要 約
行為者が摘示した事実を真実であると誤信したことについて、確実な資料・根拠に照らして相当の理由があると認められるときに名誉毀損罪が成立しないことは、インターネットの個人利用者による表現行為の場合であっても、他の表現手段を利用した場合と同様であって、より緩やかな要件で同罪の成立を否定すべきではない。
主 文
本件上告を棄却する。
理 由
弁護人紀藤正樹ほかの上告趣意は、憲法違反、判例違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法405条※1の上告理由に当たらない。
なお、所論にかんがみ、インターネットの個人利用者による表現行為と名誉毀損罪の成否について、職権で判断する。
1 原判決が認定した罪となるべき事実の要旨は次のとおりである。
被告人は、フランチャイズによる飲食店「ラーメン甲」の加盟店等の募集及び経営指導等を業とする乙株式会社(平成14年7月1日に「株式会社甲食品」から商号変更)の名誉を毀損しようと企て、平成14年10月18日ころから同年11月12日ころまでの間、東京都大田区内の被告人方において、パーソナルコンピュータを使用し、インターネットを介して、プロバイダーから提供されたサーバーのディスクスペースを用いて開設した「丙観察会 逝き逝きて丙」と題するホームページ内のトップページにおいて、「インチキFC甲粉砕!」、「貴方が『甲』で食事をすると、飲食代の4~5%がカルト集団の収入になります。」などと、同社がカルト集団である旨の虚偽の内容を記載した文章を掲載し、また、同ホームページの同社の会社説明会の広告を引用したページにおいて、その下段に「おいおい、まともな企業のふりしてんじゃねえよ。この手の就職情報誌には、給料のサバ読みはよくあることですが、ここまで実態とかけ離れているのも珍しい。教祖が宗教法人のブローカーをやっていた右翼系カルト『丙』が母体だということも、FC店を開くときに、自宅を無理矢理担保に入れられるなんてことも、この広告には全く書かれず、『店が持てる、店長になれる』と調子のいいことばかり。」と、同社が虚偽の広告をしているがごとき内容を記載した文章等を掲載し続け、これらを不特定多数の者の閲覧可能な状態に置き、もって、公然と事実を摘示して乙株式会社の名誉を毀損した(以下、被告人の上記行為を「本件表現行為」という。)。
原判決は、被告人は、公共の利害に関する事実について、主として公益を図る目的で本件表現行為を行ったものではあるが、摘示した事実の重要部分である、乙株式会社と丙とが一体性を有すること、そして、加盟店から乙株式会社へ、同社から丙へと資金が流れていることについては、真実であることの証明がなく、被告人が真実と信じたことについて相当の理由も認められないとして、被告人を有罪としたものである。
2 所論は、被告人は、一市民として、インターネットの個人利用者に対して要求される水準を満たす調査を行った上で、本件表現行為を行っており、インターネットの発達に伴って表現行為を取り巻く環境が変化していることを考慮すれば、被告人が摘示した事実を真実と信じたことについては相当の理由があると解すべきであって、被告人には名誉毀損罪は成立しないと主張する。
しかしながら、個人利用者がインターネット上に掲載したものであるからといって、おしなべて、閲覧者において信頼性の低い情報として受け取るとは限らないのであって、相当の理由の存否を判断するに際し、これを一律に、個人が他の表現手段を利用した場合と区別して考えるべき根拠はない。そして、インターネット上に載せた情報は、不特定多数のインターネット利用者が瞬時に閲覧可能であり、これによる名誉毀損の被害は時として深刻なものとなり得ること、一度損なわれた名誉の回復は容易ではなく、インターネット上での反論によって十分にその回復が図られる保証があるわけでもないことなどを考慮すると、インターネットの個人利用者による表現行為の場合においても、他の場合と同様に、行為者が摘示した事実を真実であると誤信したことについて、確実な資料、根拠に照らして相当の理由があると認められるときに限り、名誉毀損罪は成立しないものと解するのが相当であって、より緩やかな要件で同罪の成立を否定すべきものとは解されない(最高裁昭和41年(あ)第2472号同44年6月25日大法廷判決・刑集23巻7号975頁参照)。これを本件についてみると、原判決の認定によれば、被告人は、商業登記簿謄本、市販の雑誌記事、インターネット上の書き込み、加盟店の店長であった者から受信したメール等の資料に基づいて、摘示した事実を真実であると誤信して本件表現行為を行ったものであるが、このような資料の中には一方的立場から作成されたにすぎないものもあること、フランチャイズシステムについて記載された資料に対する被告人の理解が不正確であったこと、被告人が乙株式会社の関係者に事実関係を確認することも一切なかったことなどの事情が認められるというのである。以上の事実関係の下においては、被告人が摘示した事実を真実であると誤信したことについて、確実な資料、根拠に照らして相当の理由があるとはいえないから、これと同旨の原判断は正当である。
よって、刑訴法414条※2、386条1項3号※3により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
※1 刑訴法405条
高等裁判所がした第1審又は第2審の判決に対しては、左の事由があることを理由として上告の申立をすることができる。
1号
憲法の違反があること又は憲法の解釈に誤があること。
2号
最高裁判所の判例と相反する判断をしたこと。
3号
最高裁判所の判例がない場合に、大審院若しくは上告裁判所たる高等裁判所の判例又はこの法律施行後の控訴裁判所たる高等裁判所の判例と相反する判断をしたこと。
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※2 刑訴法414条
前章の規定は、この法律に特別の定のある場合を除いては、上告の審判についてこれを準用する。
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※3 刑訴法386条1項3号
左の場合には、控訴裁判所は、決定で控訴を棄却しなければならない。
3号
控訴趣意書に記載された控訴の申立の理由が、明らかに第377条乃至第382条及び第383条に規定する事由に該当しないとき。
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