1 意 義
暴行罪(刑法208条)とは、人に傷害の結果を生じさせずに暴行を加えた場合に成立する犯罪、換言すれば、有形力(=物理力)による「傷害の結果を生じるに至らない身体に対する不法な攻撃」(西田典之著、橋爪隆補訂『刑法各論』第7版、弘文堂、2018年、p.39)を処罰する犯罪をいいます。
暴行によって傷害の結果が生じた場合は、暴行罪ではなく傷害罪(刑法204条)が成立します。
人の身体を傷害した者は、15年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
したがって、暴行罪と傷害罪とは、暴行の結果、相手方にけがを負わせたか否かによって区別されます。
なお、傷害罪は、有形的な方法(例えば、殴るなど)だけではなく、無形的な方法(例えば、毎日深夜に無言電話を何度も繰り返してノイローゼにさせるなど)によっても成立し、傷害罪と暴行罪とは、以下のような関係にあります。
方 法 | 傷害の結果発生の有無 | 罪 名 | 成 否 |
無形的な方法 | ○ | 暴行罪 | ✕ |
傷害罪 |
○ (傷害の結果発生について故意があることが必要) |
||
✕ | 暴行罪 | ✕ | |
傷害罪 | ✕ | ||
有形的な方法 | ○ | 暴行罪 | ✕ |
傷害罪 | ○ | ||
✕ | 暴行罪 | ○ | |
傷害罪 | ✕ |
このように、暴行罪は、有形的な方法による傷害未遂を処罰する規定としての機能を持っています(井田良『講義刑法学・各論』第2版、有斐閣、2020年p.47参照)。
暴行罪の成否は、人に傷害の結果が生じない場合に問題となる。
2 保護法益
暴行罪の保護法益は、人の身体の安全です。
3 主 体
暴行罪は、有形力を行使して人の身体を攻撃する行為を処罰する犯罪で、人の身体の安全を保護するためには、これを害する行為を行う者に制限を設ける理由は特にありません。
したがって、有形力を行使して人の身体を攻撃する行為を行った場合には、誰にでも暴行罪が成立し得ます。
なお、当然のことですが、有形力を行使して人の身体を攻撃するという行為の性質上、そのような行為を行う者は、自然的・物理的存在である必要があるので、自然人である個人である必要があり、観念的な存在である法人その他の団体は暴行罪の主体とはなり得ません。
暴行罪の主体は、自然人である個人
4 客 体
暴行罪は、有形力を行使して人の身体を攻撃する行為を処罰する犯罪で、保護法益は人の身体の安全なので、暴行罪の客体は人の身体です。
5 行 為
暴行罪の行為は、人に暴行を加えることです。
⑴ 刑法上の暴行
刑法で暴行という言葉は、暴行罪に限らず様々な犯罪で用いられていて、それぞれその意味内容(=暴行の対象や程度)は異なります。
刑法上の暴行は、一般に不法な有形力の行使をいい、以下の4種に分類されます。
種 類 | 意 義 | 具体例 |
①最広義の暴行 | 人に対すると物に対するとを問わず、有形力の行使の全て | ・騒乱罪(刑法106条) ・多衆不解散罪(同法107条) |
②広義の暴行 | 人に向けられた有形力の行使 | ・公務執行妨害罪(同法95条1項) ・加重逃走罪(同法98条) ・逃走援助罪(同法100条2項) ・特別公務員暴行陵虐罪(同法195条) ・強要罪(同法223条1項) |
③狭義の暴行 | 人の身体に対する有形力の行使 | ・暴行罪(同法208条) |
④最狭義の暴行 | 人の抵抗を著しく困難にする程度の人又は物に対する有形力の行使 | ・不同意性交等罪(同法177条1項) |
人の反抗を抑圧するに足りる人又は物に対する有形力の行使 | ・強盗罪(同法236条) |
