白したのであった一時身を隠したが()()迄も逃げ通す考へはなく其の非を悟るや自ら警察署に出頭し取調を受けて居りますその改俊の情は誠に顕著であって此の事たるや厳格の意味にては所謂自首に(あた)らぬとしても被告人の心情に至っては自首と同視して、参酌を与ふべきものであると存じます三、被告人の性行及家庭の事情等、被告人は相被告人であるHの長男として生れ、少年時代から父Hの左官業を手伝ひ極めて温厚で仕事も真面目で()く働き今迄は前科は固より何一つ悪いことしたことのない人物であります。18歳の時早くも妻帯し其間に4人の子女を儲けて居りますが、その(ほか)家庭には、両親、弟妹等合すると実に14人と言ふ大家族であります今日の様な暮し難い世の中にあって此の一家の生計を立てて行くことは、実に容易の業ではありませぬ。然るに此の一家の大黒柱である父Hも(また)不幸にして本件に連座し(ぞう)物故買罪に問はれ原審に(おい)て実刑を科せられ同様上告中であります(かつ)此の一家は被告人の母も亦同様肺を病み()床して居りますが家には何等蓄財なく若し父子諸共に実刑を科せらるるなれば後に取り残されし多勢の家族は路頭に迷ふの外ありませぬ。殊に被告人は保釈後一時身体も回復し元気になって更生に燃えて居り一生懸命毎日本職の左官稼きをやって居りましたが一家のことや前途を心配するの余り持病の胸の病が再発し遂に(かっ)血し絶対安静を要する身となったので原審の公判も()むなく数回期日変更をも御願ひし最後の1人として残されましたが、いつまでも裁判所に御迷惑をお掛けすることを(おもんぱか)って一時小康を得たる機会に出廷し審理裁判を受けたる次第でありまして(かく)の如き事情の下に在る被告人の家庭は実に(びん)然の至りに堪えませぬ。この現情の下に於て身から出た錆とは言ひながら父子諸共に実刑を科すると言ふことは余りに苛酷であると考ふる次第であります。尚被告人は第1審に於て懲役2年の実刑を科せられた際新憲法発布に依る減刑の恩典に浴すべき機会もあったのでありましたが多数の家族に(おもい)を致し一日も長く働いて之を養ふてやる心情からして此の恩典にも浴しなかったものであります被告人としては今や非常に前非を悔ひ再度かかる罪を重ねるか如きことはないと信じます。裁判官に於かれましては(なに)(とぞ)各般の情状を御参酌せられまして被告人に対しては特に大英断を以て慈悲の手を差し延ばされ苛酷なる原判決を是正せしめ新憲法の精神に合した裁判を受くる為に是非とも原判決を破毀せられんことを切望する次第であります。」というにある。

しかし憲法第37条第1項にいわゆる「公平な裁判所の裁判」とは偏頗や不公平のおそれのない組織と構成をもった裁判所による裁判を意味するものであって、個々の事件につきその内容実質が具体的に公正妥当なる裁判を指すのではない。従って所論のように同規定を以て刑の言渡が甚だしく苛酷であるとか事実の認定が問違っている場合にこれを憲法上新に上告理由となすことができるとした趣旨の規定であると解することはできない。されば、被告人を懲役2年に処した原判決を目して苛酷な刑の言渡であるとし前記憲法規定に違反すると主張する本論旨は当らない。結局日本国憲法施行に伴う刑事訴訟法の応急的措置に関する法律第13条第2項で制限した量刑不当を理由とするものに外ならないから上告適法の理由とならない。

以上の理由により、刑事訴訟法第446条に従ひ、主文の通り判決する。

右は全裁判官一致の意見である。

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