要 約
多数人の面前において人の名誉を毀損すべき事実を摘示した場合は、その多数人が特定しているときであっても、名誉毀損罪(刑法230条1項)を構成する。
主 文
本件上告を棄却する。
理 由
被告人の上告趣意第1点について
所論は原判決の認定しない事実を前提として違憲を主張するものであって、適法な上告理由に当らない。
同第2点および弁護人諫山博の上告趣意について
労働組合の執行委員会において公然他人の名誉を毀損する行為は、たとえ労働者の団結を強化する目的に出たものであっても、憲法28条※1の保障する権利行使に該当しないことは当裁判所の判例(昭和23年(れ)第1049号同25年11月15日大法廷判決、刑集4巻11号2257頁)の趣旨よりして明らかであり、原判決はなんら論旨引用の判例に相反する判断をしていないから、所論憲法違反および判例違反の主張は、いずれも理由がない。その余の所論は、事実誤認、単なる法令違反の主張であって、すべて刑訴405条※2の上告理由に当らない。(かかる行為につき、労働組合法1条2項※3、刑法35条※4の適用がないものであることは、論旨引用の判例の趣旨とするところである。また、多数人の面前において人の名誉を毀損すべき事実を摘示した場合は、その多数人が所論の如く特定しているときであっても、刑法230条※5の罪を構成するものと解すべきである。大審院昭和3年(れ)第1682号同年12月13日判決、刑集7巻766頁、同昭和6年(れ)第628号同年6月19日判決、刑集10巻287頁各参照。)
被告人の上告趣意第3点について
所論は事実誤認、単なる法令違反の主張であって、刑訴405条の上告理由に当らない。(原審の維持した第1審判決の認定した事実関係の下においては、被告人の判示発言は、その趣旨及び発言の際の経緯に徴し、Aがレジスターとして勤務中その売上金を窃取ないし横領したことを疑わせるに足る事実を摘示したものと認められるから、被告人に対し名誉毀損罪の成立を認めた原審の判断は相当である。)
また記録を調べても刑訴411条※6を適用すべきものとは認められない。
よって同414条※7、396条※8により裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。
※1 憲法28条
勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。
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※2 刑訴法405条
高等裁判所がした第1審又は第2審の判決に対しては、左の事由があることを理由として上告の申立をすることができる。
1号
憲法の違反があること又は憲法の解釈に誤があること。
2号
最高裁判所の判例と相反する判断をしたこと。
3号
最高裁判所の判例がない場合に、大審院若しくは上告裁判所たる高等裁判所の判例又はこの法律施行後の控訴裁判所たる高等裁判所の判例と相反する判断をしたこと。
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※3 労働組合法1条2項
刑法(明治40年法律第45号)第35条の規定は、労働組合の団体交渉その他の行為であって前項に掲げる目的を達成するためにした正当なものについて適用があるものとする。但し、いかなる場合においても、暴力の行使は、労働組合の正当な行為と解釈されてはならない。
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※4 刑法35条(平成7年改正前)
法令又は正当の業務に因(よ)り為したる行為は之を罰せず
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※5 刑法230条(平成3年改正前)
1項
公然事実を摘示し人の名誉を毀損したる者は其事実の有無を問はず3年以下の懲役若くは禁錮又は1,000円以下の罰金に処す
2項
死者の名誉を毀損したる者は誣罔に出づるに非ざれば之を罰せず
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※6 刑訴法411条
上告裁判所は、第405条各号に規定する事由がない場合であっても、左の事由があって原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めるときは、判決で原判決を破棄することができる。
1号
判決に影響を及ぼすべき法令の違反があること。
2号
刑の量定が甚しく不当であること。
3号
判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があること。
4号
再審の請求をすることができる場合にあたる事由があること。
5号
判決があった後に刑の廃止若しくは変更又は大赦があったこと。
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※7 刑訴法414条
前章の規定は、この法律に特別の定のある場合を除いては、上告の審判についてこれを準用する。
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※8 刑訴法396条
第377条乃至第382条及び第383条に規定する事由がないときは、判決で控訴を棄却しなければならない。
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