①から③は、暴行の対象による分類で、④は暴行の程度による分類です(大塚仁・河上和雄・中山善房・古田佑紀編『大コンメンタール刑法』第3版(第10巻)、青林書院、2021年、p.532、大谷實『刑法講義各論』新版第5版、成文堂、2019年、p.38参照)。
⑵ 暴行罪における暴行の意義
暴行罪の保護法益は人の身体の安全なので、暴行罪における暴行は狭義の暴行で、人の身体に対する有形力の行使をいいます(大判大11.1.24)。
典型的には、
- 殴る
- 蹴る
- 突く
- 引っ張る
といった行為が、これに該当します。
また、暴行は人に対する物理力の行使なので、いわゆる暴力の行使だけではなく、
- 音
- 光
- 電気
- 熱
- 冷気 など
のエネルギー作用による場合も含まれます。
例えば、
- 部屋を閉め切ったうえで、被害者の身辺で殊更に大太鼓やシンバルなどを連打して、被害者を意識朦朧とした気分にさせ、又は脳貧血を起こさせたりする程度にさせた場合(最判昭29.8.20)
- 携帯用拡声器を用いて耳元で大声を発する行為(大阪地判昭42.5.13)
は、音による暴行が認められます。
暴行罪における暴行は、狭義の暴行
ア 被害者の身体への接触の要否
暴行罪における暴行は、狭義の暴行で、人の身体に対する有形力の行使でなければなりませんが、暴行罪は、「傷害未遂罪としての性格と地位を有しⓘ、そのかぎりで危険犯としての性格を肯定する」(西田典之著、橋爪隆補訂『刑法各論』第7版、弘文堂、2018年、p.41)ことができるので、攻撃が直接人の身体に接触しなくても成立します。
例えば、以下のような場合にも、暴行罪が成立し得ます。
- 驚かす目的で、被害者の数歩手前を狙って投石する行為(東京高判昭25.6.10)
- 被害者めがけて椅子を投げ付けたが当たらなかった場合(仙台高判昭30.12.8)
- 狭い4畳半の室内で、被害者を脅かす目的で日本刀の抜き身を数回振り回す行為(最決昭39.1.28)
- 嫌がらせのため並走中の自動車に幅寄せする行為(東京高判昭50.4.15)
- 並走中の自動車への幅寄せ、追越し、割り込み行為(東京高判平16.12.1)
暴行罪における暴行は、必ずしも人の身体に直接接触する必要はない。
イ 傷害の危険の要否
暴行罪を規定している刑法208条は、「人を傷害するに至らなかったとき」と規定しているので、暴行罪における暴行は、傷害の結果を生じさせる危険性がなければならないようにも考えられます。
しかし、判例・通説は、暴行罪における暴行は傷害の結果を生じさせる危険性がなくてもよく(大判昭8.4.15)、身体の安全が害されれば、傷害未遂とはいえなくても、暴行罪における暴行に当たるとしています。
したがって、以下のような場合にも、暴行罪が成立し得ます。
- 人の毛髪をカミソリで切断する行為(大判明45.6.20)
- 電車に乗ろうとする人の着衣をつかんで引っ張る行為(大判昭8.4.15)
- 食塩を振りかける行為(福岡高判昭46.10.11)
暴行罪における暴行は、必ずしも傷害の結果を生じさせる危険性がある必要はない。
ウ 違法性
人の身体に対する有形力の行使には、日常生活において適法に行われるものもあります。
例えば、
- 落とし物をした歩行者に追い付いて、肩に手を掛けて呼び止める場合
- 久しぶりにあった友人に、喜びのあまり抱き着く場合
などです。
これらの行為を、およそ人の身体に対する有形力の行使であるからといって、暴行罪に問うことはできません。
そこで、暴行罪における暴行は、不法な有形力の行使である必要があります。
そして、人の身体に対する有形力の行使が不法なものかどうかは、
- 行為の目的
- 行為当時の状況
- 行為の態様
- 被害者に与えた苦痛の有無・程度
