要 約
暴行・脅迫が不法監禁中になされたものであっても、不法監禁の状態を維持存続させるため、その手段としてなされたものでなく、全く別個の動機・原因からなされたものであるときは、監禁罪(刑法220条)に吸収されず、別罪を構成する。
主 文
被告人Aに対する原判決及び第1審判決中同被告人に関する部分を破棄する。
同被告人を懲役6月に処する。
但し、同被告人に対し、2年間右懲役刑の執行を猶予する。
第1審における訴訟費用中証人B、同C、同D、同E、及び同Fに支給した分は被告人A、当審相被告人G、第1審相被告人H及び同Iの連帯負担とし、証人J及び同Kに支給した分は被告人A及び第1審相被告人Lの連帯負担とする。
被告人Aに対する本件公訴事実中第1審判決第5及び第7の各食糧管理法違反の事実について同被告人を免訴する。
被告人Gに対し本件上告を棄却する。
理 由
被告人両名弁護人名川保男、同岩村辰次郎、同岩村隆弘の上告趣意は末尾添附の別紙記載のとおりである。
同第1点について
しかし、所論憲法違反の主張は原審において控訴趣意として主張せられず、原審の判断を受けていない事項を主張するものであるから、適法な上告理由に当らない。なお、被告人Gに対する本件銃砲等所持禁止令違反の公訴事実(第1審判決第4の事実)は、同被告人が昭和24年4月上旬頃から同年11月9日迄の間呉市a町字b、M産業株式会社水飴工場倉庫内において刃渡り約35糎の日本刀及び刃渡り約67糎の日本刀各一振を所持していたというのであるが、当裁判所が職権を以って調査すると、これより先同被告人は昭和24年4月3日呉市a町c、c青年会館附近で日本刀二振(刃渡り約1尺8寸のもの一振、刃渡り約1尺3寸のもの一振)を所持していたという事実について、銃砲等所持禁止令違反事件として公訴の提起を受け、昭和24年4月27日広島地方裁判所呉支部は、右公訴事実を認定し、同被告人に対し、懲役3月(但し、2年間執行猶予)に処する旨の判決を言渡し、同被告人は右判決に対し控訴を申立てたが、同年11月12日広島高等裁判所は右控訴を棄却する旨の判決を言渡し、之に対する上告の申立なくここに右第1審判決は確定するに至ったものである。そこで、所論の如く昭和24年4月上旬頃から同年11月9日迄の間の本件日本刀二振の継続的所持の状態がその一部分において、先に確定判決を受けた昭和24年4月3日における日本刀二振の所持と相い重複し前者の所持の中に後者の所持が含まれているかどうか、換言すれば両事実の間に公訴事実乃至訴因の同一性があるかどうかについて審究すると、本件日本刀二振中短刀は刃渡り約35糎即ち約1尺5寸長刀は刃渡り約67糎即ち約2尺2寸1分であるが、確定判決における日本刀二振は前示の如く短刀は刃渡り約1尺3寸、長刀は刃渡り約1尺8寸であって、いずれもその長さにおいて相当の差異があるばかりでなく、本件における第1審公判廷において、確定判決における日本刀二振の所持の事実に関する被告人の司法警察員に対する供述調書各1通について適法な証拠調が施行された直後、被告人は裁判官の質問に対し、「その刀は海に捨てました。発見されるまでに海に捨てました。」と供述し、次いで裁判官が、その刀は本件で現在押収されている刀とは別の物かと重ねて念を押して質問したのに対し、「別のものです。」と明確に供述しており、更に、確定判決における日本刀二振の所持は、昭和24年4月3日被告人の友人N某がc青年会館附近において隣村の青年と喧嘩し、日本刀で斬られたとの通報を受けるや、被告人において日本刀二振を携帯して、右青年会館に赴いた時の所持が審判の対象となったものであるのに反し、本件日本刀二振の所持は、長期に亘りM産業株式会社水飴工場倉庫内に隠匿していた所持が審判の対象となっているものであるから、以上2つの事実の間に、所論の如き公訴事実の同一性を認めることができない。従ってまた訴因の同一性も認められないといわなければならない。されば、被告人Gに対する先の銃砲等所持禁止令違反被告事件の確定判決の既判力が同被告人に対する本件銃砲等所持禁止令違反の公訴事実に及ぶという論旨はその理由がないといわなければならない。
同第2点(追加上告趣意を含む)について
しかし、所論は刑訴411条1号乃至3号※1所定の事由を主張するものであるから、上告適法の理由とならない。
同第3点について
