大判昭5.6.25

judgment 刑法判例
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要 約

現行法上、犯罪の主体となるのは自然人のみであって、原則として法人には犯罪能力がなく、特に法人を処罰する規定がない限り法人は処罰されないので、法人の代表者が法人の名義を用いて他人の名誉を毀損した場合においては、法人を処罰する規定がない以上、自然人であるその行為の行為者を処罰すべきである。

事 実

第2審裁判所は左記の(ごと)き事(じつ)を認定し左記の如く法令の適用を示し被告人善右衛門を罰金30(えん)(しょ)し右罰金を完納すること(あた)わざるときは被告人を30日間(ろう)役場に留置する旨判決したり

被告人は栃木(けん)那須郡大田原町(しお)那電()株式(かい)社取締役社長なりしところ同會社が原告株式會社第百七銀行同大内倉吉被告上山電氣株式會社間の山形地方裁判所昭和4年(ワ)第40(ごう)株式名義書換請求事件に(つき)被告會社を補助する(ため)昭和4年5月2日山形市(べん)護士縄野貞良を(ふく)島市置賜町福島電燈株式會社に招致し同人に(たい)(とう)時右當事者間に係(そう)中の上山電氣株式會社の株式3,010株は元福島電燈株式會社の所有にして大正15年4月中同會社は(これ)を鹽那電氣株式會社に譲渡したるも其の名義書換を()さずして右福島電燈株式會社保管中なりしところ同會社の支配人たりし福島縣信夫群飯坂町野崎信夫が同會社の取締役社長たりし吉野周太郎の命を受け會社の爲個人名義を(もっ)て金融の(たん)保と為すこととし社長名義の白紙委任状(ならびに)處分承諾書を添付し株式會社福島銀行に同人名義の手形(および)借財擔保として(さし)入れたる事實なるに(かかわ)らず之を野崎信夫に(おい)て盗み出したる旨虚()の事實を(もうし)聞け鹽那電氣株式會社より右訴訟に對し従参加の申請を爲すべき旨の委任を爲し以て情を知らざる縄野貞良をして翌3日(ただち)に同會社の訴訟代理人として其の旨の事實を記載したる従参加申請書を山形地方裁判所に提出し同月21日の口頭辯論期日同裁判所の公開公廷に於て之と同趣旨の陳述を爲すに至らしめ(よっ)て右野崎信夫の名()()損したるものなり

法律に(てら)すに被告人の判示所爲は刑法第230(じょう)第1項※1に該當するを以て罰金刑を選(たく)し其の所定罰金額の範()内に於て被告人を罰金30圓に處すべく同法第18條※2(のっと)り被告人に於て右罰金を完納すること能わざるときは30日間勞役場に留置すべきものとす