などを総合して、社会生活上認められるものかどうかによって決められます(東京高判昭45.1.27)。
暴行罪における暴行は、不法なものでなければならない。
6 結 果
暴行罪は挙動犯なので(井田良『講義刑法学・各論』第2版、有斐閣、2020年、p.54参照)、人の身体に対して不法な有形力を行使すれば成立し、何らかの結果が発生することは必要ではありません。
暴行罪は挙動犯
7 主観的要件
暴行罪は故意犯なので、同罪が成立するためには、人の身体に対して有形力を行使することの認識・認容といった故意が必要となります。
例えば、不注意によって他人にぶつかったり、他人の足を踏んだりしても、暴行罪は成立しません(西田典之著、橋爪隆補訂『刑法各論』第7版、弘文堂、2018年、p.40参照)。
暴行罪は、暴行を加えたけれども、傷害の結果を生じさせなかった場合に成立するので、
- 暴行の故意による場合
- 傷害の故意で暴行を加えたが傷害の結果が発生しなかった場合
の2つの場合があります。
暴行罪の故意には、傷害の故意がある場合が含まれる。
8 未遂・既遂
暴行罪には、未遂を処罰する規定がないので、未遂は処罰されません(刑法44条)。
未遂を罰する場合は、各本条で定める。
暴行罪に未遂はない。
9 罪数・他罪との関係
⑴ 暴行罪の個数
暴行罪の保護法益は人の身体の安全で、身体の安全は人ごとに存在するので、被害者の数を基準として、つまり、被害者の数に応じた暴行罪が成立します。
暴行罪の個数は、被害者の数を基準とする。
⑵ 他罪との関係
ア 傷害罪との関係
暴行を加えた結果、被害者に傷害を負わせた場合は、傷害罪のみが成立します。
イ 暴行が構成要件要素となっている犯罪との関係
公務執行妨害罪(刑法95条1項)、騒乱罪(同法106条)、不同意性交等罪(同法177条1項)、強盗罪(同法236条1項)など、暴行が構成要件要素となっている犯罪では、暴行罪の暴行に相当する行為がそれらの犯罪の手段として行われたときは、暴行行為はそれらの犯罪に吸収され、別に暴行罪は成立しません。
暴行罪と暴行を構成要件要素とする犯罪とは、吸収関係にある。
ウ 監禁罪との関係
暴行が監禁の手段としてなされた場合は、監禁罪(刑法220条)のみが成立します。
ただし、例えば、監禁中の被害者の言動に憤激して暴行を加えた場合のように、監禁とは別個の動機・目的に基づいて暴行を加えた場合は、監禁罪のほかに暴行罪も成立し、併合罪となります(最判昭28.11.27)。
暴行罪が監禁罪に吸収されるかは、暴行が監禁の手段としてなされたかどうかで決まる。
エ 脅迫罪との関係
暴行行為を行う場合には、脅迫行為を伴うことが多いですが、暴行罪のほかに脅迫罪(刑法222条)も成立するかどうかは、「脅迫行為ないしは脅迫内容が暴行に対して独立の意味を有するかどうかによって決せられ」(前田雅英・松本時夫・池田修・渡邊一弘・河村博・秋吉淳一郎・伊藤雅人・田野尻猛編『条解 刑法』第4版、弘文堂、2020年、p.626)ます。
具体的には、以下のようになります。
暴行罪のみが成立する場合 | ・暴行を加える旨を告知したうえで、殴打した場合(大判大15.6.15) など |
暴行罪のほかに脅迫罪も成立する場合 | ・殴打した後に、殺害を告げて拳銃で脅迫した場合(大判明44.11.13) ・殺すぞと脅迫した後に、殺意なく暴行を加えた場合(大判昭6.12.10) ・殴打した後に、川へ投げ込むと脅迫した場合(最判昭30.11.1) など |
脅迫の内容が暴行と異なる場合など、脅迫行為・内容が暴行に対して独立の意味を有する場合は、暴行罪と脅迫罪が共に成立する。
10 確認問題
⑴ 令和5年度 司法試験 短答式試験 刑法 第2問