しかし、所論判例違反の主張は、原審において控訴趣意として主張せられず原審の判断を受けていない事項を主張するものであるから、適法な上告理由に当らない。なお、所論は本件被告人等の暴行脅迫の所為は、不法監禁罪の手段としてなされたものであるから、暴行脅迫罪は当然に不法監禁罪に吸収せられ、不法監禁の1罪のみが成立すべきものであって、不法監禁罪の他に更に暴行脅迫罪の成立する余地がない旨主張するのであるが、第1審判決の摘示事実及びその挙示する証拠に拠れば、被告人等の所論暴行脅迫の行為は偶々Oの監禁中又はO及びPの監禁中に行われたものではあるけれども、右各行為は、O、P等の逃亡を防ぐ手段としてなされた如き不法監禁の状態を維持存続させるために行われたものではないのであって、右両名の被告人等に対してなした詐欺的欺瞞的言動に憤慨、憤激の余り、行われたものであることが認められるから、たとい、被告人等の暴行脅迫の行為が不法監禁の機会になされたからといって、所論の如く、不法監禁のために、その手段としてなされたものということはできない。論旨摘録の大審院判例は、不法監禁自体の手段としてなされた脅迫は不法監禁罪に包摂せられ、別に脅迫罪を構成しないという趣旨の判例であるから、本件に適切でなく、従って、本件第1審判決並びに之を支持した原判決には、所論の如き判例違反の点は存しない。
なお、被告人Gに対する本件被告事件については、刑訴411条を適用すべきものとは認められない。
よって、同被告人に対しては、同414条※2396条※3により本件上告を棄却する。
さて被告人Aに対する本件被告事件について、更に職権を以って、調査すると、同被告人に対する本件公訴事実中主文第5項記載の事実については、原判決後昭和27年4月28日政令第117号大赦令1条86号により大赦があったので、刑訴411条5号※4により同被告人に対する原判決及び第1審判決中同被告人に関する部分を破棄し、同413条但書※5により自ら判決をすることとし、同414条、337条3号※6に則り、主文第5項記載のとおり右事実について同被告人に対し免訴の言渡をする。そして、その余の事実を法律に照らすと、被告人Aの判示第1の不法監禁の所為は刑法220条1項※760条※8に、判示第2の⑴暴行の所為は同法208条※9、罰金等臨時措置法3条1項※10に、判示第2の⑵の脅迫の所為は暴力行為等処罰に関する法律1条1項※11、刑法222条※12、罰金等臨時措置法3条1項に各該当するところ、判示第2の⑴及び⑵の各所為に対しては、その所定刑中懲役刑を選択し、右各所為と判示第1の所為とは刑法54条1項前段※13の関係が存するので、所定刑中最も重い不法監禁罪の刑を以って処断すべく、その刑期範囲内で同被告人を懲役6月に処し、但し、情状刑の執行を猶予するのを相当と認め、同25条※14を適用し、本裁判確定の日から2年間右刑の執行を猶予し訴訟費用について、刑訴181条※15に則り主文第4項記載のとおり負担させることとする。
よって、主文の通り判決する。
右は裁判官全員一致の意見によるものである。
※1 刑訴法411条1号~3号
上告裁判所は、第405条各号に規定する事由がない場合であっても、左の事由があって原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めるときは、判決で原判決を破棄することができる。
1号
判決に影響を及ぼすべき法令の違反があること。
2号
刑の量定が甚しく不当であること。
3号
判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があること。
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※2 刑訴法414条
前章の規定は、この法律に特別の定のある場合を除いては、上告の審判についてこれを準用する。
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※3 刑訴法396条
第377条乃至第382条及び第383条に規定する事由がないときは、判決で控訴を棄却しなければならない。
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※4 刑訴法411条5号
上告裁判所は、第405条各号に規定する事由がない場合であっても、左の事由があって原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めるときは、判決で原判決を破棄することができる。
5号
判決があった後に刑の廃止若しくは変更又は大赦があったこと。
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※5 刑訴法413条ただし書
但し、上告裁判所は、訴訟記録並びに原裁判所及び第1審裁判所において取り調べた証拠によって、直ちに判決をすることができるものと認めるときは、被告事件について更に判決をすることができる。