理 由

辯護人山崎佐秋田義正上告趣意書第3(てん)原審判決の認定したる事實に依れば前段(じょ)述の如く被告人は鹽那電氣株式會社取締役社長なりしところ同會社が山形地方裁判所昭和4年(ワ)第40號株式名義書換請求事件に付従参加の申請をなす爲縄野辯護士に(けい)爭中の上山電氣株式會社株3,010株は鹽那電氣株式會社の所有にして福島電燈株式會社が保管中野崎信夫が盗み出したる旨虚僞の事實を申聞け同辯護人をして其の旨記載したる従参加申請書を山形地方裁判所に提出し5月21日同裁判所公開法廷に於て之と同趣旨の陳述を爲すに至らしめ因て右野崎信夫の名譽を毀損したりとありて従参加の真正竝之が爲に縄野辯護士に委任し同辯護士が山形地方裁判所の公開法廷に於て陳述を爲したることは(いず)れも鹽那電氣株式會社の行爲なり(しこう)して被告人が縄野辯護士に右従参加手(つづき)の委任を爲す際繫爭の株式は野崎信夫が盗み出したるものなりと()りに申告けたりとするも之(また)同會社の取締役社長として其の業務の執行上同辯護士に委任したるものにして被告個人の行爲にあらず(現代法學全集第2巻我妻榮民法總則第252頁(ゆえ)()し山形地方裁判所の公開の法廷に於て縄野辯護士が鹽那電氣株式會社の代理人として「本件株式は野崎信夫が盗み出したるものなり」と陳述したるが爲同人の名譽を毀損したりとするも之本人たる鹽那電氣株式會社が野崎の名譽を毀損したるものなり(よっ)て若し右名譽毀損に對する刑責を訴追せんとせば同電氣株式會社に對して爲さざるべからず(しか)るに法人の行爲に對し之を處罰するは我現行法令に於ては(まった)く例外的特異のものにして明治33年法律第52號※3の如き特別規定存せざるべからず(御院大正12年(れ)第1535號大正13年2月9日判決)然るに又刑法名譽毀損に(かん)してはかかる特別の例外的規定なきを以て結局法人の(かか)る行爲に對しては之を處罰すること能わるに()すべし()(かく)の如く法人のかかる行爲に對し處罰し能わざるの理由を以て會社自(たい)の行爲なること極めて明白なる本件に於て被告人を處罰したるは(まこと)に違法の(はなはだ)しきものなるを以て之を破毀し被告に對し無罪の判決をなすべきものなり原審判決は「法人に()の種の犯罪能力なきを以て會社が縄野辯護士に委任する際野崎が盗み出したりと陳述したるは會社の行爲にあらず被告個人の行爲なり」と断定して之を處断したれども(これ)本件は犯罪なり然れども會社には犯罪能力なし故に被告個人の行爲なりと断定したるものにしてかかる断定は推理の原則に反す()ず結論を断定し置き而して後其の前提を創造せるものにして論理の原則に反する(びゅう)論なりと()わざるべからず(すべか)らく先ず本件が會社の行爲なりや(いなや)を確定し而して後に會社の行爲なりとせば何人が()()なる法規により其の刑責を負うべきものなりやを断定せざるべからざる筋合なるにも拘らず(たまたま)會社の(この)行爲に對する刑罰法規を(けつ)如するを理由として本件行爲自體までも會社の行爲にあらずとなすは誤謬の顕著なるものなるを以て破毀すべきものとすと云うに()れども我法制に於て犯罪の主體となるものは自然人のみにして法人は犯罪能力を有せざるを以て原則となし特に明治33年法律第52號の如き規定存する場合に限り法人は處罰せらるべきものと解するを相當とす而して法人の代表者が法人の業務執行上他人の名譽を毀損する行爲ありたるとするも斯る場合に法人を處罰すべき特別の規定存せざるを以て法人は處罰せらるべきものにあらずして犯罪能力ある當該行爲者に於て處罰を免れざるものとす原判決は被告人が鹽那電氣株式會社の取締役社長にして判示株式名義書換請求事件に付其の被告を補助する爲縄野辯護士に對し判示の株式は上記株式會社の所有にして他の會社に於て保管中野崎信夫がこれを(せっ)取したる旨虚僞の事實を告げ同上株式會社より同訴訟に對し従参加の申請を爲すべき旨を委任し同辯護士は之に(もとづ)き従参加の手續を爲し判示裁判所の法廷に於て前記虚僞の事實を陳述したる旨を説示し被告人を名誉毀損罪に問擬したるは前示説示の理由に依りて正當なり論旨は理由なし(其の他の上告論旨及判決理由は之を省略す)右の理由なるを以て刑事訴訟法第446條に則り主文の如く判決す


※1 刑法230条1項(昭和22年改正前)
 公然事実を摘示し人の名誉を毀損したる者は其事実の有無を問わず1年以下の懲役若くは禁錮又は500円以下の罰金に処す
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※2 刑法18条(昭和16年改正前)
1項
 罰金を完納すること能わざる者は1日以上1年以下の期間之を労役場に留置す
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※3 法人に於て租税に関し事犯ありたる場合に関する件
1条
 法人の代表者又は其の雇人其の他の従業者法人の業務に関し租税に関する法規を犯したる場合に於ては各法規に規定したる罰則を法人に適用す
 但し其の罰則に於て罰金科料以外の刑に処すべきことを規定したるときは法人を300円以下の罰金に処す
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