暴行罪及び傷害罪に関する次のアからオまでの各記述を判例の立場に従って検討した場合、誤っているものの個数を後記1から5までの中から選びなさい。
ア.相手方の眼前に抜き身の日本刀を突き付けたとしても、その刃が同人に接触しない限り、暴行罪が成立することはない。
イ.相手方の意思に反して、その耳元で楽器を大音量で鳴らし続けた場合には、人の身体に対して不法な攻撃を加えたものとして暴行罪が成立し得る。
ウ.ひそかに相手方に睡眠薬を摂取させ、2時間にわたり意識を失わせるとともに筋弛緩作用を伴う急性薬物中毒の症状を生じさせたとしても、覚醒後の健康状態に支障がない場合には、傷害罪が成立することはない。
エ.性病を有する者が、性行為を行えば相手方に感染させる危険性があると認識しながら、情を秘して同人と性行為を行い、同人に性病を感染させたとしても、同人が性行為に同意している場合には、傷害罪が成立することはない。
オ.相手方に暴行を加えて負傷させた者が、傷害結果が発生することについて認識を欠いている場合には、傷害罪が成立することはない。
1.1個 2.2個 3.3個 4.4個 5.5個
法務省「令和5年司法試験問題」短答式試験(刑法)
ア 解 説
ア.について
暴行罪の保護法益は人の身体の安全なので、暴行罪が成立するためには、暴行が直接人の身体に接触する必要はありません。
したがって、ア.は誤りです(5⑵ア参照)。
イ.について
暴行罪の暴行は、人に対する物理力の行使なので、いわゆる暴力の行使だけでなく、音・光・電気などのエネルギー作用も含まれます。
したがって、イ.は正しいです(5⑵参照)。
ウ.について
「傷害」(刑法204条)とは、人の生理的機能に障害を生じさせることをいい、意識を失って筋弛緩作用を伴う急性薬物中毒の症状が生じることはこれに当たるので、その時点で傷害罪が成立します。
そして、既に傷害罪が成立している以上、その後の健康状態に支障がなかったとしても、傷害罪の成否に影響はありません。
したがって、ウ.は誤りです。
エ.について
「傷害」(刑法204条)とは、人の生理的機能に障害を生じさせることをいい、性病に感染させることもこれに当たります。
そして、相手方が同意したのは性交をすることについてであって、性病に感染すること=傷害を受けることについてではないので、同意によって傷害罪の成立が否定されることにはなりません。
したがって、エ.は誤りです。
オ.について
暴行したところ、傷害の結果が生じなかった場合は暴行罪が成立し、傷害罪の結果が生じた場合は傷害罪が成立します。
つまり、傷害罪は、暴行罪の結果的加重犯としての側面がありますⓘ。
そうすると、傷害罪は、暴行の故意のみがある場合であっても成立するということになります。
したがって、オ.は誤りです(1参照)。
イ 解 答
ア.~オ.は、それぞれ、「誤り」「正しい」「誤り」「誤り」「誤り」となります。
したがって、解答は4ということになります。
⑵ 平成18年度 旧司法試験 第二次試験 短答式試験 第53問
学生AないしDは、傷害罪及び暴行罪に関する後記各論点について、後記各見解のうちいずれかを採っており、各学生が採る見解の組合せはいずれも異なっている。後記発言は、各学生が次のⅠ及びⅡの事例における甲の罪責に関し述べたものである。学生とその採用する見解の組合せとして正しいものは、後記1から5までのうちどれか。
【事例】
Ⅰ 甲は、Xの背後から、その後頭部に一つかみの塩を掛けた。Xは、けがをしなかった。
Ⅱ 甲は、Xの数歩手前をねらって石を投げ付けた。石はXに当たらなかったが、Xは石を避けようとして転んで足を負傷した。甲は、Xに石が当たってけがをする危険はあると思っていたが、実際にXに石が当たることもXがけがをすることもないと思っていた。