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※6 刑訴法337条3号
左の場合には、判決で免訴の言渡をしなければならない。
3号
大赦があったとき。
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※7 刑法220条1項(平成7年改正前)
不法に人を逮捕又は監禁したる者は3月以上5年以下の懲役に処す
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※8 刑法60条(平成7年改正前)
2人以上共同して犯罪を実行したる者は皆正犯とす
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※9 刑法208条(平成7年改正前)
暴行を加へたる者人を傷害するに至らざるときは2年以下の懲役若くは30万円以下の罰金又は拘留若くは科料に処す
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※10 罰金等臨時措置法3条1項(昭和47年改正前)
左に掲げたる罪につき定めた罰金については、それぞれその多額の50倍に相当する額をもってその多額とする。
1号
刑法の罪。但し、第152条の罪を除く。
2号
暴力行為等処罰に関する法律(大正15年法律第60号)の罪
3号
経済関係罰則の整備に関する法律(昭和19年法律第4号)の罪
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※11 暴力行為等処罰法1条1項(昭和39年改正前)
団体若は多衆の威力を示し、団体若は多衆を仮装して威力を示し又は兇器を示し若は数人共同して刑法第208条第1項、第222条又は第261条の罪を犯したる者は3年以下の懲役又は500円以下の罰金に処す
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※12 刑法222条(平成3年改正前)
1項
生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加ふ可きことを以て人を脅迫したる者は2年以下の懲役又は500円以下の罰金に処す
2項
親族の生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加ふ可きことを以て人を脅迫したる者亦同じ
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※13 刑法54条1項前段(平成7年改正前)
1個の行為にして数個の罪名に触れ……るときは其最も重き刑を以て処断す
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※14 刑法25条(平成7年改正前)
1項
左に記載したる者3年以下の懲役若くは禁錮又は50万円以下の罰金の言渡を受けたるときは情状に因り裁判確定の日より1年以上5年以下の期間内其執行を猶予することを得
1号
前に禁錮以上の刑に処せられたることなき者
2号
前に禁錮以上の刑に処せられたることあるも其執行を終り又は其執行の免除を得たる日より5年以内に禁錮以上の刑に処せられたることなき者
2項
前に禁錮以上の刑に処せられたることあるも其執行を猶予せられたる者1年以下の懲役又は禁錮の言渡を受け情状特に憫諒す可きものあるとき亦前項に同じ但第25条の2第1項の規定に依り保護観察に付せられ其期間内更に罪を犯したる者に付ては此限に在らず
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※15 刑訴法181条
1項
刑の言渡をしたときは、被告人に訴訟費用の全部又は一部を負担させなければならない。但し、被告人が貧困のため訴訟費用を納付することのできないことが明らかであるときは、この限りでない。
2項
被告人の責に帰すべき事由によって生じた費用は、刑の言渡をしない場合にも、被告人にこれを負担させることができる。
3項
検察官のみが上訴を申し立てた場合において、上訴が棄却されたとき、又は上訴の取下げがあったときは、上訴に関する訴訟費用は、これを被告人に負担させることができない。ただし、被告人の責めに帰すべき事由によって生じた費用については、この限りでない。
4項
公訴が提起されなかった場合において、被疑者の責めに帰すべき事由により生じた費用があるときは、被疑者にこれを負担させることができる。
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