要 約
「暴行」(刑法208条)とは、人の身体に対し不法な攻撃を加えることをいい、加害者が室内において相手方の身辺で大太鼓、鉦等を連打して意識もうろうにさせ、又は脳貧血を起こさせた場合も包含される。
主 文
本件各上告を棄却する。
理 由
弁護人藤井英男、同上田誠吉の上告趣意第1点について
論旨は憲法31条※1違反をいうが、その実質は法令違反の主張であって刑訴405条※2の上告理由にあたらない。なお、刑法208条※3にいう暴行とは人の身体に対し不法な攻撃を加えることをいうのである。従って第1審判決判示の如く被告人等が共同して判示部課長等に対しその身辺近くにおいてブラスバンド用の大太鼓、鉦等を連打し同人等をして頭脳の感覚鈍り意識朦朧たる気分を与え又は脳貧血を起さしめ息詰る如き程度に達せしめたときは人の身体に対し不法な攻撃を加えたものであって暴行と解すべきであるから同旨に出でた原判示は正当である。
同第2点について
憲法28条※4は勤労者の団結権、団体交渉その他の団体行動権を保障しているが、この保障もかかる勤労者の権利の無制限な行使を許容し、それが国民の平等権、自由権、財産権等の基本的人権に優位することを是認するものではなく、従って勤労者が労働争議において使用者側の自由意思を剥奪し又は極度に抑圧するような行為をすることを許容するものではない(昭和23年(れ)1049号同25年11月15日大法廷判決、集4巻11号2257頁以下参照)。そして、被告人等の本件犯行は昭和25年5月19日及び22日の両日になされたものであるが、昭和24年法律第174号により改正された労働組合法1条2項※5の規定も同条1項※6の目的達成のためにした正当行為についてのみ刑法35条※7の適用を認めたに過ぎないのであって、勤労者の団体交渉においても、刑法所定の暴行罪又は脅迫罪にあたる行為が行われた場合にまでその適用があることを定めたものでないと解すべきことは、当裁判所大法廷の判例(昭和22年(れ)319号同24年5月18日宣告、集3巻6号772頁以下参照)とするところである。原判決の是認した第1審判決の認定した事実によれば、被告人等が所謂職場交渉をなした際、それぞれ他の組合員と共に多衆の威力を示し、且つ共同し判示のような歌を高唱したり或は大太鼓または鉦等を連打したりして喧噪に及びよって会社側職員であるA外7名又はB外1名を悩まして暴行を加えたというのであって、かかる被告人等の所為が、労働組合法1条1項の目的達成のためにする正当行為であるとは認めることができないことは前記判例の趣旨に徴し明らかである。されば、原判決には所論のような違法はなく、論旨は採用することができない。
被告人C、同D、同Eの各上告趣意について
いずれも事実誤認、法令違反の主張に帰し、刑訴405条の上告理由に当らない。
なお記録を調べても本件につき刑訴411条※8を適用すべきものとは認められない。
よって刑訴408条※9により裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。
※1 憲法31条
何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。
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※2 刑訴法405条
高等裁判所がした第1審又は第2審の判決に対しては、左の事由があることを理由として上告の申立をすることができる。
1号
憲法の違反があること又は憲法の解釈に誤があること。
2号
最高裁判所の判例と相反する判断をしたこと。
3号
最高裁判所の判例がない場合に、大審院若しくは上告裁判所たる高等裁判所の判例又はこの法律施行後の控訴裁判所たる高等裁判所の判例と相反する判断をしたこと。
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※3 刑法208条(暴行)
暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、2年以下の懲役若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。
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※4 憲法28条
勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。
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※5 労組法1条2項(目的)
刑法(明治40年法律第45号)第35条の規定は、労働組合の団体交渉その他の行為であって前項に掲げる目的を達成するためにした正当なものについて適用があるものとする。但し、いかなる場合においても、暴力の行使は、労働組合の正当な行為と解釈されてはならない。
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※6 労組法1条1項(目的)
この法律は、労働者が使用者との交渉において対等の立場に立つことを促進することにより労働者の地位を向上させること、労働者がその労働条件について交渉するために自ら代表者を選出することその他の団体行動を行うために自主的に労働組合を組織し、団結することを擁護すること並びに使用者と労働者との関係を規制する労働協約を締結するための団体交渉をすること及びその手続を助成することを目的とする。
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※7 刑法35条(正当行為)
法令又は正当な業務による行為は、罰しない。
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※8 刑訴法411条
上告裁判所は、第405条各号に規定する事由がない場合であっても、左の事由があって原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めるときは、判決で原判決を破棄することができる。
1号
判決に影響を及ぼすべき法令の違反があること。
2号
刑の量定が甚しく不当であること。
3号
判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があること。
4号
再審の請求をすることができる場合にあたる事由があること。
5号
判決があった後に刑の廃止若しくは変更又は大赦があったこと。
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※9 刑訴法408条
上告裁判所は、上告趣意書その他の書類によって、上告の申立の理由がないことが明らかであると認めるときは、弁論を経ないで、判決で上告を棄却することができる。
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