【論点1 傷害罪の性質】
見解ア 傷害罪は、傷害の故意がある場合のほか、暴行罪の結果的加重犯として成立する犯罪である。
見解イ 傷害罪は、傷害の故意がある場合に限り成立する犯罪である。
【論点2 暴行罪の「暴行」の意義】
見解α 人の身体に直接接触する不法な有形力の行使をいう。
見解β 傷害の結果を生じさせる具体的な危険がある不法な有形力の行使をいう。
見解γ 人の身体に直接接触する不法な有形力の行使、又は、傷害の結果を生じさせる具体的な危険がある不法な有形力の行使をいう。
【発言】
学生A 事例Ⅰで不可罰となるのは、僕だけだ。
学生B 僕とC君は、事例Ⅰの結論が同じだし、事例Ⅱの結論も同じだ。
学生C そのとおりだが、B君の見解を採った上で、暴行の故意で暴行を加えて傷害の結果が生じた場合を「暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは…」という暴行罪の規定にそのまま当てはめると、傷害の結果が生じなかった場合よりも刑が軽くなり、妥当でない。
学生D 事例Ⅱでは、僕とA君は、B君やC君と異なり、甲に傷害罪の成立を認める。
1.Aイβ-Bイα 2.Aアβ-Cイα 3.Bアα-Cアγ
法務省「旧司法試験第二次試験短答式試験問題」平成18年度問題
4.Bイα-Dイγ 5.Cアα-Dアγ
ア 解 説
事例Ⅰについて
事例Ⅰにおける論点1及び論点2の見解の組み合わせによる犯罪の成否については、以下のようになります。
ア | イ | |
α | 暴行罪 | 暴行罪 |
β | 不可罰 | 不可罰 |
γ | 暴行罪 | 暴行罪 |
事例Ⅱについて
事例Ⅱにおける論点1及び論点2の見解の組み合わせによる犯罪の成否については、以下のようになります。
ア | イ | |
α | 過失傷害罪 | 過失傷害罪 |
β | 傷害罪 | 過失傷害罪 |
γ | 傷害罪 | 過失傷害罪 |
学生Aの発言について
学生Aは、事例Ⅰにおいて不可罰になるのは僕だけである旨の発言をしています。
そして、事例Ⅰにおいて不可罰になるのは、見解βをとった場合のみです。
したがって、学生Aは、見解βをとっていることになります。
この時点における、学生A~Dと論点2の各見解との関係は、以下のようになります。
α | β | γ | |
A | × | 〇 | × |
B | × | ||
C | × | ||
D | × |
学生Bの発言について
学生Bは、自分と学生Cは、事例Ⅰ・Ⅱ共に結論が同じである旨の発言をしています。
そして、事例Ⅰ・Ⅱで結論が同じになるのは、見解αをとった場合です。
したがって、学生Bと学生Cは、見解αをとっていることになります。
この時点における、学生A~Dと論点2の各見解との関係は、以下のようになります。
α | β | γ | |
A | × | 〇 | × |
B | 〇 | × | × |
C | 〇 | × | × |
D | × |
そうすると、学生A~Dは、α~γのいずれかの見解をとっているので、学生Dは見解γをとっていることになります。
α | β | γ | |
A | × | 〇 | × |
B | 〇 | × | × |
C | 〇 | × | × |
D | × | × | 〇 |
学生Cの発言について
学生Cは、暴行の故意で暴行を加えて傷害の結果が生じた場合、傷害の結果が生じなかった場合よりも刑が軽くなる旨の発言をしています。これは、見解イのように、傷害罪が、傷害の故意がある場合に限り成立するとしてしまうと、以下のような結論になるということを意味しています。
【暴行の故意で暴行を加えた場合】 | ||
傷害の結果 | 成立する犯罪 | 法定刑 |
生じなかった場合 | 暴行罪 | 2年以下の懲役若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料 |
生じた場合 | 過失傷害罪 | 30万円以下の罰金又は科料 |
そして、学生Cはこのような結論になることを妥当でないとして学生Bを批判しているので、学生Cは見解アをとっていることになり、また、学生Bは見解イをとっていることになります。
この時点における、学生A~Dと論点1の各見解との関係は、以下のようになります。
ア | イ | |
A | ||
B | × | 〇 |
C | 〇 | × |
D |
学生Dの発言について
学生Dは、事例Ⅱで自分と学生Aが、甲に傷害罪が成立する旨の発言をしています。
そして、事例Ⅱで甲に傷害罪の成立を認めるのは、見解アをとった場合です。
したがって、学生DとAは、見解アをとっていることになります。
そうすると、学生A~Dと論点1における各見解との関係は、以下のようになります。
ア | イ | |
A | 〇 | × |
B | × | 〇 |
C | 〇 | × |
D | 〇 | × |
イ 解 答
学生A~Dと論点1及び2の各見解の組み合わせは、以下のようになります。
Aアβ Bイα Cアα Dアγ
したがって、解答は5ということになります。
⑶ 平成13年度 司法試験 第二次試験 短答式試験 第45問
次のAからCまでは暴行罪における「暴行」の意義に関する見解であり、下記アからウまではいずれかの見解の説明であって、ⅠからⅢまでは暴行罪の成否が問題となる事例である。見解、それに対応する説明、その見解によれば暴行罪の成立が否定される事例の組合せとして正しいものは、後記1から5までのうちどれか。
【見解】
A 直接身体に加えられた不法な有形力の行使の場合、傷害の結果を生じさせる具体的危険を要しないが、直接身体に加えられない場合、その危険を要する。
B 直接身体に加えられた不法な有形力の行使に限られるが、傷害の結果を生じさせる具体的危険を要しない。
C 不法な有形力の行使が直接身体に加えられることは要しないが、有形力に傷害の結果を生じさせる具体的危険を要する。
【説明】
ア この見解は、暴行を傷害の前段階と位置付けるものであり、被害者に塩を振り掛ける行為は暴行から除かれることになる。
イ この見解は、暴行を類型に分けて二元的に理解するものであり、身体への接触を不要とする点につき、暴行罪の保護法益を身体の「安全」から「安全感」に拡張するものであると批判されている。
ウ この見解は、暴行罪も結果犯であって、被害者に有形力が及んだことを要求するものである。
【事例】
Ⅰ 甲は脅す目的で乙の数歩手前をねらって投石した。
Ⅱ 甲は乙につばを吐き掛けた。
Ⅲ 甲は狭い室内で乙を脅す目的をもって日本刀を振り回した。
1.AイⅡ-BアⅡ 2.AイⅢ-CアⅢ 3.BイⅠ-CアⅠ
法務省「旧司法試験第二次試験短答式試験問題」平成13年度問題
4.BウⅠ-CアⅡ 5.BウⅢ-CイⅡ
ア 解 説
見解と説明の組合せについて
アについて
アは、「暴行を傷害の前段階と位置付ける」と記述しています。
「前段階」というのは、言い方を変えれば、「未遂の段階」ということを意味すると解釈することができます。
そうすると、アの記述によれば、暴行罪における暴行は、傷害の結果を生じさせる危険を有するものでなければならないということができます。
このことは、後段の記述とも合致します。なぜならば、被害者に塩を振り掛ける行為は、被害者に傷害の結果を生じさせることはおよそ考えられないからです。
したがって、アは、暴行罪における暴行は、「(常に)有形力に傷害の結果を生じさせる具体的危険を要する」とするCと結び付くことになります。
イについて
イは、「暴行を類型に分けて二元的に理解するもの」と記述しています。
これは、暴行罪における暴行を、2つの場合に分けて考えているということを意味しています。
そのような見解を【見解】の中から探してみると、Aがこれに合致します。
なぜならば、Aは、暴行罪における暴行を、「直接身体に加えられた不法な有形力の行使の場合」と「直接身体に加えられない場合」の2つの場合に分けて考えているからです。
したがって、イは、Aと結び付くということになります。
ウについて
ウは、「被害者に有形力が及んだことを要求する」と記述しています。
これは、暴行罪における暴行は、直接人の身体に接触するような有形力でなければならないということを意味しています。
そのような見解を【見解】の中から探してみると、Bがこれに合致します。
なぜならば、Bは、「直接身体に加えられた不法な有形力の行使に限られる」と記述して、暴行罪における暴行は、直接人の身体に接触するような有形力でなければならないとしているからです。
したがって、ウはBと結び付くということになります。
見解と事例の組合せについて
Ⅰについて
Ⅰは、「乙の数歩手前をねらって投石した」と記述しています。
これは、甲による投石という暴行が、乙の身体に直接接触していないということを意味します。
また、人に向かって投石するという行為は、人に傷害の結果を生じさせる危険があるものといえます。
そうすると、
見 解 | 暴行罪の成否 | 理 由 |
A | 〇 | 直接身体に加えられていないが、傷害の結果を生じさせる具体的危険がある。 |
B | × | 直接身体に加えられていない。 |
C | 〇 | 傷害の結果を生じさせる具体的危険がある。 |
ということになります。
したがって、ⅠはBと結び付くということになります。
Ⅱについて
Ⅱは、「乙につばを吐き掛けた」と記述しています。
これは、甲のつばを吐き掛けるという暴行が、乙の身体に直接接触しているということを意味します。
もっとも、人の身体につばを吐き掛けるという行為は、およそ人に傷害の結果を生じさせる危険があるものとはいえません。
そうすると、
見 解 | 暴行罪の成否 | 理 由 |
A | 〇 | 直接身体に加えられているので、傷害の結果を生じさせる具体的危険を要しない。 |
B | 〇 | 直接身体に加えられている。 |
C | × | 傷害の結果を生じさせる具体的危険がない。 |
ということになります。
したがって、ⅡはCと結び付くということになります。
Ⅲについて
Ⅲは、「狭い室内で……脅す目的をもって日本刀を振り回した」と記述しています。
「日本刀を振り回した」にすぎないので、甲の日本刀を振り回すという暴行が、乙の身体に直接接触していないということを意味しています。
そして、狭い室内で日本刀を振り回すという行為は、その室内にいる人に傷害の結果を生じさせる危険があるものといえます。
そうすると、
見 解 | 暴行罪の成否 | 理 由 |
A | 〇 | 直接身体に加えられていないが、傷害の結果を生じさせる具体的危険がある。 |
B | × | 直接身体に加えられていない。 |
C | 〇 | 傷害の結果を生じさせる具体的危険がある。 |
ということになります。
したがって、ⅢはBと結び付くということになります。
イ 解 答
【見解】、【説明】、暴行罪の成立が否定される【事例】の組み合わせは、以下のようになります。
見 解 | 説 明 | 暴行罪の成立が否定される事例 |
A | イ | なし |
B | ウ | Ⅰ・Ⅲ |
C | ア | Ⅱ |
したがって、解答は4ということになります。
⑷ 平成9年度 司法試験 第二次試験 短答式試験 第48問
暴行罪における暴行の意義及び傷害罪の性質に関するAないしCの各説があるとして、事例ⅠないしⅢの乙に対する暴行罪及び傷害罪の成否に関する下記①ないし⑥の記述のうち、誤っているものは何個あるか。
A 暴行罪の暴行は身体に向けた有形力の行使をいい、傷害罪は傷害の故意がある場合に限り成立する犯罪である。
B 暴行罪の暴行は身体に向けた有形力の行使をいい、傷害罪は傷害の故意がある場合のほか暴行罪の結果的加重犯を含む。
C 暴行罪の暴行は身体に向けた有形力の行使のほか、無形力の行使も含み、傷害罪は傷害の故意がある場合のほか暴行罪の結果的加重犯を含む。
Ⅰ 甲は、木造アパートの隣室の乙に嫌がらせをするため、毎夜ステレオの音量をいっぱいに上げて乙をノイローゼにしたが、甲には乙を傷害する故意はなかった。
Ⅱ 甲は、乙をノイローゼにしてやろうと考えて毎夜無言電話を繰り返し、乙をノイローゼにした。
Ⅲ 甲は、路上で乙の顔面を平手で強くたたいたところ、乙はよろめいた拍子に石につまずいて転倒し、右腕を骨折したが、甲には傷害の故意はなかった。
① A説によれば、事例Ⅰでは傷害罪が成立する。
② A説によれば、事例Ⅲでは暴行罪、傷害罪のいずれも成立しない。
③ B説によれば、事例Ⅱでは暴行罪、傷害罪のいずれも成立しない。
④ B説によれば、事例Ⅲでは傷害罪が成立する。
⑤ C説によれば、事例Ⅰでは暴行罪、傷害罪のいずれも成立しない。
⑥ C説によれば、事例Ⅲでは傷害罪が成立する。
1.1個 2.2個 3.3個 4.4個 5.5個
法務省「旧司法試験第二次試験短答式試験問題」平成9年度問題
ア 解 説
A~C説の概要は、以下のとおりです。
暴行の意義 | 傷害の故意の要否 | |
A説 | 有形力の行使 | 必要 |
B説 | 有形力の行使 | 有形力の行使による場合は不必要 |
C説 | 有形力の行使+無形力の行使 | 不必要 |
事例Ⅰ~Ⅲの概要は、以下のとおりです。
暴行の種類 | 傷害の故意の有無 | |
事例Ⅰ | 無形力※ | なし |
事例Ⅱ | 無形力 | あり |
事例Ⅲ | 有形力 | なし |
※ 最決平17.3.29参照 |
A~C説と、事例Ⅰ~Ⅲにおける暴行罪及び傷害罪の成否は、以下のようになります。
事例Ⅰ | 事例Ⅱ | 事例Ⅲ | ||||
暴行罪 | 傷害罪 | 暴行罪 | 傷害罪 | 暴行罪 | 傷害罪 | |
A説 | 〇 | ×※1 | × | 〇 | 〇 | ×※1 |
B説 | × | × | × | 〇 | ×※2 | 〇 |
C説 | ×※2 | 〇 | ×※2 | 〇 | ×※2 | 〇 |
※1 傷害の結果については、過失傷害罪(刑法209条1項)が成立します。 ※2 傷害罪が成立する場合は、暴行罪は成立しません(9⑵ア参照)。 |
イ 解 答
①~⑥のうち、誤りは①②③⑤です。
したがって、解答は4ということになります。
11 参考文献
- 井田良『講義刑法学・各論』第2版、有斐閣、2020年
- 大塚仁・河上和雄・中山善房・古田佑紀編『大コンメンタール刑法』第3版(第10巻)、青林書院、2021年
- 大谷實『刑法講義各論』新版第5版、成文堂、2019年
- 団藤重光編『注釈 刑法⑸ 各則⑶』有斐閣、1968年
- 西田典之著、橋爪隆補訂『刑法各論』第7版、弘文堂、2018年
- 前田雅英・松本時夫・池田修・渡邊一弘・河村博・秋吉淳一郎・伊藤雅人・田野尻猛編『条解 刑法』第4版、弘文堂、2020年
- 山口厚『刑法各論』第2版、有斐閣、2010年